第10話
コーデリアはトーマスに馬車まで送ってもらうと、そのまま早退をした。
ハリスンが待ち伏せをしているといったこともなく、無事に帰宅することができた。
「何かの勘違いが起こっているんだろう。彼も言っていたが、一度きちんと話し合いをした方が良いと、私は思うぞ」
馬車に乗る際、トーマスから声をかけられた。
闇討ちで狙われているわけではなさそうな事は理解できた。
それでも、今更会って何話すのか? 話すことなんて一つもないはずなのに、そう思うとやはりハリスンの考えていることが分からなかった。
家に戻り、父の執務室へ行くと兄のルークも揃っており、コーデリアは二人を前に今日の出来事を話して聞かせた。
元々事務官として働くことを良くは思っていなかった父だ。このまま退職しろと叩きつけられることを覚悟しながら。
「へえ、ハリスンが? 会って話をしたいだなんて、今更なんのつもりだろう?」
兄ルークの言葉にはどこか棘があるように感じる。彼もまた家のことを馬鹿にされて面白くなかったんだろう。巻き込んでしまって申し訳ないと、コーデリアはやるせない気持ちになった。それなのに父は無言のままだ。
「お父様?」
少し心配になりコーデリアが声をかけると、
「ん? ああ、そうだな。
結論から言うと、彼は未だにアンダーソン家の子息のままだ」
「そうなのですか? では、アマンダの話しは?」
「バートン家のアマンダ嬢の話しも本当だ。彼はあの後、責任を取って親戚筋に家督を譲っている。商いを手広くされている方だとかで、負債も全て返済をしてくれたと聞いた。一時、彼は本当に全てを捨てる覚悟をしていたようだがね。
ただ、彼の騎士としての腕は本物らしく、それに第二王子殿下に可愛がられているらしくてね。殿下が手放したがらなかったらしいんだ。
それで、爵位を譲った親戚のところに養子として入ることで、アンダーソン家の子息になったわけだ。アマンダ嬢が言う通り、子爵ではない。彼はただの子息にすぎなくなったんだ」
「なるほど」
「そういうことですか」
コーデリアとルークが納得したように、声を揃えて答えた。
「宮廷騎士は貴族籍でないと務まらないと、今日初めて知りました。彼は騎士になるためにずっと努力をしてきたと聞いていました。そんな彼の夢を消さずに済んで良かったと、今更ながら思います」
ほっと安堵したような顔でコーデリアが気持ちを言葉にするも、ルークは面白くないようで、
「コーデリアは優しすぎる。だから相手がつけあがった様な行動を取るんだよ」
そう言って渋い顔をして見せた。
「まあ、そう言ってやるな。彼も真剣に悩んで出した答えだろう。全てを捨てて野垂れ死にでもされたら、それこそこちらも夢見が悪い。
爵位は継げずとも、騎士として生きていくと決めたんだ。道が交わることはないんだから、暖かい目で見てやったらどうだ」
「父さんがそう言うなら……」
ルークは渋々ではあるが納得したようだった。
だが、彼の存在に納得はしても、今更会って話がしたいというのは理解ができないコーデリアとルーク。会う必要などないと言うルークに、それではいつまでも追いかけまわされるのでは?と心配するコーデリア。
「きっと、会って直接謝りたいんだろう」
その言葉に「「は?」」と、声を揃えて父に顔を向ける二人。
「謝るも何も、今頃何を言っているんだって感じだけど?」
「ええ、本当に。恨みが無いのなら、どうかこのまま放っておいて欲しいです」
兄妹の意見は一致している。だが父は思うところがあるようで、腕組みをしながら考えこんでいる。
応接セットで向かい合わせに座っていた父は立ち上がると、執務机の脇のキャビネットから封筒の束を取り出し、二人の前に置いた。
「彼から送られてきていた手紙だ。内容は全てコーデリアへの謝罪と、面会の許可だ。会って直接謝りたいとな。
だが、私はそれに許可をしたことは無い。コーデリアに会わせるつもりも、謝罪の機会を与えるつもりもないと返事を送り返し続けている。
互いに関わらず、自分の人生を送るべきだと言い続けてきたんだがな」
父の言葉に「それで良いですよ。今更会ったところで時間は戻らないんだ。あいつがコーデリアを傷つけたことには変わらない」
ルークは視線をそらし、独り言のようにつぶやいた。
「コーデリア。お前はどうしたい? 会いたいと思うなら私から声をかけてやろう。
その際には決して危害を加えられることのないよう、誰か護衛をつける。いや、むしろここに呼べばいい。そうすれば下手な事はできないだろうからな」
「父さん。彼を我が邸に呼ぶのは反対です。今の邸内の様子を知られては後々面倒です。むしろ、どこかで会った方が良い。その時は僕が同伴します。兄として、妹は僕が守ります」
「お兄様……、たぶん指一本で倒されそうですけど、大丈夫ですか?」
「う、うるさい!」
なにやら兄弟喧嘩が始まりそうな様子を見ながら、父は仕方ないと言った様子でため息を吐いた。
「お父様。お返事は少し待ってください。少し気持ちを整理したいと思います。
いま会っても、正直どうして良いかわからなくて」
「そうか、それもそうだな。急にこんな物を見せられて迷うのも仕方ない。私から連絡することは控えよう。彼が無体な真似をするとは思えないが、それでも身辺には十分気をつけるんだ。いいね?」
「はい。わかりました」
俯きつぶやいていたコーデリアは、父の言葉にしっかりと前を向き、はっきりとした口調で答えた。
もう少し、もう少しだけ心の準備が欲しい。
会えば、彼は謝罪をするだろう。謝られれば、それを受け入れるしかない。
人生を狂わせ憎まれていると思っていた相手の謝罪を受け入れればそれで片が付く。きっと彼は、それで満足するのだろう。謝ることで前へ進む切っ掛けにしたいとさえ考えているに違いない。
それで終る。
憎まれても、恨まれても、彼が自分を思い出してくれるなら……。
そんな不思議な感覚が、コーデリアの中に芽生えてしまった。
芽生えた想いは、もう消すことができない。だって、消し方を知らないのだから。
二人を繋ぐ唯一が無くなったら?
たぶん、二度と関りにはなれないのだと思うほどに、寂しさのような、切なさのような思いが込み上げてくる。
この気持ちを何と呼べばいいのか、コーデリアは知らなかった。
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