エピローグ
「いやぁ~、アル坊もセシルもごめんね、見送りになんて来てもらっちゃってさ」
あの日から一週間の日が過ぎて早朝。
アカデミーの校門前にて、大きなカバンをぶら下げたユーリが申し訳なさそうに口にした。
「でもさ、別によかったのに―――退学者に見送りなんてさ」
結局、あの一件はアカデミー内で大きな問題となった。
多くの生徒を巻き込み、アカデミーの設備や建物を破壊した。騎士団の面々があまり怪我をさせずに鎮静化したことによって比較的怪我人はいなかったものの、それとこれとは話は別。
首謀者であるユーリは責を問われ、魔法士団を脱退するだけでなくアカデミーの生徒である権利すら剝奪された。
一週間が経ち、正式に処分が下りたことによって、ユーリはこうして制服を着ることなく校門から足を出している。
「いや、一応なんとなく顔を出した方がいいかなって……」
「うーん、アル坊は可愛いなぁ。お姉さん、ちょっとだけ頭撫でたくなっちゃったけど、よきよき?」
「あれ? 今のセリフって全世界の年上女性に影響を与えるほど甘言だった???」
「ダメだよ! アルくんの頭は生涯私だけの玩具なんだからっ!」
「甘言ですらなく玩具扱いッッッ!!!」
セシルがアルヴィンを庇うように前へと出る。
後ろではアルヴィンが何やら膝を着いて悲しんでいる様子だが、ユーリはどことなく面白くて頬が緩んでしまった。
「っていうのは置いておいて……本当はリゼちゃん達も来たかったみたいなんだけど、ごめんね」
「いや、だからいいって。悪人に治安部隊のトップが顔を出したらいよいよ彼女の立つ瀬ないし。本来私は後ろ指指されながら去らなくちゃいけない立場なんだからさ」
っていうか、それぐらいのことをしたわけだし、と。ユーリは頬を掻く。
その横で―――
「いいではないか、拳を交わした相手の見送りなど滅多にされんぞ?」
シリカが如何にも偉そうに話に割って入ってくる。
どうしてここにシリカがいるのか? そんな疑問を、誰もが抱くだろう。もしかしなくても、あのシリカが見送りをするの? 一部の他人にしか興味のないあいつが? という疑問には残念ながら首を横に振らざるを得ない。
何せ、彼女もまた立派な首謀者なのだから。
「……そもそもさ、なんであんたまでわざわざ泥を被ったのさ? なに、同情?」
「私が同情するような人間に見えるのか?」
「いいや、まったく」
「ははっ! そういうことだ、これは決して同情ではない! 学長の前で名乗りを上げて貴様に乗ったのも、同情ではなくただの責任とそれこそ自己満足だ!」
今回の一件の首謀者は二名。
一人はこの一件を引き起こしたユーリ。もう一人は、一件に加担したとして処理されたシリカであった。
ユーリほど罰は重くないものの、しばらくの休学。及び、王国魔法士団からも一時の謹慎処分を与えられた。
だが、本人の様子からも見て分かるように―――
「まぁ、しばらくの休暇だと思ってゆっくりさせてもらうさ。さしずめ、今日は我が妹の家でパジャマパーティーだな、ソフィアもいるだろうし」
「はぁ……ほんと、相変わらず自己中なやつ」
ユーリは誰にでも分かるような大きなため息を吐いた。
しかし、心なしかどこか声が高い。まるで、嬉しさと距離感が詰まっているかのような。
「それで、これから先輩はどうするんですか?」
アルヴィンがセシルの背中から顔を出して尋ねる。
「んー、しばらく冒険者とか傭兵とかして過ごすかな? 実家に帰っても金がないから働かないといけないし。魔法士は割かし需要有るからね、なんとかなるっしょ」
「そう、ですか」
今後の話を聞いたからか、いなくなるという事実を受けてアルヴィンが少し複雑な表情を見せる。
もしも、何かが、違う形で進んでいたのなら、こんな結末にはならなかったのかも。
才能が開花し、本来であれば日の目を浴びるような女の子が、追いやられるようなことがなかったのかもしれない。
そんな仮定な話を想像して、更に複雑な表情になったアルヴィン。
「アル坊が気にすることじゃないぜ」
しかし、その表情をユーリはキッパリと否定する。
とても地獄に堕ちたとは思えない、清々しい顔で。
「結局さ、多分私は認められたかっただけなんだよ。自己満足の結果に満足したかったわけじゃなくてさ、蓋を開けてみれば誰かの言葉を待ってただけ。だって、今は成し遂げられなかった悔しさよりもこいつの『強者』って言葉と、アル坊の『否定しない』って言葉をもらった瞬間にはさ、報われた気がしちゃったんだから。どうしようもないよね、蓋を開ける前に答えに気付くクソな私は」
見返したい……なんて気持ちは、一時のものであった。
全てが終わり、見返せなかったのにもかかわらず、今はとても心が晴れ晴れとしている。
戦いの最中に泣いてしまった時からこうなるのは決まっていた。
だって、見返した先には誰もいないかもしれないが、認められた先には誰かがいるのだ。
いるかいないか、見てくれるか見てくれないか。
気づいた時にはもう、報われてしまっている。
「……改めて、ごめんね。二人共」
ユーリは深々と頭を下げた。
そして、すぐさま顔を上げて薄らと涙が浮かんだ綺麗な顔立ちを見せる。
「それと、ありがと。私を否定してくれて」
言いたいことは言った。惜しむ権利など自分にはない。
だからこそ、ユーリはすぐにアルヴィン達へと背中を向けて歩き出す。
「おいおい、
「ははっ、ばーか! もう
シリカの言葉を無視して、ユーリは上機嫌な声を上げながら手を振った。
遠くなっていく背中。誰にも止められることなく、アカデミーの魔法士団副団長は去っていき、少しだけこの場に沈黙が広がった。
「……まぁ、あぁは言っているが、近いうちに王国魔法士団に所属するだろうな」
「そうなんですか?」
「私とは違ってあいつは平民だ。国に縛られず、気が変われば他国に行く可能性だってある。
貴重な人間を逃したくないというのはどこも同じだ。
確保できるなら確保する。罪は犯したが、あくまで『学生の範疇』の中での出来事。
風当たりは強いだろうが、世間に避難し続けられるほどのものではないため、国としては人材確保に動くだろう。
「というより、私が推薦する。宝の山の中に埋もれることはないだろ」
「へぇー、シリカちゃんにしては珍しい」
「珍しくはない、私はいつだって強者には興味があるんだ。あいつは単体勝負であれば無理だが、戦場という一点での勝負では私だってどうなるか分からんぐらいの実力を持ってしまったからな、興味を示さないわけがないだろ」
悔しそうに……ではなく、嬉しそうに。
シリカは消えていったユーリの方に顔を向けながら口にする。
少し前まではこのような瞳を向けなかった。
いい変化か悪い変化か。つい、傍で見ているセシルの顔にも笑みが浮かんでいた。
「さてと、私も停学の身だ。そろそろお別れをしよう」
そう言って、シリカもまたローブを翻す。
しかし、今度は───
「ちょっと待ったッッッ!!!」
「むっ、どうしたんだセシルよ?」
「私との姉力勝負がまだ決着ついてないんだよッ!」
シリカが提案した姉力勝負は一勝一敗。
決着をつけるはずだった任務は、互いの味方であるアルヴィンとレイラが片付けてしまったおかげで白黒がつけられない状況となってしまった。
アルヴィンとしてはクソほどどうでもいい話だが、セシルとっては重要な話。
何せ、勝敗が愛しの愛しの弟を賭けた戦いなのだからッッッ!!!
「あぁ、そのことか。もうその話はいい、私の負けだ」
とはいえ、あれだけ
だからこそ、勢いよく呼び止めたセシルは思わず呆けてしまった。
「へっ?」
「確かに義弟にはしたい、妹のためにもな。しかし、流石の私もあれだけ息の合った
シリカは「悔しいが」と、小さく肩を竦める。
そんな姿を見て―――
「聞いた、アルくん!? あのシリカちゃんからよき
「待つんだ姉さん! 聴力の問題が今ここに! 具体的にはルビの頭に変な単語が追加されていることッ!」
「ふむ、セシルがそれでいいならもう一度ルビを直して言うが」
「その
「なんでそんなこと言うの!? アルくんはお姉ちゃんとよき
「嫌に決まってるよ
何がどう間違えば姉との会話の頭に
「夫婦漫才を眺めるのもいいが、私は行くぞ。またな、強者共」
そして、今度こそと。
学生服の上からローブを羽織ったシリカはユーリとはまた少し違う方向へと歩き出した。
きっと、また彼女には会えるだろう。王国の魔法士団に所属しており、レイラの姉でもあるから。
(先輩も……まぁ、いつか会えるよね。全校生徒分のくじ引きを引くよりかは確実に)
それでも少し寂しさを覚えてしまう。
彼女がしてしまったことに擁護できる部分などないが、少しの間とはいえ会話と拳を交わした仲なのだから。
「むふんっ! 自他共に認めるお姉ちゃんの完成! 今度の全校集会で皆に自慢しなきゃ!」
そんな寂しさを覚えている間にも、お隣では平常運転が見受けられる。
安心するような、もう少し何かあるんじゃないかと思うような。
アルヴィンは横にいるセシルを見て苦笑いを浮かべた。
「じゃあ、私達もそろそろ戻ろっか」
「うん、そうだね」
セシルが我に戻り、シリカ達が向かった方とは逆方向へ進んで行く。
そしてアルヴィンもまた、セシルの声を受けてシリカ達と同じ方向へと───
「ちょっと待っただよ」
───向かおうとした途中、セシルに肩を掴まれた。
「……どうしたんだい、マイシスター?」
「……どこに行こうとしてるのかな、マイブラザー?」
「……僕、ここ最近は相当勤務してると思うんだ。これはそろそろ有給が与えられてもおかしくないんだよねだって任務達成したの僕だし功労者だし!」
「あ、隠さないんだ」
「それよりも休みたいサボりたい枕が恋しいの僕は自堕落な生活を送りたいのッッッ!!!」
最近、自堕落な生活が送れていないアルヴィン。
そういえば、もう今回の話では実力バレ云々関係なくなってない? 普通に皆さんに私の実力をお見せしてるような感じになっちゃってた気がするんだけど???
「だーめ! お勉強のおサボりは許しませんっ、クセになったら披露宴まで睡眠優先する親不孝者になっちゃうもん!」
「いいじゃんそれでも! 僕は将来披露宴なんて───」
「今日は服を脱いで一緒に寝ます」
「さて今日も勉強を頑張ろう」
服を脱いだ先を考えて、アルヴィンは真顔で進行方向を変えた。
「はぁ……なんか今回はどっと疲れた気がするよ」
大きくため息を吐きながら、アルヴィンは悲しくも校門を潜っていく。
そんなアルヴィンの横に並び、セシルは笑みを浮かべる。
「ふふっ、じゃあ帰ったら膝枕してあげなきゃね」
「……嬉しい報酬にちょっとツッコめない僕がいます」
「アルくんは正直者だなぁ〜」
嬉しい。
こうして嬉しがられるのは、好きな人が相手だから嬉しい。
だからこそ───
「……アルくん、ありがとね」
「何が?」
「お姉ちゃんを隣に立たせてくれて」
何を言ってるんだろう? 横を歩いているアルヴィンはふと思った。
しかし、よく分からないがセシルの本当に嬉しそうな表情を見てアルヴィンもまた頬を緩める。
「そりゃ、姉さんだからね」
「そうだね♪」
───今回の一件は、才能の話だ。
持つ者と持たざる者。そういう話。
持たざる者が持つ者の傍にいたからこそ、起こってしまった物語なのだろう。
その中で、今回の一件を見ても持たざる者は持つ者の隣に居続けようと思っている。
何せ───
「アルくん、だいすき!」
「待っていきなりなに抱き着いてくる脈絡は何処にあったの!?」
───自分は姉で、持つ者は大好きな
仕方ない。だからこそ、隣に立て続けるようこれからも頑張っていくしかないのだ。
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