紅林翔のとある一日
霞(@tera1012)
第1話
11:00 目覚める。ため息をつく。
11:30 歯を磨く。鏡に映った顔にげんなりする。
座椅子にぼんやり座っている。
13:30 ふらりと自宅を出る。
14:30 いつの間にか見慣れた空き地にいる。べそをかく。妖精に会う。
*
「……お
「は、はい! こんにちは!」
「……こんにちは。ここ、あんまり女の子が一人でいていい場所じゃないよ。帰りな」
黒いダボッとした上着のフードごしに、男の人の顔がのぞいた。
こわい、と思ったけれど、真帆はだまってかぶりを
しばらく、真帆とおじさんは、
「なんだあ、サボり? その
「……」
「当たりかあ。どしたの、レッスン
おじさんの声は、
「そうかあ。トウシューズ、もう
「うん」
「何が嫌になったの、コンクールの練習?」
「……うん」
「そうか、なに
「フロリナ王女」
「すごいじゃん」
「……うん」
「いやになること、あるよな」
「……うん。……おじさん、バレエ知ってるの」
「おじっ……。うん、まあ、昔知り合いがね」
「おじさんは、踊ってないの」
「うーん……分かった、いいもの見せてやる。
「ええ……」
「
おじさんは立ち上がる。地面にシートのような物を
タン、タン、と、大きく手を振り、足を
変なステップ。真帆が思っていると、突然おじさんは地面に頭をつけて
頭だけの支えで、おじさんの体が回っている。
ぐるん、ぐるん。くしゃりと丸まったり、
突然、広がっていた脚がきゅっと
おじさんの体は、ぎゅるぎゅると回る。早すぎて、おじさんの顔も分からない。電気ドリルみたいだ。
それからきゅっと音がするくらい突然、おじさんは卍のかたちで
はあ、はあ。おじさんの
「……すごい」
「やっぱ、楽しい」
ぼそりとしたつぶやき。
「すごかった?」
「うん!」
「参った、って思った?」
「……うん」
「ダンスにはさ、一回できるようになったら忘れないことと、続けてないとあっという間に消えてっちゃうものがあるんだ。どうしてもやめようと思うまでは、続けた方が、いいと思う。……レッスン、行きなよ」
真帆ののどに、ぐうっと熱いものがこみ上げる。
「ほんとはね、バレエ、嫌になったんじゃないの。でも、王子様先生に、
「……君、お名前は」
「真帆」
「まほちゃん。先生は、男の人なの」
「うんと、王子様先生は、男の人。発表会で、王子様をやるの。特別にパ・ドゥ・ドゥウを教えてあげるって言われて、でも、鏡のないお部屋に連れていかれて……」
「……まほちゃん、今日は、レッスンに行かなくていい」
おじさんは、今までと違う、大人の人のしゃべり方をした。
「スマホ、持ってる?」
「うん」
「お母さんに電話して。今、おじさんに言ったこと、お母さんに話すんだ」
「でも……」
レッスンに行きたくない、と言ったら、ママに根性なし、と叱られた。それから、真帆はこっそりこの場所で、レッスンが終わる時間まで、じっと座って過ごしていたのだ。
「大丈夫。お母さんは、君を怒らない。絶対に。絶対にだ」
ママは、怒らなかった。どこにいるの、と聞かれて答えてしばらくしたら、ガシャン、という音が聞こえてきて、自転車を倒したまま、ママが道から走って来て、真帆を抱きしめた。
「ごめん、ごめんね」
ママは聞いたことがない声をしていて、真帆の胸はぎゅうっとなる。ママの足の、左右で違う玄関サンダルを見つめていたら、だんだん安心して、真帆は赤ちゃんのように、大声で泣いてしまった。
しばらくして、公園からママに手を引かれて出て行くとき、思い出して振り返ると、そこには、もう誰もいなかった。
ありがとう、ダンスの
*
紅林翔のとある一日②
18:00 コンビニ弁当を買って帰る。
19:00 風呂に入る。明日から、基本の筋トレからやり直す、セットリストを見直す、と決める。
世界大会には出られなかったけど、俺のダンス人生は終わってない。
風呂の中で、一人で天井に向かって気炎を上げる。
紅林翔のとある一日 霞(@tera1012) @tera1012
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます