第11話


 コーデリアは悩みに悩み、結局よく眠れぬまま朝を迎えた。

 もう少し心を整理して、それから返事をだそう。あの夜に決着をつけ、胸を張って前に進めるように。

 そう心に誓い、いつものように事務官として宮廷に向かった。


 仕事用に仕立てた飾りの少ない、地味な色の質素なドレス。それがコーデリアの仕事着だ。侍女たちのお仕着せの方がまだ見映えが良いかもしれない。

 そんなドレスを身に着けいつものように馬車を降りると、請求管理部に向かうため事務館の門を俯きがちに歩いていた。


 そう、油断をしていたのだ。

 まさか、昨日の今日でそんな事……と、気を緩めていた自分が悪い。それに、考え事をしていたために、うつむき周りを見ていなかった。

 いつもはもう少しちゃんとしているのにと、自分で自分が許せない。


 門の前に悩みの元凶である、ハリスンが仁王立ちをして立っていたのだ。


 ああ、神様はなんて無慈悲なのでしょう? もう少しだけ心の準備をと言う願いを叶えては下さらないのですね? と、胸の前で十字を切りそうなほどの情けない顔で立ち尽くした。

 そんなコーデリアの肩をポンと後ろから誰かが叩く。まるで、昨日の出来事のようで「ひっ!」と思わず変な声が漏れた。


「おいおい。そんなに驚くなよ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、上司のトーマスが立っていた。


「ああ、もう。驚かせないでくださいぃ」


 情けない声を出すコーデリアに、

「昨日の彼だよな? ここまでされたんだ、お前も覚悟を決めろ。

 謝って気が済むなら、さっさと謝らせて終わりにしたら良いんじゃないか?

 そうすれば、こんな風に待ち伏せされずにすむ。その方が気が楽だろう?」


 トーマスの言う事はもっともだ。そうした方が良いとコーデリア自身もわかっている。わかっていても、心と理屈は比例しないのが世の常だ。ましてや乙女心はなおの事。そのことにコーデリア自身が気が付いていないのが問題なのだが。


「そうですよね。わかっています、わかっているんですが……」


「ふむ。まあ、男慣れしていない令嬢が一対一でいきなりは難しいだろうな。

 どうだ? 俺が立会人になろう。俺が同席すれば彼もおかしな真似はしないさ」


「そう、でしょうか?」


 コーデリアがトーマスと並び話をしていると、「あ! 気が付かれた」


 トーマスの言葉に視線を変えると、こちらに向かって歩いてくるハリスンが目に入った。さすが体つきの良い騎士。大股でズンズン歩く姿はあっという間に目の前に来て、


「おはようございます。キャメロン伯爵令嬢。

昨日は大変失礼いたしました。今日は改めて面会の約束を取りたいと思い、お待ちしていました」


 朝から爽やかな笑顔でほほ笑むハリスンは、非常に眩しかった。

 爵位がないばかりに縁遠くなっているのだろうが、本当なら若い令嬢が気に入るような好青年だ。しかも、騎士服を着た彼は目にも美しく、地味で華やかさの欠片もないドレス姿のコーデリアとでは並ぶのもおこがましくて、なんだか情けなさが込み上げてくる。


「お、おはようございます」


 ハリスンの勢いに怖気づきながら、ジリジリと後退を始めようとするコーデリアにトーマスが助け舟をだした。


「ああ、騎士殿……。実は、昨日彼女から少しばかり話を聞かせてもらいました。

 彼女はあなたが未だに恨みを持ち、危害を加えようとしているのではないかと恐れているのですよ」


「な! そ、そんなことは、決して」


「ええ、そうでしょうね。あなたを見ているとそれは無いとわかります。ですが、か弱い令嬢からしたらですね、体格の良い騎士が目の前に立ちふさがり、上から言葉を投げかけられて脅えないなんて、そんなことは難しいとわかりますね?」


「ああ、それは、そうですね。気が急いてしまって、申し訳ありません」


「いやいや、大丈夫です。まあ、そこでですが。二人は一度話し合いをした方が良いだろう言うのは私にも分かります。ならば、私が立会人になるということでいかがでしょう? いきなり彼女をあなたに引き渡すのは、上司として出来ません。

 場所もここ王宮内で、時間も短時間。私を目の前にして話をするのならば、上司としても容認しましょう」



 な、何を突然!? 確かにそんな風な話をしたけれど、コーデリアは返事をしていない。それなのに一方的に話をまとめられ、コーデリアは「あわあわ」とトーマスの顔を見る。そんなコーデリアの気持ちを知ってか知らずか。あっという間に二人の間で話がまとまってしまった。

 気が付くとコーデリアに「では、後ほど」、そう言って深々と頭を下げ去って行くハリスンの後ろ姿を見送っていた。


「そう言う事だ。今日の仕事終わりに三人で会うぞ。いいな?」


 いいな、も何もない。何を言ったところで状況が変わることはないのだから、

「私に決定権なんかないことくらいわかっています。」

 不貞腐れたようにトーマスを睨みつけると、「おお、こわ」と言いながら先に歩き出した。その後ろ姿を追いながら、なんでこうなったんだろう?と、コーデリアは大きなため息を吐いた。



 

 その日、全く仕事に身の入らないコーデリアを心配して周りの先輩たちは声をかけてくれるが、上司トーマスは何食わぬ顔で仕事をしていた。

 それが本当に面白くなくて、「全然、大丈夫です!!」と、わざと大声で答えることで、ほんの少しだけ反抗して見せたりした。



 そんな時間はアッと言う間に過ぎ、終業の時間。

 トーマスに促され後ろについて歩くコーデリア。どこに行くのだろうと思ったら、着いた先は騎士隊の官舎だった。

 

「さすがに人目があるから会議室を借りようと思ったんだがな。騎士隊の部屋は騎士ならいつでも借りられるんだそうだ。そっちの方がいいだろう?」


「はあ。もう、何でもいいです」


「そう、むくれるなって。これで終ると思えば気も楽になるだろう?」



 なんとなく楽しそうに歩くトーマスの姿が面白くなくて、コーデリアは俯きながら黙って石を蹴った。だが、トーマスを狙ったその石があたることは、残念ながら叶わなかった。



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