イケメン実業家はサキュバスな幼馴染に叱られたい
神楽耶 夏輝
1
バフっ! という、柔らかい衝撃が顔面を直撃した。惰眠を強制終了させられた僕の口からは「おふっ!」という声が漏れたが、心臓はどうにか飛び出していない模様。
「早く起きてください、
奪われたまどろみ――。
危険を察知した心臓は無駄にバクバクして呼吸が速くなる。
休みの日ぐらいゆっくり寝かせて欲しい。
芙美は通いの家政婦だが、遠縁の親戚に当たる。
家も近所で、事あるごとに一緒に過ごした幼馴染だ。
顔面を直撃した羽毛まくらを胸に抱き、頭を持ち上げる。
血走っているであろう眼には、いつもとは明らかに様相の違う芙美が映る。
「何? そのかっこう?」
黒いボンテージにミニ丈スカート。文字にすればそれだけだが、何とも露出度の高い服装である。
頭には角が生えていて唇には真っ赤なリップ。
いつもはパーカーにジーンズ、おまけにすっぴんという色気のない姿が芙美のデフォルトだ。
「何って、ハロウィンですよ。まさか、今夜の予定をお忘れではないですよね」
そういって、片手を腰に当てドヤ顔を見せる。額には若干青筋が浮いている。
「吸血鬼?」と訊ねると「サキュバス!」と言って、決して大きくはない胸を突き出した。
僕はごそごそと再び布団に潜り込む。
こっちは朝方5時まで飲んでいたんだ。頭がガンガンする。芙美との約束なら別に出かける時間がずれたって構わないだろう。
直後、腹にドスっという衝撃で「ううーーっ」と思わず声が漏れた。内臓が飛び出すかと思った。捲れた布団から顔半分出すと、すぐ目の前に芙美の怖い顔。
真っ黒に塗りたくられた目元が、恐ろしさを更に引き立てる。
「早く起きろっつてんだろーが、このやろー」
芙美は、僕の腹に馬乗りになって、パジャマの胸倉を掴み、引いては押す。
しかも激しい勢いで、強く、強く――。
「永遠の眠りにつかせてやろーか」
「やめてー、痛い痛い怖い怖い。わかりました、起きます起きます!」
ふんっと鼻を鳴らしクローゼットへと消えていく芙美。
その後ろ姿には尻尾まで生えていて、歩くたびに左右に揺れていた。
やれやれと起き上がり、寝室に備え付けの洗面所に向かう。
芙美はいつものように、今日着る服を準備する。
いつもと変わらない様子で、いつもとは全く違うタイプの衣装をベッドの上にトスっと置いた。
「え?
歯磨き中の会話も、有能な芙美はきっちり聞き取る。
「だぁかぁらぁ~。ハロウィンの衣装!!」
「ひぇ?
「当然でしょうが! 早く着替えてください」
ぐちゅぐちゅと口をゆすぎ、ぺっと吐き出す。
26にもなってコスプレなんて……。
「やだ」
「はあぁあぁん??」
またもや芙美の逆鱗に触れ、すごまれる。
「わかったわかった着ればいいんでしょ」
フェイクのモジャモジャが付いたウエスタン風のシャツにダメージジーンズ。
服というよりは着ぐるみだ。
「これ、何役?」
芙美は不敵な笑みを浮かべこう言った。
「狼男」
◆◆◆
「マスクまで被るなんて聞いてないんですけど?」
すっごーく狭い視界のせいで、自然と両手が前に突き出る。
「イイ感じ! 翔! 雰囲気出てる」うっかり幼馴染口調になった芙美は、しまったという表情で口を抑えた。
別にそんな事、どうでもいいのに……と僕は思う。
雇われてるからにはそれに徹するというのが、芙美のスタンスなんだそうだ。
しかし、今日だけは特別だ。一晩だけ芙美の言う事を何でも聞く。それがあの日の約束なのだ。
あれは1か月前の事。
しつこく言い寄って来る変な女がいた。その女から逃れるため、芙美に恋人役を頼んだのだ。どれほどこちらにその気はないと伝えても付きまといをやめないのだから最終手段だ。
芙美は案外ノリノリで、家の前で待ち伏せしている女に、ちょっとやり過ぎだろうってぐらいに『私の彼氏に近づかないで!』と言い放ったのだ。
お陰でストーカーからは解放されたが、その代償がこれだ!
そもそもなんで飲みに行くだけなのに、ハロウィンだからって仮装しなきゃいけないんだ? パリピでもあるまいし。
これでも僕は有名人だぞ。
世間は僕をこう呼ぶ『若きイケメン実業家』。渋谷で僕の顔を知らないヤツはいない。誰かにこんな姿を見られたら――。
あっ! いいのか!
顔は狼男になってるんだ。
外に出るとフランケンのコスプレをした運転手が、ちゃっかりと玄関の前にリムジンを回していた。
↓2へ続く
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