第14話


 あの日、第二王子殿下の暴走ともいえるお節介で、ハリスンとコーデリアの仲が知れ渡り事実上婚約者扱いのよう噂が広がり始める。

 アマンダの結婚式を荒らしたことが気がかりでも、その張本人がこの国の王子では何も言えない。それに王子と花婿は友人同士、コーデリアとアマンダも親友同士とあっては大事にすることもない。コーデリアの相手にと言われたハリスンは王子の専属騎士だ。公爵家としても、両方を味方につければこんなにうまい話はない。



 第二王子の発言で二人の仲は貴族社会に知れ渡るも、元々社交の場に出ることの少ないコーデリアと、騎士として裏方を守るハリスンのことを知る人間の方が少なく、噂の熱はすぐに冷めていった。


 コーデリアにとって初恋なのかもわからないほどの淡い想いでも、唯一の特別な存在であることには変わりない。

 ハリスンにとっても、決して捨ておいていいと思うほどの存在でなかったのも事実だった。初めて人を意識的に傷つけたことで、自らの心にも消えない傷を残し、コーデリアの存在は根深い物になっていった。それが恋や愛といった感情なのかは、彼もわからないままに。



 第二王子のことがきっかけではあったとしても、お互いを許し許されることで理解を深めたいと思えるまでには関係は改善していく。



「本当に申し訳ありませんでした」

「またですか? もう何度も謝罪はしていただきました。気にしないでください」

「しかし……」


 仕事の休憩時間。宮廷の中庭でコーデリアとハリスンは並んで歩いていた。

 見事に咲き誇る花を愛でるように歩いているが、その瞳には花など映るはずもなく、映るはお互いの姿だけ。

 顔が売れていない社交界では二人の噂はすぐに消えることになったが、ここ宮廷内で働く者からしたらそれは消えるどころかいつまでも燻り続けている。

 ほんの短い時間、二人が顔を合せるだけでも「やっぱり」などと言う声がどこからともなく聞こえてくるのだ。



「次の休みにはルークから遊びに来いと誘われています。コーデリア嬢はどうされますか?」

「その日は仕事なんです。でも、なるべく早く帰る様にしますので、晩餐には間に合うかと」

「そうですか。キャメロン家のコックの腕は一流です。宿舎生活の自分にとっては、何にも勝るご馳走だ。楽しみにしています」


 ここで「あなたとの食事が楽しみだ」と、そんな言葉を口に出来るなら二人の仲もすぐに進展するのだろうが。人の性分とはなかなか変わるものではなく、互いが好意を持っているとわかった今でも、先に進むにはまだまだ時間がかかるようだ。

 そんな二人をじれったく思い始めたコーデリアの家族が、こうして協力をしてくれている。

 当初反対を決め込んでいた兄ルークも、二人の様子を見れば認めざるを得ず。妹の幸せを誰よりも望む彼としては、早く男気を見せて欲しいと熱望さえしていた。




「実は、一代限りの騎士爵を賜ることになりそうなんです」

「まあ。それはおめでとうございます。いつ頃になりそうなんですか?」


「早ければ来年、新年の国王主催の夜会の席でいただけるようです」

「ハリスン様の功績の賜物ですね。おめでとうございます」


「いえいえ、戦のない今の時代に功績などと言うものではなく。第二王子殿下の専属騎士を名乗るための配慮だと思います。このままでは宮廷騎士を辞することになりかねませんので」

「なるほど。でも、それだけ第二王子殿下の信頼も厚く、騎士としての腕も信用されているという事ですもの。胸を張ってください。私も嬉しく思います」


 普通の令嬢ならばここでプロポーズを……と、考えるのだろうが、コーデリアにとって純粋に心からハリスンの出世を祝っているにすぎない。

 並んで歩く二人の距離には適度な隙間があり、手を繋ぐこともない。

 初々しい二人を周りはどれだけ歯がゆく思っている事か。



「今度来られた時にお兄様や両親にもお話ししてください。きっと、みんなも喜びます。特別なご馳走を用意させますね。

 そうだ! 何かお祝いを考えないと。何がよろしいですか?」

「いえ、そんなお祝いだなんて。どうぞお気使いなく」


「そんなわけには参りません。ここで祝わずにいつ祝うのですか? 遠慮は禁物ですよ。なんでも仰ってくださいね」

「では……、一つだけ」

「はい。なんでしょう?」


「できれば、刺しゅう入りのハンカチーフをいただきたいのです」

「ハンカチーフ?」


「はい。騎士の間では想い人からの刺しゅう入りハンカチーフは身を守るお守りになると言われていて。私もお守りとしていただけたらと」

「お守り。……想い、びと?」


 口に出して恥ずかしくなったコーデリアは顔を真っ赤に染め、ハリスンもまた焼けた肌の上から薄っすらと染めていた。

 俯き並び歩く二人の距離が確実に近づいた瞬間。



「あまり上手ではないのですが。それでもよろしければ」

「上手さは関係ありません。想いが大事なので」


「はい。刺しゅう入りハンカチーフ、確かに承りました」

「あ、ありがとうございます」


 商いのような会話でも、二人にとってはこれでも愛をささやいているのだ。

 直情的な言葉のやり取りなどなくても、ふたりだけにわかる想いの交差。

 

 

 後々振り返り。これがプロポーズだったと思い返しながら、二人で歳をとり思い出しては顔をほころばせるのだった。




 結婚しないと頑なに心を閉ざしかけたコーデリアの心を、頑固と言えるほど真面目で純粋なハリスンの心が溶かしていったのだ。

 

変わり者令嬢と呼ばれたコーデリアではあるけれど、見目の良い騎士であるハリスンのそばに立つ時は常に胸を張り、嬉しそうに、誇らしげにしていた。


 派手さはなくとも穏やかな二人の間には、いつも優しい風を漂わせていた。

 何事も分相応に、可もなく不可もなく平凡な人生を送ることの難しさと、尊さを噛みしめながら、二人は穏やかに歳をとっていくのだった。




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