第15話 ~番外編~


「要らないものは、要らないわ。何度も同じ話をさせないでください」


「いや、でも、やっぱり、これは譲れないと言うか」


「譲る、譲らない、の問題ではありません。不必要なものだから要らないと言っただけです。それに、花嫁衣裳を着るのは私です。ハリスン様の意見は必要ないではないですか?」


「しかし、一生に一度のことなんだし、それを既製品で済ますのはやっぱりどうかと思うんだ」


「一生に一度、それもほんの数時間のためだけに高いお金を出して仕立てるなんて、これほど無駄なことはありません。既製品なら誂え物の三分の一で済みます。

 そんなことに無駄なお金を使うくらいなら、今後のことを考えて、もっと王宮に近いところに屋敷を探すべきです。

 あなたはこれからも第二王子殿下にお付きになるのですし、急なことが起こるとも限りません。王都の外れ近くに大きな屋敷を構えるよりも、利便性を考えてもっと中央に住むべきです」


「それはまた別の話だと思う。今は君の花嫁衣裳の話をしているんだから」



「はぁー」と、コーデリアは大きなため息を吐いた。


 このところ、ハリスンはことあるごとにこの話題を振って来る。

 一年後に迫っている二人の結婚式に着る、コーデリアの花嫁衣装についてだ。

 コーデリアは「変わり者令嬢」である。自分の身に着ける者には無頓着だ。たとえそれが一生に一度の晴れの日に着る花嫁衣裳であっても。

 他人が不快に思わなければそれでいい。最先端の流行など全く知らないし、飾り付ける宝石にも興味がない。

 むしろハリスンこそ、その美しい姿をしっかりと飾り立てるべきだとすら思っているほどだ。だが、これを言ったら火に油を注ぐことはわかっているので、ぐっと飲みこんで耐えている。



「花嫁衣裳なんて何でもいいのよ。なんなら義姉に借りても良いとすら思っているのに。きっと、彼女なら喜んで貸してくださるわ。兄さんだって文句を言ったりしないはずだもの」


「そ、それだけはダメだ!! 借り物なんて、僕はそこまで甲斐性なしじゃない!」


 ああ、なるほど。そこは男の沽券にかかわるものなのかと、コーデリアは妙に納得した。だから花嫁衣装にそこまでこだわるのだと、男心を始めて知った思いだった。


「ごめんなさい。借りるのはあくまで大袈裟な例えです。本気ではないわ。

 でも、それくらい私にとって花嫁衣裳なんて頓着しないものだという事よ。

 結婚式だって大袈裟にするわけでは無いし、皆に祝ってもらえればそれで私は満足だもの。あなたと結婚できる未来の方が大事なの。だからお屋敷の件、もう一度しっかり考えてみてね」


 ハリスンの瞳を見つめながら、強請るように語り掛ける。

 愛する人に、あなたと結婚できることが嬉しいのだと、末永い先を見ているのだと、そんな風に言われて喜ばない男はいないだろう。


「コーデリア……。そこまで僕の事を。ありがとう」


 頬をほんのりと赤らめたハリスンは、その腕にコーデリアを優しく抱きしめた。


 その腕の中で余韻に浸ることもなく、いかにしてお金をかけずに結婚式を済ませようかと思案するコーデリアだった。




 コーデリアは王宮の請求管理部で事務官として働いている。ハリスンとの婚姻後はその職を辞し、騎士爵を賜ったハリスンを支える予定になっている。

 だが実際は、騎士爵と言っても一代限りで領地も持たぬ名ばかりの爵位だ。

 収入は騎士としての報酬のみ。コーデリア自身も働き口を探すつもりではいる。

 子の代まで継がす物がない以上、贅沢になれる生活は分不相応だ。

 小さくてもいい、仲睦まじく暮らせる家があれば、それで良いと思うのだった。



~・~・~



「あなたたち、お式の準備は進んでいるの?」


 今日は久しぶりにハリスンを交えての晩餐。キャメロン家で行われる夕食には昨年結婚したルークの妻もおり、賑やかな晩餐となった。

 そんな中、突然の母の問いにコーデリアもハリスンも胸を張って答えた。


「順調よ」「順調です」


 ここでも息ピッタリの仲の良さを見せつけ、ルークの妻である義姉がくすっと笑っている。


「まだ一年、もう一年ですよ。こういうことはあっと言う間ですからね。早め早めにお支度を進めないと」


 母の言葉にふたりは「うんうん」と大きく頷く。


「それはそうとコーデリア。花嫁衣裳のデザインは決まったのかしら? 布地も早めに取り寄せないとダメよ。残り物なんてそんな物、縁起でもありませんからね」


「はい。花嫁衣装は既製品にしようと思っています。だから、まだ少しはやいかな?と……」


「何ですって!! 既製品!?


 母が突然大きな声とともに立ち上がった。

 普段は淑女らしい彼女がこれほどまでに慌てふためき、マナーを破るような真似をするのは見たことがない。それほどまでに衝撃を受けたのだ。

 わなわなとナプキンを握りしめながら、「コーデリア!!」と鬼の形相で名を呼ぶ母は、突然力なく崩れ落ちるように椅子に座ると、ハラハラと涙をこぼし始めた。


「ああ、私の教育が間違ったばかりにこんなことに。一生に一度の大切な日に既製品だなんて。キャメロン伯爵家の娘として嫁がせるのに、私は妻として嫁として代々のご当主様達に顔向けができません。あなた、全て私の責任です。どうか、どうかお許しください」


 うつむき泣き続ける妻の手を握り、父である伯爵は

「ど、どうしたんだ? コーデリアが変わり者なのは今に始まったことじゃない。結婚すら危ぶまれた娘が結婚する気になったんだ、めでたいじゃないか。

 この際、花嫁衣裳が既製品だろうと大した問題じゃな……」


「あなた!! 花嫁衣裳が大した問題じゃないと? あなたがそんなだからこの子がつけあがるんです。

 ハリスン様!? あなたはどう思っていらっしゃるの? 自分の妻になる者が既製品を着て神の前で並び愛を誓えると? それで良いと思っていらっしゃるの?」


 突然振られたハリスンはアワアワと慌てながらも、大きく息を吸うと居住まいを正し、

「僕も一生に一度の日には、彼女の美しい姿を見たいと思っていました」


 真っすぐに真剣な目で見つめる姿を見て、母はニヤリと口角を上げる。


「コーデリア。聞きましたか? あなたの夫となるハリスン様も、愛するあなたのこの世でいちばん美しい姿を見たいと、そうおっしゃっているのよ。愛する人にここまで言わせておいて、あなたは何も感じないの?」


 いやいや、そこまで言ってはいないし。なんだかとんでもないことを口にする母がすでに恥ずかしくて、コーデリアは少しだけ顔を赤らめた。

 そして、それを見たハリスンも、ほんのりと頬を染めた。


「でもお母様。たった一度しか着ない花嫁衣装にお金をかけるよりも、利便性を考えても王宮に近いところに屋敷を構えた方が良いと思うんです。そのためには、無駄事にお金を使うよりも、必要な所に使った方が良いとおも……」


「そんなことは当たり前です! あなた達の屋敷は、このキャメロン家の近くに構えなさい。すでに良い物件をいくつか押さえてあります。後はゆっくり選べば良いわ」


「そ、それは出来ません。僕はもうアンダーソンの家は頼れない身です。後ろ盾がない以上、堅実に暮らすつもりなので贅沢はできませ……」


「あなた達の後ろ盾は、このキャメロン家です。なにか不服でもおあり?」


 母の大きく力強い声が部屋中に響き渡る。

 シーンと静まり返り皆が無言になる中。父、伯爵が「ゴホン」と咳ばらいをひとつ。


「ハリスン殿のことは皆が分かっている。アンダーソンの家に迷惑をかけられないのも重々承知の上だ。だからこそ君たちのことは、私達が家族として支えるつもりでいる。二人でやりたいと言う思いは分からなくもないが、子を持つ親としては出来る限りの事をしてやりたいと思うものなんだよ。

 ここはひとつ、親のわがままと思って受け取ってはくれないだろうか?」


 父は優しい目をしながら二人に語り掛けた。

 コーデリアとハリスンは互いに見つめ合い、小さくほほ笑み合った。


「お父様、お母様。お二人のお気持ち、ありがたく頂戴します」


 ハリスンに優しく手を握られながら、コーデリアは両親の思いを受け入れた。



「そうと決まれば話を進めなくてはね。さあ、忙しくなるわよ。まずはドレスのデザイン画を取り寄せなければ。どちらのデザイナーが良いかしら?」


「義母様、それでしたら王都で一番のドレスメーカーに頼まれては? 私の花嫁衣裳もそこでしたの。叔母に頼んで少し無理を言えば大丈夫ですわ」


「まあ、あの素敵なドレスの? それは有難いわ。ぜひ、その叔母さまに一度お願い上がらないといけないわね……」


今、涙を流し泣いていたとは思えないほどの変わり身の早さにハリスンは目を丸くし、驚いていた。

 父と兄はいつもの事だと慣れたように食事を再開している。

 コーデリアと言えば、なんでこうなったんだろうと思いながら、キャメロン家で一番強く、実質権限を持つ者は母なのだと改めて認識をした。


 そして、きっとコーデリアもこうなるのだろうと、そんなことを思いながら、それでも伯爵のように上手いこと尻に敷かれる人生も悪くないと思うハリスンであった。


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変わり者令嬢のお見合い 蒼あかり @aoi-akari

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