第5話 少しでも共感を覚えるとやりにくい


 獣人たちを個別に隔離して、意思の統一を妨害するために、おれは檻の中をさらに区切る作業を始めた。


 吸音のパネルを買い、強度を上げるために強化骨製の板で左右から挟み込む。

 試しに重ねた板で小部屋を覆ってみたが、一層では音が漏れた。


 ならばと何層も重ねて20センチをこえる厚さになると、今度は上手く行ったが、鉛のように重くておれが運べなくなった。複合板1枚で200kg近くある。農業用のアシストスーツが必要な重さだ。ドローンに運んでもらおう。 

 

 可搬用のドローンを生成し、檻を動かして個室に作り替える。倉庫の一角を板で覆い、3つに区切る。縦長の部屋は、スラム街で見られる一畳ほどの簡易宿泊所くらいの広さだ。壁も天井も覆った。

 こうすれば仲間同士でコミュニケーションをとれないので、おれに対する敵意の維持と醸造じょうぞうをできないはずだ。

 食事も個別に取らせよう。

 どんな反応をするか楽しみになってきた。


 

 たった一日で成果があった。

 灰色はいつにもまして怒り、黒と茶色の攻撃性が減少した。


 黒はうなり声をあげるだけで手は出してこない。

 おれをみても不安そうに周囲を見回し、低くうなるだけで飛び掛かってきたりはしない。

 おれが離れても餌をいちいち散らかさないし、水もまともに飲んだ。

 ただ「どこ。いない。いない」とつぶやいて仲間を探していた。

 寂しそうなのでカロリー生肉を与えると不満そうに受け取って、しかし夢中で食べていた。



 茶色はうなりさえしない。おれから離れるだけだ。餌を食べるし、水も飲む。一番落ち着きがある。

 ならばと訓練用のドローンをけしかけても、もくもくと爪で引き裂いてひとりで遊んだ。茶色が一番毛深く獣に近い外見なのだが、その割に反抗心が少ない。不思議だ。

 茶色が一番早く仕上がるかもしれない。



 さらに1週間が経った。

 灰色の暴徒気質はいよいよ高まり、怒りを維持してドローンを八つ裂きにしている。

 敵意と憤怒ふんぬ無尽蔵むじんぞうに沸きあがっている。あまりに反抗的なので網で捕まえて電気止め刺し機で痛みを与えた。


「ひぎゃ! ごろず……ぐっでやる……ぐぎゃ! ごろずぅッ……ゆるざない……あぎゃア!」


 おまえがもっと素直なら、こんなことはしなくていいんだが。せめてまともに餌くらいは食べられないのか? 


「いやだ! おまえ! ぎがない! ゆるざない!」


 ダメか。


 おそらく他の獣人と違い、人間の皮膚が露出している部分が多いので、情緒の部分も人間に近いのだろう。

 仲間と引き離されてストレスを感じている。

 両親に続いて、2度目の強奪に思われたのかもしれない。

 灰色はあの中途半端な両親と接触した時間が長く、親愛に対する感情が恨みに変わっておれに向けられているのだ。


「うぎゃあ……ぎゃう……ぐぅぅぅぅ」


 昔の言葉で言うなら親族の仇で不俱戴天の敵だ。 

 だから敵意は消えないし、隙あらば妨害をしようとする。与えられた品物を台無しにして、自分好みの反抗を示してから餌を食べ、水を飲み、訓練用のドローンを八つ裂きにする。徹頭徹尾、敵意だけがある。すばらしい。


「きゃいん──!」


 電圧を最大にすると灰色は気絶した。

 おれは襟首を捕まえて部屋に押し込んだ。

 これがペットならばさじを投げているところだが、狩りの獲物としてなら悪くない。生意気な獣人など、友人は目の色を変えて追い回すだろう。撃ち殺すのにふさわしい相手だと言って銃を振り回すはずだ。

 実のところおれも気に入っている。この敵意が心地よい。最近はむしろ反抗を期待していた。



 黒はうなり声をあげなくなった。伏せた姿勢でおれをにらみつけるが、攻撃しない。

 仲間と引き離されたのがよほど不満なのか、ただ敵意を煽る動きを繰り返すドローンに対しても、近くでうずくまるだけだった。何事にもやる気がなく、覇気がない。

 もともとの性分がそうなのかもしれないが、寝ている時間が多い。痛みで言うことを聞かせる方法は無理だろう。アプローチを変えるべきなのかもしれない。

 

 おれは黒に干渉しなくした。ドローンも連れてゆかず、時々話しかけるだけで、餌を与えて、あとは好きにさせていた。ただおれ以外とのかかわりを断った。そうしていると、徐々に話を聞くようになった。そのうち自分がほしいものを伝えてくる。仲間に会わせる以外の欲求はかなえてやると、おれがいる場所でも餌を食べ、ドローンで訓練するほどに慣れた。


 懐かれ始めると訓練も進むが、わがままさも出始め、拗ねてやらない場合もある。こういう場合は暴力で言うことを聞かせれば楽なのだが、それは黒向けの躾けには有効ではないので、おれがなだめて、頼まなければならなかった。

 仕方ないが、ひたすら面倒だ。

 


 茶色は一番おれに慣れている。

 おれが近くにいても暴れず、餌を食い、攻撃してこなかった。

 聞き分けがいいのか、警戒心が乏しいのか、カロリー生肉と言葉を使えば、オイデ、マテ、オスワリといった命令までも理解した。


 ただ、犬のように親愛は表さない。尻尾も降らない。

 茶色の感情の乏しい瞳は、ダウン症の人間を連想させる。のっぺりとした起伏のない表情で日々を過ごしている。

 喜びを知らなさそうだが、あるときおれが麻酔タバコで一服した後に飼育小屋にいくと、はじめて興味深そうに防刃スーツのにおいを嗅いでいた。

 はじめは理由が分からなかったが、妙に宙を見つめる目つきで思い当たった。これは麻薬中毒者の表情だ。


 餌のペレットに抽出した麻酔成分を混ぜてみると、猛然と食べきってトレイまでなめまわした。そのあとは陶器のような目をどんよりとさせて、仰向けの姿勢で動かなくなった。

 投げやりな視線で厭世観を表情に浮かべ、時々舌を出して口の周りをなめ、そのまま時間が停止した。

 アヘン窟の住人がこのような表情をしていた。人間よりも深く決まって、涅槃の世界を訪ねていた。


 こいつも同じだ。陶酔を求めてタバコ畑に引き寄せられる害獣たちと変わらない。

 恍惚状態になった茶色は、触れてもわずかに身じろぎするだけで他の反応を返さない。

 むしろ嬉しそうに目を細める。

 ここまで抵抗心が消えているのだから、もう少し触れるかもしれない。


 おれはブラシを取ってきた。 

 背中から尻にかけてブラッシングしてやると、茶色はくうくうと喉を鳴らし、口を開いたまま涎をこぼした。獣人でも犬と似て撫でられて気持ちの良い部分は同じらしい。


「ひゃん…ひゃうん……」


 嫌がる動作も試してみる。尻尾をつかむと身体を転がして逃げた。


「ヴヴヴヴ……」


 鼻先や尻尾は犬が嫌う部分だが、犬っぽい獣人も嫌がった。

 緩慢な動きで転がって、背中を丸めて毛玉になった。

 かまうなの合図だ。

 それからしばらく背中をなでたり、足先に触れて怒らせたりした。


 茶色が一番、相互理解が進んでいる。このまま訓練すれば獲物に相応しいのは茶色だろう。

 外に出すほど躾けられれば、晴れて狩りの獲物の第一号となってくれる。

 

 対抗は灰色だ。あれは躾けていない、ナチュラルな狩りの獲物になる。何せ少しも懐かないのだから、無法に逃げ回って楽しませてくれる。

 果たしてどちらが獲物にふさわしいのか。

 おれは決めあぐねていた。



 一か月後。

 灰色は敵意が高まりすぎてハンガーストライキを始めた。


 長いあいだ閉じ込めておくと灰色はおかしくなった。自分の毛を抜き始め、何度も壁に体当たりを繰り返した。

 そのたびに跳ね返されて部屋の奥に退散したが、復活すると同じ行為を繰り返す。毛皮の下に内出血が大量にできたので、足首に鎖をつないで一定以上動けなくした。


 これが灰色にとってたいそうお気に召さなかったらしく、食事をとらなくなった。

 餌を運んでも食べない。水も飲まない。ただ怒号をあげて鎖を揺らし、狂気を含んだ目でおれを見る。

 決意の自殺を選ぶ気だ。

 たった一ヶ月でここまで追いつめてしまって哀れに思うが、面白いので寝ている間に麻痺させて管を通し、栄養を取らせておいた。


 数日が過ぎると、灰色はいつまでも元気な自分の身体に困惑しはじめた。

 自分のからだをぺたぺたと触り、爪を出して壁をひっかき、鎖のぎりぎりの範囲まで俊敏に飛び跳ねる。

 弱っているはずなのに弱っていない。その状態が混乱させるのだろう。


「……」


 おれを見ても怒鳴らなくなった。

 ポツリと「なんで」とつぶやいたので、両手を広げてゆっくりと頷き、へらへらと笑った。

 偉大な力を示すポーズをしてみたのだが、灰色は驚愕に目を開いて部屋の奥に引っ込んだ。


「わがらない……わがらなぁい……」


 ぶつぶつとつぶやいて頭を抱えている。

 神経質にお腹をさすり、頭を振る。何がわからないのか尋ねてみると、


「なんで、いぎてる。もういぎたぐない。なんで、なんで……」


 と、絶望にかられた言葉を涙声で話す。

 獣人のくせに、どうしてこんな悲し気な声が出せるのだろう。

 おれは同情しそうになったが、今の灰色の状態、思考を考える。

 灰色はおそらく飢餓の経験があるのだろう。食事をとらない場合の自分の身体の衰弱ぐあいを知っているはずだ。弱るはずなのに弱っていない現象自体が、灰色を困惑に陥れるのだ。

 理解が及ばない事態がコペルニクス的転回を引き起こしたのか、おれに攻撃しなくなった。

 混乱し、ときどきチラリとうかがう視線からは、怯えが混ざっている。


 怒らないのかと尋ねると、ビクリと身体を跳ねて地面に伏せる。

 ずいぶんと大人しくなったと感心する。環境の不安定さ、経験が通用しない不安、予想できないおれの行動──さまざまな未知の恐怖が灰色を襲っているのだろう。

 まあ楽しくやろうじゃないか。

 そういうと


「おれ、わるい。わるい……わるい……わるがっだ。ゆるぜ、ゆるじで」 


 仰向けになり、服従のポーズをとり、うわごとのように謝罪を繰り返した。

 憐憫をさそう声色はやめてくれ。おれが悪いみたいじゃないか。

 常に反抗してほしかった灰色が折れてしまった。餌を食べろとだけ告げて倉庫を後にした。


 この寂しさに似た感情は何だろう。期待を裏切られた感じがする。おれが勝手にしていた期待だが、ひどく失望し、同時にひどく悲しかった。

 この不純な消すために麻酔タバコをふかした。


 肺まで吸って、深呼吸して、咳をする。

 ぼんやりとあたまが霞がかってゆく。最小限にそぎ落とされた思考が、灰色について思った。

 反抗しているからこそ、美しかった。抵抗があるからこそ、それをくじく楽しみがあった。

 その面白さを破壊してしまった不注意の後悔が、酩酊と麻酔によって溶けて、ほどけて──ゆらゆらとただよう煙のなかに消えていった。



 黒は謎の病気にかかった。

 寝たきりになり時々口から血を流す。コップ一杯分、小さな血だまりを作る程度の吐血が毛布に吸い込まれ、赤黒い染みを作る。発症する時間は決まっておらず、突然ふらふらと倒れたかと思うと、ときどき痙攣しながら血を吐いた。

 その症状が毎日続いた。AIが知らせてくれなかったら気づかなかっただろう。


 解決策を考えたが原因がわからない。獣人を診断する機械がない。

 ならばおれが調べるしかないが、口の中や臓器が痛んでいるのか、中毒でも起こしているのか、あるいは肉体を溶かす殺人ウィルスに感染しているのか、何もかもがわからない。

 獣人を医者に見せられないので判断しようがないのだ。

 ひとまずの解決策として、人間用の抗生物質と麻酔たばこを与えた。あとは24時間態勢で部屋の中を映像で監視する。

 あるとき、原因が分かった。



 茶色は敷地内を走り回れるくらいにしつけが進んだ。

 ある程度の知能が期待できるので、言葉をいくつか教え、タバコ畑から出たら痛いと教育すると、そのうち理解した。

 タバコの茎をかじろうとしたらマテ。マテができたらカロリー生肉をやる。

 そのうえ言葉で「茶色」「さわる」「ダメ」「タバコ」と伝える。これで茶色は触れてはいけないと学習した。ついでに自分の新しい名前が茶色だと知って、言いにくそうに口をゆがめていた。


「ぢゃいろ、あれ、いく」


 この程度の意思疎通ならできた。


 茶色の筋肉を鍛えるために、農園とおれのもつ山の中なら自由に運動させた。

 餌の時間までに帰らないと毒を与えるといったが、今のところ毎日帰ってきている。

 ただ、狩りの獲物らしき10kgはありそうな双頭鼠を持って来たのは閉口した。そのほかにも蛇やら昆虫やらを捕ってくるので、殺すのはいいが持って帰ってくるなと言ってもやめない。


 茶色はおれの着ている防刃服が気に入らないらしい。自分の顔に触れてからおれの顔を指さす。これは服を着ているのだと教えると、しきりに脱ぐジェスチャーを繰り返した。


「がお、みる。みる」


 おれの素顔が見たいらしい。

 見たところで何かが変わるとは思えないが、茶色の知的好奇心がそうさせるのか。

 毎日毎日おなじことばを繰り返されたので、一度くらいなら見せてやろうとフルフェイスのマスクを外した。

 茶色は口をあんぐりと開けて、自分のほほを爪でつつき、次におれを指さした。


「うぐ……ぅ、おなじ……おなじ……?」


 頷くと、茶色はうれしそうに笑った。


「おなじ!」


 茶色は笑って走り回った。


「じねっ!」


 爪が喉首をかすめ、おれに覆いかぶさった茶色が苦痛の叫びをあげた。

 毛深いからだを抱え込んで倒れた。


「うが……げ……」


 茶色は泡を吹いている。安全装置が働いたのだ。

 茶色につけた首輪は決められた範囲の外に出ると、内側から首輪から針が飛び出し薬剤が注射される。ドローンが自己崩壊を起こすときに分泌されるホルモンだ。

 これは獣人にとって筋肉の激痛を呼び起こし、痛みで動けなくなるので最終的な安全弁としてつけた。

 家から離れすぎると発動するが、逆におれに近づきすぎても動く。


 首につけられた傷が痛む。

 茶色は従順なふりをして、おれを狙っていたわけだ。

 うれしい。

 ひたすらにやけてしまう。

 力の抜けた身体を抱いて、個室に戻した。

 この子もやればできるじゃないか。

 すばらしい獣人だ。

 

 来月あたりに再び友人を呼んでもいいかもしれない。

 獣人を捕まえ、狩りの獲物として躾けていると教えると、きっと驚き、喜ぶだろう。

 あとはどの獣人を獲物とするか──どれも失うには惜しくなってきた。



 さらに一か月後。


 病気の治った黒が、灰色と一緒に畑を駆けている。

 原因は隔離だった。灰色は自傷行為を行ったが、黒は体調不良の形で発現し、仲間と一緒にするとその日の夜から吐血が止まった。

 黒は孤独を恐れる個体だった。仲間と離れるとどんどん調子が悪くなり、逆に触れ合わせると体調がよくなる。意外と社会性を重視する性格だった。


 黒の相手は社交的な茶色が適任だったが、茶色は命を狙った褒美に贅沢な食事とたっぷりの麻酔タバコを与えたので、忘我の世界から一週間は戻ってこない。

 なので食事の時間と訓練の時間に灰色と一緒にすると、腹を見せて甘え、きゃんきゃんと鳴き続け、灰色の周りを走り回った。


「ずぎ……ずぎ……」


 そういって灰色の毛皮をなめまわし、顔をうずめる。灰色は黒の頭を抱いて受け止めるも、すでに心が折れていたので、憎悪を注ぎ込まず、憎しみを煽らず、ひたすら興奮をなだめる受け身の姿勢だった。

 茶色は困惑していたが、灰色がおれに服従しているので、それに合わせた。おれが願いをかなえたので、一生親密にふるまってくる。

 大人しい2匹は能動的な動きは少なくなった。はじめと逆だ。


 2匹にも首輪をつけて外に出してやると、逃げ出すには絶好の機会なのに遠くまで行かなかった。逃げる、首、痛い、と簡単な説明をしただけで理解するなんて、今までの反逆が嘘のようだ。


 3匹には運動だけでなく、明るい、暗いといった時間の経過を教えた。夜になると倉庫に戻って来いと命令し、習慣づける。

 狩りで獣人たちが夜まで逃げきれば生かしてやると考えている。

 どれが一番逃げきれるか楽しみだ。



  ###  



 半年後。


 友人は銃を下に向け、笑顔でおれを見たが、やがて心配そうに眉を下げた。


「きみ、本当に良かったのかね? 落ち込んでいるじゃないか」


 地面には3匹の獣人が倒れ伏している。

 身体に大穴が空いて地面に赤い血が広がっている。美しかった毛皮に穴がいくつも穿たれて、脂肪と筋肉と内臓が露出していた。

 顔は──意思が宿った目が苦しみを伝えてくるようにゆがんでいて、すぐに手で閉じた。

 問題ない。

 おれがそういうと友人は銃を肩にかけ、トントンと動かした。


「わたしは構わないがね? きみは本当によかったのか? いくらぼくでも、友人のペットを撃ち殺したなんて、気分が悪くなるぞ」


 本当に大丈夫だ。

 死体を見下ろしていると、命の抜けていった身体からはオーラが抜けて、もはや残骸としか思えなかった。

 もう一度おれは大丈夫だといった。

 友人は肩をすくめ、かまわんがねと言った。



 おれは家に帰り、麻酔タバコに火をつけた。

 一呼吸して、軽く咳をして、成分を身体に廻らせる。

 

 指先から、軽くなってゆく。浮遊感を与える魔女の軟膏のように、筋肉を通った有効成分が重力を失わせ、心に溜まった黒い澱を追い出してゆく。空も飛べそうな軽さだ。不純物が洗い流される。浄化されてゆく。

 この精神を一掃される爽快感──陶酔のなかで居間にある電磁暖炉を見た。


 暖房器具の前では毛玉のようにかたまった3匹が熱を浴びてくつろいでいた。

 それぞれに色違いの首輪をして、灰色を中心に固まっている。

 

 結局おれは獣人を獲物にできなかった。灰色は抵抗心が消えて従順になり、黒はおれのそばにいるのが当たり前だと思っている。茶色は麻酔タバコの依存症になり、麻酔に忠誠を誓っている。そしてそれを与えるおれにも。

 おれはこいつらの両親を殺したのに、それを水に流されてしまった。無知の慈悲深さで怨恨を消されてしまった。

 もう撃てそうになかった。

 

 先月は獣人に似たドローンの生成に時間を使った。性格を再現して、大きさを調整し、生体と遜色ないドローンを作るのに2000万円以上かかった。

 今日の狩りで壊したのは3体のドローンだった。


 獣人たちはおれの視線に気が付くとあたまをあげた。


「よう、ある、か?」

「にく、たべる」

「……たばこ、はやく」


 3匹はそう言った。

 おれは立ち上がり、獣人を見る。 

 おまえたち、もっと気高く生きろ。

 おれがそう言うと灰色は腹を見せて仰向けになり、黒は暖炉のまえで伸び、茶色は濁った眼で宙を見て、陶酔の表情をした。


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