第13話


 あの話し合いの翌日、トーマスはコーデリアにポツリとつぶやいた。


「よく我慢したな。さすが俺の部下だ」


 そう言いながら、コーデリアの頭をポンポンと優しく撫でた。

 「は?」と思いながらも、その時は黙ってそれを受け入れたコーデリアだったが、家に戻り冷静になると自分の想いが駄々洩れだったことに気が付き、恥ずかしさから一人悶絶していた。


 ハリスンはと言えば、どうにも言い表せない思いを抱え、こちらも一人悶々とした時間を過ごすのだった。



 それからは、二人が顔を合せるようなことはなかった。元々事務官と騎士に接点はほとんどない。あの慰労会は全ての職員が集う場ゆえに起こってしまった、いわば事故のようなものだ。きっとこれから先、二人が関わることはないのだろう。

 そのことを考えると少しだけチリリと胸が痛む気がするが、コーデリアは考えないようにし、いつものように淡々と過ぎ行く日々を過ごしていた。





 そんな日々を過ごしながら、親友であるアマンダの結婚式の日を迎えることになる。コーデリアもこの日を楽しみにしていた、アマンダが一番輝く幸せな日。親友として心からお祝いをしたいと、本当に思っていたのだが……。



「あのね、コーデリア。実は、私たちの結婚式に第二王子殿下が来られるの。コーデリア、大丈夫?」

「?!」


 ハリスンとのことはアマンダには報告してある。その後、特段変わったことはない。これで終ったのだと、そう話してあったのに。


「第二王子殿下が? それはすなわち……」

「そうね、王子付騎士だもの。ハリスン様も来るわね」


 そう来たか!? と、思わず天井を見上げるコーデリア。

 さすが侯爵家の結婚。王家からも直々にと思ったが、どうやらアマンダのお相手である侯爵家の嫡男殿と第二王子は学友だったらしく、友人としての参加らしい。


「遠巻きにしていれば大丈夫だと思うの。殿下の近くになんて恐れ多くて近よるつもりもないし。当日はそっと見させてもらえば良いわ。それに、もう終わったことだとお互い理解しているから、問題は起きないわよ。仕事中なら話しかけられることもないだろうしね」

「そう? あなたが大丈夫ならそれで良いの。でも、何かあったらすぐに言ってね」


 コーデリアは結婚式の前の茶会でアマンダに打ち明けられた内容に軽くショックは受けたものの、大丈夫、もう関係ないのだからと、気持ちを奮い立たせ会場へと向かった。



 国一番の大聖堂で行われる挙式は厳かで威厳のある、格式高い素晴らしいお式だった。嬉しさに涙ぐみ見つめ合うアマンダ達を見られただけで十分だと、コーデリアは満足していた。なんならこのまま帰っても問題ないとすら思っていたのだが、アマンダの母親に見つかり引きずられるようにパーティー会場へと連れて行かれてしまった。

 中央ではアマンダ達が皆に囲まれ笑っている。幸せそうな様子に安堵しながら、隅の方で目立たず小さくなっていよう。そう心に決めていた。


 花が咲き誇る庭園での立食パーティー。つまらなさそうにしているのも忍びないので、テーブルを転々としながら当たり障りのない会話をし、少しずつ、少しずつ出口へと向かう。途中退席はアマンダには了解済だ。

 宮廷事務官になってから、少しではあるが社交性も身についてきた。

 伯爵令嬢として、キャメロン家の名に傷をつけないように気をつかいながら、脱出の準備をする。後、少し……。



 すると、後ろから肩を叩かれゆっくり振り向くと、ずっと避け続けていた第二王子殿下が目の前に立っていた。

 背中に汗を感じながら、あ、挨拶をしなければと思う間もなく、


「君がハリスンの恋人?」


「え? え? ええええええ?!」


 突然のこと過ぎて、令嬢らしからぬ大きな声で叫び、周りの視線を一身に浴びることになってしまった。

 

「殿下……、違います」


「違わないだろ。ねえ? キャメロン伯爵令嬢殿」


 いや、待って。違うから、違うでしょ。ねえ? と、王子の後ろに控えるハリスンをすがるような目で見つめる。助け舟を求める為に。

 それなのに、それなのにこのお方は……。


「ほら、なんか見つめ合っているし。仲良いんだね」


「「違います!」」


 声を揃えて答える姿すら第二王子には面白いようで、「息ピッタリだ。スゲー」と、何やらご満悦の様子だ。


「だって、応接室を借りて二人きりで会っていたんだろう?」

「彼女の上司も一緒でした」「上司のトーマス様も一緒でした」


「ああ、なるほど。じゃあ、その上司を間に見合いをしたんだ?」

「「昔の話です」わ」


「え? 昔の話? どういうこと? 見合いしたことあるの?」

「「そ、それは……」」


 すると突然「ぶふっ」と噴き出したかと思ったら、王子は一人ケタケタと笑い出した。


「ねえ、お前たち婚約者というよりも、長い事連れ添った夫婦みたいなんだけど」


「「は?」」


 どこまでシンクロするのだろう?もう、いい加減にしてほしくてコーデリアは黙り込んでしまった。

 すると後ろでまたしても自分を呼ぶ声がする。

 

「コーデリア! そうなの? そうなのね? もう、何も話してくれないなんて水臭いじゃない。ああ、でも良かったわ、あなたも幸せになるのね。なんて言っても初恋の人ですものね。本当によかったわ。おめでとう。おめで……」

「アマンダ! 黙って!!」


 騒ぎを聞きつけたのか、いきなり現れたアマンダがとんでもない発言をしてくれたおかげでコーデリアは頭が真っ白になってしまった。ついでに顔面も蒼白だ。

 アマンダの口を両手で抑えると、引きずるようにその場を後にしようとするも、


「え? 初恋?」「初恋? 誰が誰に?」「まあ、おめでたいことね」

 

 周りの雑音が聞こえる中、コーデリアはとにかくこの場を離れることしか考えられなかった。「なに?どうしたの?」そんなアマンダの声を無視して、彼女もろとも抜け出そうとさえ考えていたのだ。


「なんだ、そうだったのか? そういう関係だったんだ。可愛い部下の恋路をまとめてやろうかと思ったけど、要らぬお節介だったわけだ。

 お前たち息もピッタリだし、それに何よりお似合いだよ。結婚式には俺も呼んでくれるよな? 喜んで出席するから」


 王子はたぶん本気で祝ってくれているのだろう。彼の笑顔に邪心は感じられない。

 ニコニコと本気で喜んでいるふうにすら見える。


「殿下。先走り過ぎです。一、家臣に過ぎない私のことなど、これ以上お気になさいませんよう。ご令嬢にも迷惑をお掛けすることになります」


「う~ん。他ならぬお前のことだからな、関わりたくもなるだろう? すまなかったな、許してくれ」

 

 王子はキラキラの笑顔を振りまきながら、ハリスンとコーデリアの肩をポンポンと叩いた後、その場を後にした。

 「巻き込んでしまい、申し訳ありませんでした」

 ハリスンがコーデリアのそばに寄り、小声でつぶやいた。そして、王子の後に付きコーデリアの前から去って行く。その後ろ姿を目で追いながら、コーデリアは力が抜けたようになり、アマンダに支えられることになる。

 


 一体、どうしてこんなことになったんだろう? そんなことを考えながらアマンダの胸に顔をうずめた。



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