第4話 新しい日々
先輩の会社で働き始めて二ヵ月が過ぎた。
仕事もある程度任されるようになり、最初の頃は先輩も気にかけてくれていた。
職場の環境もよくて、部署にいる人達はとても丁寧に教えてくれた。
だが、しかし……ここ最近先輩の態度、というか機嫌がすこぶる悪い。その原因が全くわからないから、先輩に会わないように心がけていたが……
『最近、最近のお前はダメだ!』
『こんなところで、一人でランチとはいいご身分だな』
『社長と呼ぶな。先輩と呼べ!』
『お前はまだ新人だ。私が誘う以外、飲みに出歩くのは禁止だ』
と、まぁ、なんとも理不尽な言葉を投げかけられる。
なぜかわからないが、退社した後の外出にすら制限がかけられている。
そんな事言われたからって、一人で何処かに勝手に行けばいいと思うのだが……飲み屋街を歩いているだけで、先輩から電話が鳴る。その原因が支給されたスマホのGPS。
今どこにいるではなく、そんな所にいないですぐ家に帰れと言われるから原因はこれで間違いはない。
一度、デスクの引き出しに会社用スマホを置いて帰ろうとしたのだけど、部長から呼び止められ「スマホ忘れているよ」と、何故か部長からも監視されていた。
置いて帰ることもできないため、それで毎回のように電話がかかってくるのが面倒。そんな事もあって、近道として利用していた飲み屋街から離れた別の道を使って帰る羽目になっている。
最初は面倒だったが、結果から言うと悪いことばかりでもなかった。
「いらっしゃいませ」
ガラスの引き戸を開けると、明るい声が小さな店内に響く。
チェーン店ではないお弁当屋。一度ここに来てからというもの、今では毎日ここに立ち寄っている。
「遅くまでお疲れ様」
「遠山さんもお疲れ様です。今日は何にしますか?」
今日も元気そうで何よりだな。
毎日のように通っていたら、メニューもある程度覚えてきた。
「今日は日替わりでいいかな。それと、はいこれ」
この通りにあったケーキ屋で買っていたものをカウンターに置いた。
俺が持っていた物が、自分に渡されると思っていなかったため驚いた表情に変わる。
ケーキと俺を交互に見て、今度は口をモゴモゴとしている。女の子は甘いものに目がないようだ。
「この前のお礼だよ。気にしなくていいからね」
連日通っていたことで、栄養が偏るとサラダをおまけしてくれた。
そのお返しだ。
「お客さん、うちの看板娘を口説かんでください」
「わ、私、これ冷凍庫に入れてきます」
店主の余計な一言によって、良子ちゃんは奥に逃げていった。
言い間違いであることを切に願うしか無いな。
「俺が勝手にしたことでから、あまり叱らないでください」
「それは別にいいんだが……あの子にも厨房を任せたいんだ。出来は不格好になるかもしれないが、あの子が作ったものを食べてくれるか?」
レジばかりで、まだ中の仕事はしていないって言っていたな。
顔見知りである俺なら、ある程度融通がきくと思ったんだろう。彼女一人に任せるつもりはないだろうから問題はないな。
こういう機会もないだろうから、彼女が作るお弁当の第一号になってあげるか。
「俺は構いませんよ。家に帰ってのんびりするだけですから、少し時間がかかってもいいですよ」
「そうか、ありがとうよ」
店主さんからすれば、ただのバイトというよりもまるで娘みたいだな。
用意されている椅子に腰掛け、スマホを見ながら出来上がるのを待っていたが……奥から聞こえてきた良子ちゃん声に口元が緩んだ。
店主のカバーに期待するしか無いが……新人教育の時を思い出すな。
彼女の名前は、西村 良子。
あの日、初めて先輩の会社に向かっている時に助けたあの女子高生だ。今から二週間前にふらり立ち寄ったここで偶然の再会することになった。
向こうは俺のことを覚えていたみたいで、俺はさっぱり覚えていなかった。
それから、あの子の様子が気になり通うようになった。
元気で明るく、その笑顔に少しだけ安心していた。
「大丈夫、ちゃんと美味いよ」
家に帰り弁当を食べ始める。少し色の濃いエビフライ。形がバラバラなキャベツの千切り。
大盛りを頼んでいないご飯。何かを置くはずだった、空白の隙間。
初めてにしては十分すぎるな。出来上がった弁当を見て、あの頑固者そうな店主が、「勘弁してくれ」と言われてたけど残さず全部食べるよ。
良子ちゃんの頑張っているところを見て、親心でも芽生えたのかもしれないな。
「ごちそうさま」
* * *
「おお、おお、おはようございます」
「おはよう、良子ちゃん」
改札口で待っていると、制服姿の良子ちゃんは慌てて走ってきたのだろうか、息を切らしていた。
時刻は八時。普段より早い時間だったが、昨日作って貰った弁当に手紙が入っていた。
あの事件以降、この時間の電車に乗ることが出来なくなってしまった。そのため、いつも九時過ぎに登校していた。そうなれば一時限目の授業に間に合うはずがない。
そこで、俺をボディガードとして頼まれた。
良子ちゃんが緊張しているのも無理はない。
「大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です」
「気分が悪くなったらすぐに言ってね。俺も一緒に降りるから」
「ありがとうございます」
友達に頼めばと思いもしたが、ああいうことに巻き込まれたことを言いたくはないよな。
やっぱりあの時の恐怖感があるのか、表情は固く視線も右に左とまるで警戒しているみたいだった。電車が揺れて俺に倒れ込む形となってから良子ちゃんはスーツの裾をつかんでいた。
それで気が紛れるのならいいんだけど……。
それにしても、高校一年生とか……俺の年ってちょうどこの子の二倍なんだな。
俺こんな事任されたとは言え、通報されないよな?
「ありがとうございました」
「うん、それじゃまた明日ね。行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
良子ちゃんは、ずっと手を振り続けていた。
遅刻しないといいんだけどな……。というか、周りの視線が少し居心地悪い。
マジで通報だけは勘弁してください。
* * *
「良子見たわよ。あの人なんなの?」
「この前電車で助けれくれた人……ふへ」
「ああ、あの痴漢の……でも言うほど格好良くないと思う。それにおじさんだし」
「おじさんじゃない! お兄さんなの!」
「わっ、分かったって。私が間違っていました、あんたには勿体ないぐらいの彼氏だね」
「かか、かれ、かれ……」
「これは、重症みたいだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます