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ゴミゴミとした街中を車で移動する事10分。辿り着いたのは『
黒と紫を基調とした外観はいかにも変態チック。
「何、この店? バー?」
「そうです。今話題のハプバーです」
「ハプバーって何?」
マスク越しで僕の声が聞き取りにくいのか、芙美はお構いなくドアを開け堂々と入っていく。僕もそれに続く。
視界が狭い上、店内が薄暗いので様子はあまりわからない。
受付で身分証の提示を求められ、チラっと顔を見せる。
料金を払うと店内に案内された。
バカでかい音量のBGMが、ドゥン、ドゥンと心臓を刺激して血流を上げる。
カウンタ―に何人かの男が座っているが、コスプレはしていない。
僕たちはカウンタ―を正面に見る形で、テーブル席に座った。
テーブルの上には、ムチや手錠が、まるでおしぼりやコースターのように、当たり前の顔をして並んでいる。
ボーイがやって来て、店のルールを説明する。
そこで初めて、ハプニングバーという物を知る事となった。
ここは特殊な性癖を隠す事なく解放していい場所。変態同士が勝手に盛り上がり
個室や半個室、シャワー室まで準備してあって、フロアでのハプニングはお触り程度にとどめて欲しいとの事。エッチを他人にみられたくない場合は個室を、見られたい場合は半個室を利用するのだとか。
「避妊具がご入用の場合はカウンタ―でお申しつけください」
ボーイはそう言ってカウンタ―に戻って行った。
とんでもない場所に連れて来られたぞ。カウンタ―の上には大きなモニターがあって、ドM男が恍惚とした表情で女王様の靴を舐めている。つまりはエッチな動画流れている。
「私、飲み物もらってきまーす」
芙美は慣れた様子でカウンタ―の方に小走りした。
僕を一人にするんじゃない!
落ち着き悪く店内に目を泳がせると、芙美がカウンタ―に座っているおっさんに話しかけらている。何やら楽しそうに尻尾を振る芙美。音楽がうるさ過ぎて会話は聞こえない。
あんなエロい格好してたら、そりゃあ男は黙ってないよな。
なんだかおもしろくない気持ちがモヤついて、全然楽しめない。早く帰りたい。
舌打ちしながら反らした視線の先に、3人の女子グループが入店してくるのが見えた。見覚えのある顔。ストーカー女だ。
まずい。と思わず顔を隠そうとして思い出す。狼男だった。
芙美は気づかないが、ストーカー女は芙美に気づいた様子で一瞬立ち止まった。
「おまたせ~」
両手にグラスを持った芙美がテーブルに戻った。
「あのおっさん、ドMなんだって」とはしゃいでいる。こっちの気持ちも知らないで。
「よかったじゃん。君ドSだから。性癖マッチする人見つかってよかったね」
「私はソフトSであって決してドSではない。あー! なんか怒ってるー! どうしたの?」
と、僕の顔(マスク)を覗き込む。
「うるせぇ」
テーブルに置かれた飲み物をどうやって飲もうかと思索していると「嘘つき女!」とヒステリックな声が頭上から降ってきた。
声の方に視線を向けると、あのストーカー女が仁王立ちして芙美を睨みつけている。
既に酔っているのか、目が据わっている。
芙美は驚いた様子で体をびくつかせたが、すっくと立ちあがりストーカー女を睨みつけた。
「何が嘘なのよ!」
「あんた、翔の彼女じゃないでしょう! ただの家政婦じゃん! 嘘つき!!」
店全体に響き渡るような声で更に芙美を罵倒する。
「とんでもない妄想女だよね。あんたみたいな女に付きまとわれて翔も迷惑よ!」
いやいや、付きまとってるのはお前だが……。
芙美はなぜか言い返さない。ストーカー女から顔を背け、唇をワナワナと震わせながら、再びソファに座った。
「大体あんたみたいな変態女と翔は釣り合わないのよ。よくここに出入りしてるみたいだけど、男に声かけられていい気になってるだけで、もったいぶって誘いにも乗らないくせに」
ストーカー女は芙美を見張ってたのか? こいつもドSなのか。
耳を塞ぎたくなるような罵倒は続き、芙美は拳をぎゅっと握り、うっすらと下瞼に涙を膨らませている。
僕のせいで芙美が――。
「しかも何? そのクソダサいコスプレ。そっちの安っぽい狼男の方がよっぽどあんたにお似合いよ」
完勝と言わんばかりにほくそ笑んだストーカー女の前に、僕は立ちはだかった。
これ以上、芙美への侮辱は許さない。
僕は顎先からゆっくりと狼男のマスクを剥ぐ。
まるで、怪人二十面相が正体を明かす時みたいに。
ジャジャーーーンと露わになった僕を見て、女は目を見開き2歩ほど後ずさった。
「か、翔……」
「誰が安っぽい狼男だって?」
女は唇をわなわなと震わせ、膝をガクガクさせて、ヘナヘナと座り込んだ。
僕はテーブルの酒を一気に煽り、芙美の足元に這いつくばった。
ヒールのつま先をペロっと舐めると「やんっ……」と芙美がかわいい声を上げた。
ハプニング発動。
「女王様、こちらへ」
そう言って、芙美をお姫様抱っこし、見られてもいいエッチ部屋、半個室へ――。
マットレスのようなソファの上で両膝を付き、グーにした両手を芙美に差し出す。
「え?」
顔にクエスチョンマークを浮かべる芙美。
「僕も一回やってみたかったんだ。手錠と目隠し……」
芙美は頬を赤くして、壁にかかっているアイマスクと手錠を徐に手に取った。
ドアのない個室はフロアから丸見えで、ドM男たちやストーカー女が羨ましそうに眺めている事だろう。アイマスクで僕には何も見えない。
ゆっくりと外されていくボタンに震えていた。
この日をきっかけに、ストーカー女を見かける事はなくなった。
次の日からは、芙美はいつも通りの家政婦に戻り、性癖を活かしてだらしない僕を叱咤しながらお世話をしてくれている。
僕の気持ちに気付いてくれるのは、まだまだ先かな。
了
イケメン実業家はサキュバスな幼馴染に叱られたい 神楽耶 夏輝 @mashironatsume
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