30を過ぎた俺に、モテ期という都市伝説は来なかった

松原 透

第1話 先輩と再会

 大学の就職活動で内定をもらってから、今の会社にずっと働いていた。

 友達からはブラック過ぎるだろと言われたりもしたが、仕事があるだけまだマシと自分にそう言い聞かせ働き続けていたのだが……先月、会社が倒産した。

 働き詰めで、それなりに貯金もあるからしばらくは大丈夫なのだが……。


「これも時代なのかもな」


 スマホのディスプレイには、今後のご活躍をお祈りすると何度も見たことのあるメッセージ。

 俺はまだ三十過ぎたばかりだからと、楽観しすぎていたのかもしれない。

 会社が倒産し、無職になり、再就職のために多くの会社に面接を受けたもの……採用してくれる所は一社もなかった。


「またダメだったか」


 最終面接にまで残り、期待が大きかったため落胆もまた大きい。

 大学の時はすぐに受かったのに、中途だとかなり厳しいようだ。

 ため息と同時にスマホがテーブルに落ちる。ぼーっと窓の外を眺め行き交う人達を眺めていた。

 楽しそうに笑い合う学生。他の人よりも速い速度で歩く、スーツ姿の男性。

 そのどちらもが過去にあった。


「おい、どした? ずいぶんと浮かない顔をしているようだが」


 後ろから聞こえた声。聞き覚えのある声に振り返ると、懐かしい人が立っている。

 左手を少し上げ、俺は釣られるように頭を少し下げた。

 持っていたトレイをテーブルに置き、隣りに座った。そして、俺が注文していたフライドポテトを一つ取って口に入れる。

 自分のトレイにも同じものがあるのに、そっちを食べろよ。なんでわざわざ冷めているものを……。


「あ……先輩。お久しぶりです」


 「おぅ」と返事をしつつ、食べ進める手をやめようとはしない。

 半分ぐらいまで彼女の胃に収まったところで、俺が注文していたコーラを飲んでいる。


「ふぅ……元気ないけど、どした? 彼女にでも振られたのか?」


 彼女に振られる……か。

 そんな人が居たことが無いから分からないけど、仕事があればある程度気を紛らわせれるだろう。だから、そっちのほうが気が楽だとは思う。


「彼女がいたことは今までに一度もないですが、そうだったほうが気が楽でいいですね」


 そう言って先輩を見ると、先輩を口角を上げにやりと笑う。

 咥えていたポテトを半分ほどかじり、俺の口元に向けてくる。


「しょうがない、この心優しいお姉さんが相談に乗ろうではないか」


 以前の俺だったら、その発する言葉に訂正を求めていただろう。


 吉沢 静。

 大学の時に知り合った二年先輩。しずか、という名前とは裏腹に、とにかく騒がしい人で皆の中心に居た。

 中心というか、逆らうと色々と面倒なため先輩の過去を思い返すと、握り拳をちらつかせていた光景が蘇る。

 学生時代は今のようなボブカットではない。静という名前に、艶やかな長い髪と誰もが振り返る容姿も合わさり、数多くの男から告白される。だが、玉砕した誰もが俺と同じように思ったことだろう。

 呼び出された先輩は、ただ一言。「ごめんなさい」と言えばいいものを、「はっきりと喋れ」「チャラチャラするな」などと、予想もしない反撃によって腹を抑えてうずくまっていた。

 こいつは駄目な人だと……。


「どう見ても、私に喧嘩を売っているような目だね。今思っていることを口にすればグーだけで済ませてあげるよ」


 過去にあったことを思い出していたことで、俺が先輩を見る目から何かを察したらしい。

 逃げるようにハンバーガーの包みを開け一口。放置していた分あまり美味しいと思えない。

 それで終わらないのも、先輩らしい。俺の視界に入るように左手を出して、何度も握りこぶしを作っている。何か言わないと、脇腹に一発食らわされる。

 こういうところを治さないと、嫁の貰い手……そう思った時、目の前の拳が消えた。


「いえいえいえ、先輩は相変わらずきれいだなと、むしろ学生の頃よりも比べ物にならないので目の前にいるだけで心臓がバクバクですよ。本当ですよ」


 ガラスに映った先輩の目を見てしまい、俺は慌てて誤魔化す。

 先輩は空手の有段者で、軽い一発だとしてもかなり痛い。ハンバーガーショップで言うような言葉ではないのかもしれないが、周りに誤解されるよりも一撃を食らうことを俺は避けたい。


「えっ」


 とは言っても、こういう時はいつも決まって先輩をお世辞を言ってやり過ごす。しかし、それがいつものことだったはずだか……なぜ、もじもじしている?

 この程度のお世辞、軽く肩を叩いて笑って受け流してたよな?


「あー、いやいや」


「先輩?」


 先輩は手をパタパタとさせている。照れて頬を仰ぐのならまだしも、なぜ頭の上を?

 わざとらしい咳払いをして、残っていたコーラを飲みズズッと音を立てる。結局飲み干されたか……。


「それで、落ち込んでいる理由を聞かせてくれ」


 会社の倒産から、これまでのことを掻い摘んで話しているが、この人は本当に話を聞くつもりがあるのだろうか?

 ふんふんと相づちを打つだけで、自分の注文をしていた物を食べている。

 

「今日もダメだったので、本当に再就職がなかなか見つからないんです」


「なるほどな……なら、うちに来ると良い」


 先輩は名刺をテーブルの上に置くのだけど、自信満々の時に出る荒い鼻息は変わりませんね。


「出勤時間は朝九時。これは人質として預かっておく、片付けもよろしく頼んだよ」


「ちょっと、先輩!」


 テーブルに置いてあったスマホを奪い、店をダッシュで出ていった。


「相変わらず強引な人だな」


 強制参加の時によく使っていた方法だけど……学生時代のならまだ許されたことでも、今は完全に犯罪なんだけどわかっているのかな? というか、俺以外の人にもやっていないよな?

 名刺を懐に入れて、残されたトレイを片付けて店を出た。


 今週の求人誌を買い、スーパーに寄って数日分の食材を買ってから家に帰る。

 お湯の準備を済ませ、パソコンの前に先輩の名刺を置いた。

 書かれていた住所を検索すると、見窄らしいビルに辿り着く。


「代表取締役ってことは……先輩は起業したのか?」


 先輩ならそれもあるかと納得できるのだが、本当に雇ってくれるとなると、この状況を見れば本当にお世話になっていいものか躊躇ってしまう。

 昔から面倒見は良い方だと思うけど、俺が入ったことで会社の迷惑をかけてしまう可能性もある。

 明日は、スマホだけ返してもらって辞退したほうがいいのかもしれない。

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