第12話
「わざわざ来ていただき、申し訳ありません。何もないところですが、どうぞお掛けください」
初めて騎士隊の敷地に入ったコーデリアは、すれ違う騎士隊員に挨拶を受けながら見られていることを感じた。目踏みされているような感覚がして、とても居心地が悪く逃げ出したい気分になる。
通された応接室には言われた通り何もなく、応接セットがあるだけで、部屋を飾る絵も花も、陶磁器もない。本当に殺風景な部屋だった。
「すみません。ここでは、自分の事は自分でするもので、美味しくないと思いますが」
そう言ってハリスン自らがお茶を入れ、目の前に差し出された。
「ああ、どうぞお構いなく。客ではありませんから」
トーマスの言葉にも「いえ、そんなわけには」と、彼の律義さを感じることができ、コーデリアはなんだかこそばゆい感じを覚えたのだった。
「まあ、なんですね。今日の私は石ころだとでも思ってください。余程のことが無い限り、私は口を挟みません。納得がいくまで、好きなだけ話をしてください」
そう言ってトーマスは出されたお茶をすすり、「あ、旨い」とつぶやいた。
話せと言われても話すことなどコーデリアにはない。会いたいと懇願したのはハリスンの方だ。ここまで来たらさっさと終わらせたい。
それなのに、それなのに……。
肝心のハリスンはいつまでたってもうつむいたまま、口を開こうとはしない。
隣にいるトーマスの紅茶が空になりそうなのに、一体何を考えているのか?
ついに我慢できなくなって、思い切って声をかけた。
「「あの……」」
タイミングが良いのか、悪いのか? 二人同時に声を掛け合いかぶってしまった。それを見たトーマスは「ぶふっ!」と軽く紅茶を吹き、「仲がいいんですね。息ピッタリだ」と、にやけている。
「そんなんじゃありません」「そういうわけでは」
またしても同時に声を上げる二人に、「いやいや。ここまでくると、笑い話にするしかないレベルだ。これなら、お互いのわだかまりもすぐに解けるんじゃないかな?」そう言うと、「おかわりもらいますね」と立ち上がり、勝手に紅茶のおかわりを入れ始めた。そんな彼を横目に見ながら、コーデリアは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「あ、あの。今日はわざわざ来ていただいて、申し訳ありませんでした」
「いえ、特に予定もありませんので、大丈夫です」
「あ、あの……」
「は、はい」
そんな会話?を何度も繰り返した末、ハリスンは背筋を伸ばし居住まいを正すと真面目な顔でコーデリアを真っ直ぐに見つめた。
目が合い、思わずドキッと胸を鳴らし、思わず目を逸らしうつむいてしまった。
「過去の自分の過ちを許して欲しいなんて、そんなこと言えた立場にないことはよくわかっています。それでも、あなたに謝罪をさせてもらいたいと、ずっと思っていました。信じてもらえないと思いますが、あなたを傷つけるつもりは本当になかったんです。なんて言うか……、僕自身のくだらないプライドみたいなものです」
ハリスンは苦笑いをしながら、とつとつと語り始めた。
「いくら父を亡くし若くに爵位を継いだからと言っても、領地を管理できないばかりに政略のような望まぬ婚約をあなたに強いたことが、どうにも自分の中で納得ができなくて。周りでは身売りのように言う者もいて。いや、確かに身売りでもなんでも領民に迷惑が掛からなければ、自分の事などどうでも良いと思ったのも事実で。
いや、あなたに身売りをしたことを後悔しているとかではなくて……」
思うように言葉を紡ぐことができずに、ハリスンはくしゃりと頭をかいた。
「領地の件は災害によるものだとお話ししてくださいましたよね。それは仕方のないことだと思います」
コーデリアの言葉に顔を上げ一瞬パアっと明るい顔をするが、すぐにそれを隠してしまう。
「自分の力不足を認めたくなくて、あなたとの婚約は自分の意思ではないのだと。 政略による仕方のないことなんだと、そう言うことで自分を正当化しようとした、ただの馬鹿の所業でした。くだらないプライドです。
今なら、そんなもの捨てることが出来ますが、あの頃の自分には難しかった。それが何故なのかはわかりませんが、ほんと恥ずかしいです」
「若くから頑張ってこられたのです。思いが人一倍強いのは当然のことではないでしょうか? 私もついかっとなってしまって、冷静になれる今なら話し合いをきちんとするべきだったと思います。申し訳ありませんでした」
座ったままゆっくりと頭を下げるコーデリアに、慌てたように手を伸ばしその肩に手をおき、
「謝らないでください。謝るのは私の方なのですから。本当に申し訳ありませんでした」
椅子から立ち上がり深々と頭を下げるハリスン。体の大きい騎士が目の前で頭を下げる姿は威圧感に満ち、コーデリアもトーマスも思わず座りながらのけぞってしまった。
「頭を上げてください。言われた言葉に関しては、もう何とも思っていませんから」
「ほ、本当ですか?」
ハリスンは腰を引き気味に頭を上げ、憂いのこもった目でコーデリアを見つめた。
コーデリアはそんなハリスンの顔は反則だと思いながらも、こんな時でも色男は得をするものなんだなと、そんなことを考えながらぼんやりと彼を見つめていた。
「私はずっと怖かったんです。私の我儘であなたの人生を台無しにしてしまったんですから。きっと、ひどく恨まれているだろうと。だから、あなたに関わることから逃げていました。酷い人間なんです」
「そんな! そんなことはない! あなたは悪くありません。悪いのは全て私です。
あなたが気に病む必要なんてないのです……」
少しずつ語尾が弱まるハリスンは、崩れ落ちるようにソファーに腰を下ろした。
二人はお互いを気遣いすぎるあまり、自分の事も傷つけてしまっていた。
あの時、ほんの少しでも話し合えればまた違っていたのかもしれない。
無言の時間は途方もなく長く感じてしまう。
相手を傷つけないように、自分の言葉を選び紡ぐことは難しい。
あの夜会の夜から一年余り。本来なら言葉を積み上げ、心を通わせるには十分な時間のはずだったのに、取り戻すことのできない季節は二人の間を流れていくだけだった。
「もう、終わりにしませんか?」
コーデリアの言葉に、俯いていたハリスンが顔を上げ彼女の顔を見つめ返す。
「あなたの謝罪を受け入れます。だから、もう気にしないでください。
元々ご縁がなかったんです。だからこそ、こんなに拗れてしまったんだと思います。何も無かったことにすれば、お互い一から前に進めます。だから、私のことを気にしていただく必要はもうありません。
これからは騎士として活躍されることを、心から願っています」
これで良い。これで全てが終わる。
彼を縛り上げていた糸を解いてやることができた。
これからは彼も自分も、自らの人生を探すことができる。
コーデリアはほんの少しだけ胸の痛みを覚えながら、これで良い、これで良いのだと、自分に言い聞かせるように無理やりほほ笑んで見せた。
その笑顔は引きつり、今にも泣きそうな顔をしている。
向かいに座るハリスンだけが、コーデリアの笑顔を受け止めていた。
話し合いはまとまることのないまま、コーデリアの一言で締めくくった様なものだった。「終わり」と宣言されてしまえば、ハリスンは何もいう事ができない。
納得がいってもいかなくても、もう彼女の言葉を覆すことは不可能だから。
最後に馬車止めまでコーデリアを送りたいとハリスンに請われ、コーデリアもそれを受け入れた。これで終わるのだと、そう心に秘めながら。
ハリスンの手を取り騎士館を抜け歩いていると、周りの視線を痛いほど感じてしまう。見目の美しいハリスンに並び手を引かれるような人間ではないと、自分に刺さる様に向けられる視線が物語っている。
騎士服を身に纏うハリスンは、さながら絵本を飾る挿絵のようで、娘たちがこぞって憧れるような存在だ。
それにひきかえコーデリアは、飾り気のない地味な仕事用のドレス。まるでハリスンの引き立て役のようだ。服装だけではない、「変わり者」の令嬢なのだから、所詮なにをしたところで彼に似合うだけの存在になれることなどありはしないのに。そんな当たり前のことも忘れてしまっていた自分が憐れに思えてしまう。
『恥ずかしくて連れて歩けない娘』
何も今思い出さなくても良いのにと、空いた手でドレスを握りしめ、唇を固く結んだままハリスンに導かれ歩き続けた。
苦しいこの想いが早く消えるようにと、それだけを願いながら。
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