時空超常奇譚2其ノ八. STRANGER/宇宙人やぁい

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚2其ノ八 STRANGER/宇宙人やぁい

 東池袋に新設された国立新東京大学。その非公認サークル『超々常現象ちょうちょうげんしょう研究会』の代表七瀬奈那美は、今日も大学に程近い行き付けの喫茶店サンジェルマンで朝食をとった後、人気ひとけまばらなキャンパスに姿を見せた。朝から抜けるように真っ青な夏空に、既に白い積乱雲が勇壮に高く、更に高く立ち上がっている。

 七瀬は空を見上げて「今日も暑くなりそうだな」と独り言を呟きながら、大学裏手別館にある超々常現象研究会の部室に向かった。部室のドアを開けると、朝早くから二人揃って机に突っ伏している後輩、小泉京子と前園遥香がいた。珍しい事もあるものだ。創部2年間でこんなに早い時間に二人に会うのは初めてだ。

「お前等、今日は随分早いね。ケツでも痛いのか?」

 ギャグを入れたつもりの問い掛けに、ボケる余裕のない二人が恨めしそうに、いきなり挑戦的に言った。 

「先輩、宇宙人は地球侵略に来るんですか、来ないんですか?」

「先輩、どっちなんですか?」

 小泉の稚拙な詰問に、前園が言葉を繋げた。

「何だよ、それ。そんなSFマンガみたいな事なんて、子供でも言わないぞ」

「それはそうなんですけど、これが新人類学のレポート課題なんですよ」

「また、新人類学か・」

 つい前日、『ヒトはどこから来てどこへ行くのか』などという、ゴーギャンにでも訊いて来いと言いたくなるような哲学を問う新人類学のレポートが出題されて、二人は頭を抱え、七瀬が代わりに書いて事なきを得たばかりだ。懲りないというか、何も学習していない。

「そうなんです」「また、新人類学なんです」

 首を傾げる七瀬の鼻先に、前園が差し出した課題らしき紙に設問が載っている。

『次の言葉を根元的に解釈せよ。宇宙人は地球侵略をするか。または地球に来た宇宙人は地球侵略を目的とするか』

 今時、課題などメールで発信される。テスト用紙に印刷してある問題用紙を見るのは随分と久し振りだ。レポートの課題もテスト用紙も、アナログでポップ過ぎだ。

 この講義の教科書は何だろうか。宇宙刑事ギャバンか、秘密戦隊ゴレンジャーか、はたまたウルトラマンかゴジラのDVDか。どうせなら、セーラームーンと悪の組織ダーク・キングダムも登場してほしいものだ。

「先輩、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないんです。今日中にレポート提出しなくちゃならないんですよ」

「そうなんですよ。けど、前に先輩が「宇宙人は地球には来ない」て言っとったのが頭に膠着こびりついとって、考えがまとまらへんのですよ」

「先輩、責任取ってください」

 なる程、そういう事か。そう言えば、確かにそんな事を言ったような覚えはある。

『この宇宙にはさ、腐る程の宇宙人がいるんだよ』

『ホンマですか?』

『可能性があるって事ですよね?』

『いや、100%いる。でも宇宙人はな、地球には来ないんだよ』

『何故ですか?』『何でやの?』

『それはさ、こんな辺鄙へんぴで小汚ない地球なんかでも、来るには命懸けの根性が必要なんだ。そんな思いまでして、地球に来る酔狂すいきょうな宇宙人なんかいる訳ないだろ』

 言った覚えがあるではなく、確かに言った。

「確かにそうは言ったけどさ、そんな事が大学のレポートの課題になるなんて、余りにも子供染みてないか?」

「例え、子供染みた幼稚で寝惚けた最低レベルの課題でも、レポート書かなきゃ単位が取れないんですよ」

「そやから、責任取ってくださいよぅ」

「責任って言われてもな。課題も変だけど、それを本気で考えるお前等の頭も変だ」

「変でも何でもいいんですよ」

「宇宙人はおるんですよね。おるけど、地球侵略には来ぅへんのですよね?」

 二人の必死さだけは伝わってくる。宇宙人は地球にやって来るのか、地球にやって来る宇宙人は地球侵略を目的としているのか、そんな雲を掴むような課題から講義内容の想像が付かない。

「まぁ、誰も見た事はないけど、宇宙人はいるだろね」

 宇宙人は、必然として、いるに違いない。この遥かに広大な宇宙に、銀河が2兆個を超えて、或いはそれ以上存在し、銀河の中には天の川銀河でさえ2000個以上の恒星とその数倍、数十倍の惑星と衛星があるのだ。それを考えただけでも「唯一、この地球にだけ生命が、人類が存在する」と主張する方が余程勇気が必要だ。だから、今更に宇宙人がいるか否かなどという議論など面倒臭くて願い下げなのだが、かと言って地球侵略だの宇宙戦争などというSF話の可能性を力説する気にもなれない。

 もっとも、「宇宙人がいると言うなら、今直ぐここに連れて来い」と言われても出来る筈はないが。

「あぁ、私のレポートがぁ」

「ウチの単位がぁ」

 二人の涙声ながらのムンクの叫びに、七瀬は観念した。

「わかった、わかった。締め切りはいつだよ?」

「今日の5時です」

「後9時間か、何とかなるな」

 七瀬那奈美はパソコンに向かって一気にレポートを書き始めた。

『この奇跡の星地球以外に異星人はいるのだろうか。その問いに答える事は容易だ。この宇宙には、我々地球人類以外にも宇宙人はいる。この馬鹿みたいに広い宇宙に、唯一地球にしか生命体が存在しないなどと寝言を主張する真面まともな者はいない』

「先輩、そんなの言い切っちゃっていいんですか?」

「いないて言うのが通説やないんですか?」

「当然いいに決まっている」

「でも、地球以外にはいないって言う方が主流じゃないんですか?」

「いや、いないなどという輩がいるとしたらそいつは愚か者だ。ワタシはそんな輩は相手にしていない」

 七瀬の利己主義的解釈の下で、レポートらしきストーリーが進んでいく。

『この宇宙には、地球に暮らす我々の想像など遥かに凌駕する生命体、生物、いや異星人、即ち宇宙人という存在が満ち溢れている。そして、その宇宙人達はそれぞれにコミュニティを形成しているのだ』

 七瀬の宇宙人物語が続く。

『他の星に住む知的生命体は、どんな姿形をしているだろうか。それを予測する事は難しい事ではない。生物は、その星の環境に適応し適者生存の進化の下で形態を構成し、限界までの進化を遂げると考えられる。従って、その姿形はその星の形態や環境とその変化によって、更には生物の進化過程によって予想出来るのだ。

 ヒトも同様に、地球の生存環境に従って単細胞生物から多細胞生物へ、魚類から両生類、爬虫類、哺乳類へと大進化し、更に哺乳類から猿人、旧人、新人への進化を経て現代人となった。だが、ヒトの一種である現代人、ホモ・サピエンス・サピエンスの種としての限界はどこにあるだろうか。

 ホモ・サピエンスは、既に種としての限界を超えつつあり、遅かれ早かれ絶滅を逃れる事は出来ない。世界の潮流である少子高齢化が止まる事はないのだ。

 だが、ヒトの種としての限界は未だその先にある。それは、不老不死を実現する事だと言えるだろう。

 ヒトは、そのテクノロジーで遺伝子のゲノム編集を可能にするとともに、自らの臓器のスペア化する事で最強の超人類生物へと人為的に進化する。そして、最終的には身体の全ての部分を機械化し脳機能をもデータ化し、外部エネルギーを得る事で水及び食物の摂取や排泄を要せずに寒暖、放射線さえも超越する身体を手に入れる事が出来るのだ。

 有機体の老化した部品をスペア交換する事、或いは身体を全て機械に替えるという事で不老不死になるという事は、ホモ・サピエンスから新しいヒト人類へと進化する事を意味するが、それはヒトの絶対的不老不死を意味しない。

 何故なら、例え身体を機械化し脳をデータ化する事によって、不老不死を自負する新たな人類が誕生したとしても、たった一発の核爆弾で相当数の不老不死たる新人類を一瞬の内に死に至らしめる事も、核の冬によって太陽光を遮断して機械の身体を腐らせる事も、更には脳のデータを消去する事で実質の死に至らせる事も可能だ。

 所詮、ヒトがどんなに進化しようとも、死から逃れる事は出来ない。それが、ヒトとしての限界である。

 しかし、それはあくまでもヒトとしての限界であり、生命体としての限界ではない。今から3400万年後以以降のいつの日か、ヒトが種の限界を迎えて滅亡に至る時、かつて爬虫類から哺乳類が大進化したように、哺乳類或いはその他の種から次の時代を担う大進化が起こり、新生物種が誕生する』

「何故、今から3400万年後以降なんですか?」

「6回目の生物の大量絶滅が3400万年後に来て、哺乳類の時代が終わるからだよ。その後、哺乳類から新生物種が大進化し、更に進化して新生物の人類が誕生するんだ」

「?」「?」

『新生物人類は、ヒト人類が限界を超えられなかった最大の要因たる身体そのものを捨て去るだろう。そして、究極的には意識のみで存在する神の人類が降臨するのだ。彼等は重力を操り、宇宙を自由に飛び回るだろう。地上だけでなく、宇宙空間さえも苦もなく支配圏に入れるに違いない。

 そうした究極の大進化は、地球の生物に限らない。この宇宙に存在するだろう数え切れない高等生物が大進化を遂げて意識の人類となっていても、何の不思議はないのだ。ヒトが崇拝する神とは、究極に大進化を遂げた意識の人類なのかもしれない』

「先輩、何だか予言みたいですよ。意識の人類って何ですか?」

「意識の人類がいる事に、何の不思議もない」

「先輩、意識の人類てどない理解したらエエんですか?」

「生物を突き詰めるとそうなるって事だ。尤も、身体がないものを生物と呼べるのか。身体が存在しないものにとって、重力や星や宇宙空間そのものが意味を持つのかって疑問はあるだろうけどね」

「でも、それじゃあ魂みたいですよ」

「幽霊やんか」

「なる程、確かにそうだね」

「極端に言ぅたら、究極の人類と神と魂と幽霊は同じて事になりますやん」

「なる程、そうとも言えるな」

 七瀬奈那美の宇宙人物語は、愈々いよいよ佳境へと入って行く。

『生命体とは、生物とは、ヒトとは、魂とは、神とは一体何だろうか。そして、遥かな存在としてヒトが崇拝する神とは果たして何なのだろう。異星人は神なのだろうか。神に祈るのはヒトだけなのだろうか。異星人は神に祈るのだろうか。ヒト以外の生物が、犬や猫が、神に祈らないと言い切れるのだろうか。疑問は尽きないが・』

「姉さん、大変だぁぁ」

 レポートが佳境に入ろうとしたその時、集中する七瀬の直覚的ちょっかくてき感性に土足で走り込む、バタバタと騒がしい足音が近づいた。聞いた事のある声がドアの向こうで響くと、隣のアメフト同好会の一年ボウズが部室に駆け込んで来た。何やら興奮気味に声が上ずっている。

 もっとも、一年ボウズが駆け込んで来るのは少しも珍しい事ではない。つい先日の昼時も、いきなり「大変だ」とわめきながらやって来て、「何事か」と訊くと、ゴキブリとネズミが追いかけっこをしていると言う。それを聞いた昼寝中の小泉は、やおら立ち上がって隣の部室に行くなりゴキブリを踏み潰し、ネズミを蹴り飛ばして悠然と戻ると、再び昼寝に入った。アメフト小僧と小泉の厳然とした感覚の違いがそこにある。

 七瀬が「またゴキブリか?」と尋ねると、アメフト小僧は激しく横に首を降った。「ゴキブリじゃなけりゃ、何だ?」という七瀬の質問に、窓の外を指差しながら震える声で言った。

「あ・あれっす・」

 窓の外には、たおやかに空へと伸びる、目に鮮やかな黄色い向日葵ひまわりが咲いている。夏を感じさせる絵のような風情が、窓枠の額の向こうに見えている。その場にいた誰もが、向日葵の上の一点に集中した。

「あれ?」「何や?」「何だ?」

 その向日葵の上の空に、遥か高く雲をべるように存在している「黒い何か」が浮いている。目の錯覚ではない、うまい棒に似た「黒い何か」が空に浮いているのだ。

 その「黒い何か」の直ぐ近くに、サンシャイン60が建っている。目測での高度は、サンシャインと同等200メートル超と思われる。

「あの棒状の飛行物体は、何だ?」

「葉巻型UFOですかね?」

「チョコポッキー、かりんとう?やっぱりうまい棒やな」 

「何だかわからないんすけど、空から細長い火の玉が飛んで来て、空中に止まったんすよ」

「火の玉?」「止まった?」「何だ、それは?」

 三人は要領を得ないが、説明しているアメフト小僧も黒い何かの正体を理解しているとは到底思えない。機転を利かせた小泉がTVのスイッチを入れると、画面の向こう側で、キャスターらしき男女が狂ったように叫んでいた。

「地球の終わりが来たんだぁ」

「あぁ、もう駄目だぁ」

 叫びながらスタジオを駆け回る男女を横目に、冷静を装う年配のアナウンサーは、番組を進行させるべく隣に座る中年の男に訊ねた。

「新東京大学教授の端田はしだ教授に解説をしていただきます。端田先生、あれは一体何ですか?」

「あっ、ウチの大学の端田教授がコメントしてる」

 中年は淡々と持論を展開していくが、年配のアナウンサーもキャスターの男女もかなりの興奮状態で、解説が聞こえているのかいないのかわからない状況が続いている。それでもTVは進行していく。

「先生、あれは宇宙人ですよね、そうですよね?」

「さぁ、わかりませんね。通常、地球大気圏に突入した物体は、燃え尽きるかまたは地表面に達すると考えられます。この物体は、大気圏に突入した後、音速に近い速度で地表に向かって進み、地上約200メートルで停止した。これは自然現象では考えられない。どう考えても、人為的に進行とは逆方向の同程度以上のエネルギーを噴射しなければならない。という事は、少なくとも自然現象ではなく、人間か或いは同等の科学力での人為的な現象であると言えます。仮に、これを自然現象として考えるとしても、棒状の岩石がその形状を保ったまま宇宙を飛ぶというのは、物理的に考えられないでしょう」

「先生もやっぱり宇宙人だと言うんですね?」

「やっぱり宇宙人だ」「宇宙人だぁぁ」

 再び、男女のアナウンサーの叫びが騒ぎ立てる。

「いや、この時点で断定も否定も出来ないが、それが即宇宙人だと考えるのは早計ではないでしょうか。人為的ならば、宇宙人と考えるよりもまずはアメリカ、ロシア、中国またはその他の国の兵器その他と考える方が現実的です」

「いや・いや・違う・宇宙人に決まっている・そうだ・決まっている・決まっているんだぁぁぁ」

 突然、中年アナウンサーが壊れた。TV画面は、血走った中年の両目を映しながらCMに入った。

「端田教授、今日は真面まともな事を言ってるな」

「でも、何故日本経済論の教授が正体不明の飛行物体についてコメントしているんですかね?」

 新東京大学教授である端田誠人の講義は、日本経済論でありながら宇宙人やUFOとは何か、宇宙とは、近未来の地球は、とバラエティーに富んている事で有名だが、アナウンサーが壊れる状況に呆れたのか、今日は常識的なコメントに終始している。

「先輩、あれって宇宙人ですよね?」

「どう見ても、宇宙人のUFOにしか見えへんやん」

「何とも言えないな。普通に考えれば宇宙人もありなんだろうけどさ、宇宙人ねぇ」

「先輩、宇宙人はおるて言ぅとったやないですか?」

「でも、先輩は地球には来ないとも言ってたよ」

「あっ、そぅかぁ」

「ウチの大学の屋上か、サンシャインにでも行けば良く見えるんじゃないっすか?」

 震えの治まった筋肉頭のアメフト小僧が得意満面で言った。

「あっ、屋上に人が一杯いる」

 大学本館の屋上にひしめく人影が見える。同時にTV画面が変わり、サンシャインに詰め掛ける人々の姿が映った。

「サンシャイン60から中継です。サンシャインに人々が行列を成しています。空に浮かぶ正体不明の物体を展望室から見ようと、沢山の人々がサンシャインに集まっています。列は池袋駅近くまで延びており、付近は大渋滞となっています」

「まぁ、考える事は皆同じって事だな」

「先輩、どうします?きっと、そこら中のビルの屋上に人がいますよ」

「そうだな、どうするか。そうだ小泉、お前んところにある軍用ヘリを回せ」

「はい。今直ぐ、御爺おんじじ様に訊いてみます」

 小泉は、スマホで琥湶星雲こいずみせいうんに連絡を入れた。小泉亰子の本家は、千葉の山奥にある地図にないヒカリの郷と呼ばれる地で、アメリカ軍をしのぐ科学力を有している。そこには軍用の大型ヘリがある。会話はあっという間に終わった。

「どうした小泉、ジイさんは何と言っていた?」

「もう、こちらに向かっているそうです」

「そうか、随分と手回しがいいな」

 小泉は忍者のように両手で印を組み、七瀬に告げた。

「では先輩、今からヘリに搭乗します」

「どうやって?」

 小泉は、鞄から指輪でも出て来そうな金色に輝く小さな箱を取り出し蓋を開けた。途端に、箱の中から黒い輪が縦に出現した。漆黒の輪の中は、水が満たされているように小さく波打ち、向こう側に光が見える。

「これは、何だ?」

 興味津々の七瀬は、食い入るように正体不明の輪を見据えている。

「これはワームホームです。既に、ヘリの中にもワームホールの準備が出来ているので、これをくぐるだけで移動出来ます」

 瞬間移動が出来る装置だと説明する小泉の言葉に、オカルト以外には物怖ものおじしない七瀬は「面白そうだな」と言って、誰よりも早く輪の中に足を踏み入れた。理解不能なものへの恐怖心よりも、不思議なものヘの探究心が七瀬を突き動かしている。

 あっという間に、何事もなく輪を通過した。ちょっと拍子抜けだった。もう少し予想を裏切る何かが欲しい、踏み入れた足にタコの足が絡み付くとか、いきなり不思議空間に迷い込むという程度の仕掛けがあった方が、アトラクションとしては楽しいに違いない。

 輪の向こう側は決して広とは言えない空間だった。小さな窓があり外に下界が見え、サンシャインビルがそびえている。

「本当に瞬間移動したのか?」

「先輩、驚いたでしょ?」

「驚いたけどさ・」

 非公認サークル『超々常現象研究会』を創設して以来、神様やら妖怪を自称する輩が登場して、中々に刺激的な体験をしているせいで麻痺しているのか、七瀬の驚きが薄い。

 その空間に楕円形のドアがあり、開けると目の前に別の空間が現れた。ヘリの内部のようだ。見た事のある黒い着衣の大男、琥湶星雲こいずみせいうんと他数名の男達が七瀬に深々と頭を垂れている。

「これは、これは、七瀬殿。久し振りですな」

「星雲さんも元気そうだね。ところで、早速なんだけど、あれは何?」

「うむ、大層難しい質問ですな。一言で申し上げるならば、正体不明です」

「そっか、星雲さんにもわからないのか」

「いや、この人為的なる状況から察するに、また木星方向からいきなり現れ地球上空に制止する科学力から考えるに、この棒状の岩石に似た飛行物体が宇宙船である可能性は高いですな」

「人為的、宇宙船。やっぱり宇宙人なのか?」

 琥湶星雲が怪訝そうな顔で言った。

「仮にそうだとしても、それ自体は些末さまつな事です。問題は『この宇宙船と思われる物体の目的が何か』に依って、この後の動きが変わるだろうという事です」

「目的?」

「この宇宙で他惑星に進入する宇宙船の大半は、宇宙海賊です」

「宇宙海賊?」

「この宇宙には相当数の海賊が存在し、宇宙を暴れまわっているらしいのです」

「じゃあ、その内の一海賊が地球くんだりまで、態々わざわざ来たって事なのか?」

「そうであれば、早目に対応しなければならないという事です」

 小泉と前園が嬉しそうな顔で呟いた。

「宇宙海賊って事は、やっぱり宇宙人なんですよね?」

「宇宙人はやっぱりいたんや」

「それで、星雲さんが直々に調査に来たって事なのか?」

「まぁ、そういう事です。なにせ、宇宙海賊は相当に厄介な存在らしいですからな」

「それにしても、アレはデカいな。アレはどれくらいあるのかな?」

 ヘリは、正体不明の棒状の岩石飛行物体の更に上空へと移動して、状況を見据えた。ヘリから見下ろす物体の巨大さが伝わってくる。

「約100メートル程と推定されま・」

「あっ」「おっ」「わぁ」

 会話の途中で、突然、正体不明の飛行物体から一筋の黄緑色に輝く光が放たれた。一同の目前で、光は一瞬の内にサンシャイン60の最上階を貫き、容赦なく破壊した。瓦礫が周辺に飛び散り、爆発と炎の後に黒煙が立ち上った。その後連続した攻撃が始まるだろうと誰もが固唾を呑んでいたが、その期待を裏切るように何も起こる気配はない。

「宇宙人の攻撃だぁ、人類滅亡だぁ」

 TVの向こうで、走りまわるアナウンサーは、再び狂ったように叫び捲った。

「星雲さん、あれは宣戦布告なのかな?」

「海賊に宣戦布告する理由などありません。やるならば、戦闘開始である筈、しかし何故一撃なのか、わかり兼ねますな」

「自衛隊戦闘機及び戦車部隊が出動した模様です」

 冷静を装う男性アナウンサーの声が告げている。宣戦布告であれ戦闘開始であれ、緊迫した状況が目の前にある事は否めないようだ。

 七瀬は、近接したヘリの中から見る攻撃的な黒い飛行物体に、かなりの違和感を覚えた。何故と問われても答えにきゅうする直感なのだが、何かが変だった。

「あれが海賊なのかどうかはワタシにはわからないんだけど、殺気っていうか何か感情的なものを全く感じないのは、ワタシだけなのかな?」

 サンシャインビルを破壊して尚、無機質な感覚以外何も伝わってこない。

「先輩、十分怖いじゃないですか?」

「不気味ですやん。足が震えますよ」

「星雲さん、どうする?」

 星雲は、七瀬の問いに「我等はこの物体を見学に来た訳ではありませぬので」と毅然たる顔で告げた。強い意思を感じる。

「当然、上陸いたします。もっとも、上手うまくいけばですが」

 小泉亰子が心配気に言った。琥湶星雲は本家の実質的な頭領かしらでありその指示は絶対ではあるものの、如何いかんせん相当な高齢者でもある。宇宙船と思われる正体不明の物体の中には、宇宙海賊が待ち構えている可能性も排除出来ない、いやその可能性の方が高い。

「えっ、御爺おんじじ様、大丈夫なのですか?」

「大丈夫かどうかは、行ってみなければわからぬ」

「御爺様、危ないですよ」

「七瀬殿は、如何いかが致しますかな?」

「如何って、ワタシも行けるなら当然行くよ」

「先輩まで、何を言っているんですか?」

「そうですよ、先輩。何がいるかわからんとこに行って、ホンマに大丈夫ですか?」

「大丈夫かどうかじゃなくて、大丈夫かどうかを探りに行くんだ。こんなチャンスは滅多にない、行かない理由がないだろ。でも、どうやって上陸すればいいんだ?」

 上陸と言っても、ヘリからその正体不明の物体にどんな方法で移動すれば良いのか、それ以上にその物体のどこに上陸すれば良いのか、途方に暮れる。

「お任せくださいと言いたいところではありますが、上陸出来るかどうかは運次第です。兼ねてよりの準備に入れ」

「御意。黒丸くろまる、撃ち込み開始します」

「黒丸?」

「黒丸は小鳥型偵察用ドローンです。鳥と区別出来ない程精密ですが、唯のドローンではなく、中にワームホール時空間を仕込んでありますので、上手くすればあの物体の内部へ進入出来ると思われます」

 撃ち込まれたドローンは、TV各社のモニターに小鳥として映り、特に問題となる事なく正体不明の飛行物体の周囲を飛び回った。

 棒状の岩石という事自体が、怪しいと言えば限りなく怪しい。何故なら、端田教授の言う通り、こんな棒状の岩石が宇宙に存在する数多あまたの星の重力にあらがって、その形状を保ったまま飛ぶなど、物理的に考えられないのだ。

 物体の下部に潜り込み再び上昇したその時、ドローンが消えた。

「星雲さん、消えてしまったぞ」

「予定通りです。ドローンがあの物体の内部へと取り込まれたものと考えられますので、早速ワームホール時空間で上陸しましょう」

 ヘリに瞬間移動したのと全く同じように、再びヘリの中に黒い輪が縦に出現した。漆黒の輪の中、向こう側に光が見える。

「ここで待機し、1時間後に連絡せよ」

「御意」

「では、七瀬殿。ワームホール消滅限界1時間での上陸に向かいますぞ」

 七瀬は頷いた。目前に現れたワームホールとおぼしき円形の光の穴、その中に激しい雷光が輝き、その奥に精気を漂わせている。その穴の向こう側が正体不明の棒状の岩石物体の内部へと繋がっている筈だ。

 ワームホールは既に経験しているが、その先に異星人の空間があるのだと思うだけで、不思議な感じがする。ワームホールは、ヘリに移動した時とは違い、通路のように遥か彼方まで続いている。

「星雲さん、ワームホールにしては長くないか?」

「おそらく、既に物体の内部に進入しているものと思われますな。その証拠に両側の壁、足下の床は何やら不思議な素材で出来ております」

 星雲の言う通り、通路の壁と床の感触は冷えた金属のようだ。しかも通路は四角く、天井と両側の壁、そしてフラットな床が真っ直ぐに続いている。ワームホールの時空間とはあきらかに違う。その間にドアらしきものはないのだが、何故かその空間には光が充満している。窓がある訳ではなく光源らしきものもないのに、通路全体が光っているのだ、どんな仕掛けなのかは考えもつかない。星雲が先頭を行き、七瀬と小泉と前園が続いて行く。

「御爺様、やっぱりこれって宇宙人の宇宙船ですよね?」

「まぁ、その内わかるであろう」

「先輩、これって宇宙人のUFOですよね?」

「宇宙人もUFOも存在するて事やん?」

「どうなのかな。外観はデカい岩石に見えなくもないし、奥に続くこの穴だって人工的なものかどうかはわからないから、私には断定出来ないな」

「こんな光る穴が、自然に出来たって言うんですか?」

「それに、サンシャインビルにレーザービームで穴を開けたんですよ。絶対に宇宙人やわ」

「そうですよ、そうに違いないですよ」

 小泉と前園の鼻息が荒い。星雲は二人をなだめるように言った。

「まあ、そう焦る事はない。何せ、今からその宇宙人に挨拶に行くのだからな」

 そうなのだ、どう考えてみてもこんな棒状の物体とその中にある光る四角い通路が、自然に創造される訳がない。そして、今からその張本人に会いに行くのだ。

「そうか、この先に宇宙人がいるんですね?」

「そうやんな」

 二人の息を呑む音がした。流石の七瀬もいざ宇宙人がいるかもしれないと思うだけで、鼓動の高鳴りを感じている。

 奥に続く穴を進む四人の先に、立ち塞がるように壁が見えた。

「行き止まりですかな?」

「行けないですね」「ここでオワリなん?」

「変だな……」

 人工的な四角い穴がいきなり行く手を遮る袋小路に変わるのは、明らかに何か別の意図を感じざるを得ない。七瀬は壁の前で立ち止まり、おもむろに目前をさえぎる壁を手で探り出した。

「先輩、危ないですよ」

「先輩、触ったらアキませんて」

「大丈夫だよ、いきなり喰われる事はないだろうから」

「でも・あっ」

 心配する三人の顔が驚きに変わった。壁をまさぐる七瀬の右腕が消えたのだ。驚愕する三人を余所よそに七瀬の右腕が、顔が、身体が一気に消えた。消えたというよりも壁の中にめり込んだという表現が正しい。

 突然の事態に、慌てて七瀬の左腕を掴もうとした星雲も消えた。そして小泉と前園も後を追って壁の中に消えた。

「ひゃぁぁ」「ふぇぇ」

 小泉と前園の二人は驚き、そして感嘆の声を上げた。先に消えた七瀬と星雲も呆然と立ち尽くしている。壁と思われるものを通過した先に、空間が出現した。

 四人の前に、宮殿と見間違うばかりの広大な空間が広がっている。天井が高く、幅や奥行さえもどの程度なのか見当がつかない。これが、あの棒状の飛行物体の内部とはとても考えられない。

 その空間に足を踏み入れてしばらくすると、どこからか声がした。いや、声とはちょっと違う、機械的な音のようなものが頭に響いた。

「お前達は何者か?」

 声の発生源らしき者は、姿も気配もなく四人に話し掛けている。間違いなく前頭葉に言葉が響いたと思われるのだが、何が言葉を発したのかは不明だ。四人の頭に声が聞こえたような、そんな気がしたのだ。

 その空間には特に目星めぼしいものはなく、隅に幾つもの球体が横に並べられている。

「私達は怪しい者じゃないです。アナタは宇宙人ですか?」

 小泉亰子の緊張気味の声が空間に木霊した。

「『宇宙人』とは何か?」

 その声が周辺に響く事はない。そもそも、その声は声帯を震わせて出されたものではないのだろう。相変わらず、前頭葉に言葉が伝播でんぱする。音なのか声なのか、姿も性別もわからない。

「姿を見せる事は出来ないのか?」

「姿とは何だ?」

「身体です」

「身体とは何か?」

「アナタは、今どこにいるのですか?」

「お前達の前にいる」

「?」

「ボク達とお前達とでは存在の基本的構造が違う。お前達の基本構造は原子核と電子だが、ボク達は電子のみで構成されている」

「電子の宇宙人?」

「あっ、先輩がレポートに書いていた意識の宇宙人だ」

「意識とは、何か?」

 話が嚙み合っていない。

「小さな生物が飛行していたので捕獲したのだが、生物が出て来るとは思わなかった。あれは、ワームホール時空間だな。こんな辺境の星に、それ程のテクノロジーを持った生物がいるとは・」

「辺境?」

「ボクは、カカ7753。南宇宙アイナパ連邦政府の宇宙局隊員だ」

「やっぱり、宇宙人って事ですよね?」

「『宇宙人』とは何なのか?」

「この言葉はどうやって発しているんだ?」

「?」

「文字はないのか?」

「?」

 話が全く噛み合わない。星も文明も文化も人種も言葉も考え方も、何もかも殆ど全てが異なるであろう者同士が会話している事、そのものが奇跡なのだから至極当然ではある。

「あの球体は何だ?」

「ボク以外の宇宙局隊員だ。あと250ドラコで目覚める。順番で管理していて、今はボクの番だ」

「先輩、ドラコって何ですかね?」

「目覚めると言っているから、多分時間の単位だろうな」

 とは言いつつ、単位の基準がわからない以上、それがどれ位の長さなのかは全くわからない。

「目覚めた後、何をするんですか?」

「特殊な事はしない。2500億バラス先に宇宙の果てがある筈で、それを抜ければ宇宙のポイントゼロなので、出発地点に戻る事になっている」

「なる程、そういう目的なのか」

「星雲さん、ポイントゼロって何だ?」

「宇宙は広大なるが故に、その全体形を知る事は極めて難しいのです。一つの考え方として、「宇宙は内側に時空間が閉じており、実質的にどこまでも永遠に広がっている」というものがあります。この船は、宇宙が内側に閉じた時空間である事を証明する為の実験船、という事ではないかと思われます」

 二次元空間での永遠は、地球のような球体表面を真っ直ぐに歩いて行く事により、「限りなく」続いていると表現出来る。同じように、三次元空間での永遠は時空間を内側に閉じて繋げる事で永遠を実現出来る。但し、この広大な宇宙でそれを検証するには、アインシュタイン理論ではあり得ない光の速度を凌駕するタキオンで飛ばなければならないだろう。残念ながら、地球にはそのテクノロジーも理論さえ存在していない。従って、当然の事ながら、地球で「時空間が内側に閉じている宇宙の果てを見てやろう」などという発想はない。

「ここは、一体どこだ?」

「ここは、連邦政府調査本船の中だ」

「何故、あの飛行物体の中が何故こんなに広い空間なんだ?」

 長さに比して極端に細く、狭小な空間しか存在し得ないだろう飛行物体の内部に、これ程巨大な空間があるのは辻褄が合わない。

「飛行物体とは、何か?」

「地球に飛んで来た棒状の・」

「それは、偵察船03。ここは調査船本船の中だ。その調査船03は、この星系から10.30光年離れた恒星グリーゼ905を通過した時に、その重力の影響で本来の偵察軌道角度がズレた。その後、この銀河系に迷い込み、近くにあった巨大な惑星の重力に影響されてかなり軌道を外れた」

「先輩、その惑星って木星ですかね?」

「まぁ、そうだろうな」」

「なる程、これは時空輪。即ちワームホールの類ですな」

「この飛行物体とは別の空間と繋がっているって事か?」 

 ヒカリの郷のワームホールと同じものが棒状の飛行物体の内部にあり、飛行物体の内部と調査船本船の時空間を連結しているらしい。やはり、これは宇宙人のUFO なのだろう。

「あっ、そうだ。あのビームは、何だったんですか?」

「ビームとは何か?」

「ビルを破壊した光や。何で、攻撃したんや?」

「攻撃とは敵意の事か。あれは、敵意でも攻撃でもない、挨拶だ」

「挨拶?」

「ビルを破壊して、何が挨拶やねん」

「壊れたものはまた造ればいい。我等がこの星に敵意を向ける意味はない」

「なる程、考え方の違いなのか」

「じゃぁ、地球には何の目的で来たんですか?」

「地球?そんな星に用はない」

 その声は、地球人に興味を示したかのように言った。

「ボクも訊きたい事がある。言葉とは何、文字とは何?」

「言葉は、今私達が話しているものです」

「ボクはキミ達の脳内に意識の電気信号を送っている」

 星雲の腕の機械から警告音が聞こえた。

「七瀬殿、そろそろ限界ですぞ」

「了解」

 電子の宇宙人カカは、別れを言うでもなく、じっと四人がその空間から出て行くのを見ていたようだった。

 四人は宇宙船を後にした。名残惜しい気もした。遂に姿を見る事のなかった正体不明の電子の宇宙カカに対して異世界の生物という実感はなかったが、それでもほんの一瞬だけ異世界を見た気がした。

 四人がヘリに移ると、棒状の宇宙船は全体を赤く輝かせて、一瞬の内に彼方へと飛び去った。それが別れの挨拶だったのか、それともそうでなかったのかはわからなかったが、四人は呆然と見送る以外なかった。

 三人はサークルの部室に戻り、琥湶星雲もヒカリの郷へと帰った。

「先輩、宇宙人、行っちゃいましたね」

「まぁ、あれは偵察船だし、こんな小汚ない星に留まる意味はないからな」

「先輩、あれって宇宙人だったんですよね?」

「意識の宇宙人、電子の宇宙人?」

「さぁ、どうだったのかな」

 奇妙な未知との遭遇に黄昏たそがれる三人の内で、最初に我に返ったのは小泉亰子だった。

「あぁぁぁ、5時過ぎてるぅぅぅぅぅ」

「アカン、レポートがぁぁぁぁ」

「単位がぁぁぁ」

 頭を抱える二人のムンクの叫びが響き渡る中で、夏の夕暮れに赤い飛行機雲がどこまでも続いていた。

 地球以外の星に異星人がいるだろう事は自明の理としても、その姿がヒト型である保証はない。昭和のマンガやB級映画に出て来る異星人は、大抵の場合ヒトと見紛みまごう姿をしている。

 だが、生物の進化がおおむねその星の環境に影響を受ける事を考慮するなら、地球人のような直立二足歩行の炭素生物ではなく、四足歩行のケイ素生物であったり、電子のみで構成される意識の生物、その他形態の元素生物である可能性は決して排除出来ない。宇宙人が、どこかの映画にあるように、海や星が生命体だったとしても何の不思議もないのだ。

「二足歩行のヒト型で宇宙船を操る炭素生物」のみを高等生物、宇宙人類として規定している限り、地球人は未来永劫この宇宙で異星人と出会う事はないかもしれない。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時空超常奇譚2其ノ八. STRANGER/宇宙人やぁい 銀河自衛隊《ヒロカワマモル》 @m195603100

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ