第25話 エデュケーション
休日の夜。弱冷房も聞いていない電車。乗車率は30%程度。
アナウンスが流れる。
――狙われているのが自分だとしても。
”弛緩してる方がやり易いよ”
誰かの声がした気がして、頭を上げる。
何時の間にか目を閉じていたようだ。
正面に、年齢不詳、黒い上下に黒のトレンチ、アジア系の男性が一人立っている。
ワイヤレスから音が漏れていた。
「邪魔者は必ず消す。うちの教育方針でね」
コートに突っ込んだまま右手を此方に向ける。
フィルターを掛けたようなくすんだ音が響く。
乗客がゆっくり此方を見たが、其れだけだった。
誰も騒がない。
電車が駅で停車する。
自動扉が開く。
ヒットマンが左手を伸ばして顔に触れようとする。
左手を包んでいた手袋が燃えだす。
「さわるなよ」
オレンジの炎を出して燃える手袋。
ヒットマンが慌てて捨てる。
ポケットの中で内にかが暴発する。
コートごと捨て去るヒットマン。
同時に顔の目の前で鉛が蒸発する。
発車のアナウンスが流れる。
一瞬迷ったその間に自動ドアが閉まる。
最初に撃って来たヒットマンが舌打ちする。
前衛と後衛が入れ替わる。
立ち上がる。身長差はあまり無さそうだった。
同じく黒ずくめ、二人目のヒットマンが――
「やはり此方か」
――銀色に光る長身の金属物を突き付けてくる。
乗客のほとんどは先程の停車で降車していた。
残りも隣の車両に移動している。
「死ね」
「馬鹿野郎!」
30㎝程度の研がれた金属物を突き込んで来るヒットマン。
唱えた言葉はヒットマンには聞こえない。
金属が先頭からバターのように熔けていく。
二人のヒットマンは距離を再び2m程取った。
双方合わせて十数発、打ち尽くすと二人はコートを脱ぎ棄てて、手にしたものを左胸に収めた。
「素手?」
ヒットマンが金属の輪を指に嵌める。
「2mm迄ならぶち抜く」
「サイボーグ?」
停車のアナウンスが流れる。
先鋒に最初のヒットマンが突進してくる。
突進の勢いのまま右の拳が顔面を襲ってくる。
右に避けようとしたら二人目のヒットマンの左回し蹴りに見舞われた。囮の右ストレートに気を取られた。コンビで格闘技とは。映画やドラマでは見かけなかった。右わき腹に回し蹴りの一撃が深く食い込んだ筈だった。
「要点は、必ず、だ。仕事だからな」
右に避ける癖があるのか、と自省しつつ、左に避けた現実を選択した。回し蹴りと、右ストレートがそれぞれ宙を舞う。
突進してきたヒットマンの足を払う。前のめりになってバランスを崩すヒットマン。回した左足を着地させそのまま右の回し蹴りを繰り出すヒットマン。連続技だが一瞬隙ができる。その隙にステップバックして復2m程距離を置く。格闘戦では深追いをしない。
何時の間にか停車した電車のドアが開く。
「現身に焦熱地獄」
ヒットマンが絶叫する。
立ったまま気絶しているはずだった。
電車を降りホームに立つ。
「追ってくるなよ」
駅のアナウンスと発射の音楽が流れる。
ドアが閉まった。
ゆっくりと発進する電車。
人影まばらなプラットホーム。
駅員も我関知せず。
死傷者が出たわけでもないからだろう。
危ない所だった。
”未だだよ”
「?」
後頭部に突き付けられた金属の筒。
発射を感知した時には既に横転していた。
「何故か?」
一人目のヒットマンは耳にしたワイヤレスを指さした。
「研究はしてるんだ、俺達も」
心象攻撃なのが露見していたらしい。
ワイヤレスから催眠暗示でもかけていたのだろう。
「気を付けるよ」
”大地割れて入りにき”と呟いた。
その場に崩れ落ちる、ヒットマン。
「出来ない訳ではないんだ。やらない、だけで」
ベンチに座って次の電車を待った。
ブラッディライト 一憧けい @pgm_T
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