4-5

 墓所に刻まれた果てしない碑文の連なりの間を、次々と枝分かれする緑と紫の蔦が駆けていく。緑の蔦は金の星、紫の蔦は銀の星をそれぞれまばゆく散らしながら、サフィルの書いた裏返しの呪文をどこまでも運んでいく。飾り文字の間に隠され埋め込まれた呪いとぶつかるといっそう強く輝き、その効力を奪ってさらに駆ける。

 これはサフィルが新たに編み出した大食の呪文と、レインが得意とする駆け回り文字、そして呪いを相殺する呪文のあわせ技だ。ぶつかるたびにあちこちで小爆発ほどの衝撃が起きるので、もはやそのせいで墓所が崩壊するのではないかとひやひやしたが、なんとか持ちこたえたようだ。ひとめぐりして存分に食い散らかして帰ってきた呪文は、サフィルのすすめによりレインが紙で拾い上げた。

「これで一旦危機は逃れたんじゃないか。このクソ忌々しい碑文はずいぶんくたびれてるようだから、改めたほうがいいだろうな。それはそっちでやってくれ」

「は」

 大変な現場に居合わせたマリスとルオは、サフィルの物言いに反発する気も起こらなかった。これで同僚たちも通常に戻るだろう、だが、上にはどう報告したものか。見たものをそのまま伝えて理解されるのか、一抹の不安が残る。

「後片付けは引き受けよう」

 場の空気を察してか、アールがすすんで申し出る。

「少し休むかい?」

「いや、もうたくさんだ。はやく家に帰りたい」

「手配しよう」

 ぼろを着たぼろきれのようになったサフィルを見て喉を鳴らしながら、レインにも声をかける。

「なんだか、吹っ切れたようだね」

「そうですね、色々、振り切ってしまって」

 レインが見せた笑顔からは、ここ最近の影がすっかり晴れて、本来の人を惹き付ける華やかさが戻っていた。

「サフィルのうちの子になってしまったしね」

「そうですね」

「いいのかい?」

「願ったりです」

「いいんだ……」

 サフィルが名で縛ったせいもあるだろうが、アールの目から見ても、二人はずいぶん師弟らしく見える。見た目はまるで正反対なのに、親子のように通い合うものがそこにはあった。

 そのとき、へとへとに崩れ落ちていたサフィルがふっと顔を上げた。

「レイン」

「なんですか」

 勢いに身構えたレインに向き合って、サフィルはふっとひと息。それから見たことのないあたたかさで笑う。

「よくやった」

 インクのしみだらけの骨ばったてのひらがやわらかな金をかき混ぜる。碧い瞳がひときわ明るく輝いて、間もなくふたりは王都をあとにした。

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呪いの国の悪筆賢者 草群 鶏 @emily0420

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