第22話
円子に合コンしようと誘われた時、正直俺は悩んだ。
俺だって年頃の男子なわけだから、合コンには憧れがある。
俺だって別に彼女が欲しくないわけじゃない。合コンってのはなんかリア充っぽいし、青春っぽいし大人っぽい。だから俺の人生の実績に合コンというトロフィーを飾るのは全く全然やぶさかではない。
こんな状況でなければ、サンキュー円子! と二つ返事でのっていだたろう。
ではなにが問題かというと、考えるまでもなくこの合コンが俺と碓氷をくっつける為に企画されたのだろうという事だ。
別に碓氷は嫌いじゃないし、可愛いと思うし良い奴だとも思う。
というか、俺なんかには勿体なすぎる超上玉だ。
それが嫌というわけでは勿論ないのだが、俺と碓氷をくっつける為の合コンだと思うとなんとなく気恥ずかしいし身構えてしまう。
一緒に誘われた大や嬲達を付き合わせるのも申し訳ないような気がしてしまう。
俺としては、もっと普通に友達っぽい付き合いの中でお互いの事を知り合いたいというかなんというか……。
なんて歯切れが悪くなる程度には、多分俺は恋愛というものにビビっていた。
今まで散々碓氷だって普通の女の子だと言ってきたが、色んな意味で全然普通じゃないわけで、どう考えても釣り合いが取れていない。
日本でも数少ないカテゴリー5の異能者だとか、異能者の地位向上の為に政府に担ぎ出された神輿だとかというのもあるけれど、こんな煮え切らない態度の俺に対して、碓氷は過剰なまでの好意を示してくれている。
俺としてはその根拠となる出来事は些細な事で、そこまで好意を向けられる程の事じゃないと思ってしまう。
だから俺はなんとなく騙しているような気がして申し訳ないし、仮に碓氷と付き合ったとして、あいつの気持ちに応えられるのか、受け止められるのかと不安になってしまう。
付き合う事になって、もっと深くお互いの事を知って、なんか違うなとがっかりされたら嫌だしショックだと思う。
そういう意味では、俺だってそれなりに碓氷に好意を持ってはいるのだ。
みたいな内心の葛藤をぼんやりと円子に伝えて曖昧な返事をしたら、嬲達に怒られた(円子は昼休みにわざわざ来て、あいつらがいる前で誘ってきたのだ)。
「なに言うとんねん! 女の子が好き言うとるんやで! 曖昧にしたまま逃げとったらあかんで!」
「そうだよ。勇人君はお互いの事を知らないからって断ったんだから、こういうイベントを断る権利はないと思うな」
「そうよ! あんたがそんな態度だと冬花だって落ち着かないし次の恋だって出来ないでしょ!」
「わかってるけどよ……」
言いたい事は色々あるが、言ってる事は反論の余地なんか一つもない完璧な正論だ。
実際、付き合えないならバッサリ断るべきなのだろうし、付き合いたいなら男らしくイェスと言うべきなのだ。
そんな事は俺だってわかっている。
わかっているけど、そう簡単にはいかないのだ。
百人相手に喧嘩をするのも火事場に飛び込むのも俺は全然怖くないが、女の子とそういう関係になると思うと尻込みしてしまう。
『クマムシ』の異能のお陰で身体だけは丈夫な俺だが、心は意外に繊細なのだ。
まぁ、自分で言うなという話だが。
そういうわけで俺は人生初の合コンに参加する事にしたのだが……。
†
「……いや、なんであんたは女装してんのよ」
待ち合わせの場所に来た円子が呆れた顔で言う。
嬲は女モードでノースリーブのブラウスにロングスカートという清楚系女子大生みたいな格好で来ていた。
「どうせ今日の主役は勇ヤンやろ? ほならわいも女子側に回って盛り上げたろうと思ってな」
悪びれもず嬲が笑う。
円子がどうなってんのよ! と言いたげに俺を睨むが、それについては待ってる間に散々突っ込んだので、「こういう奴なんだよ」と俺は肩をすくめた。
「わぁ! 嬲さん、凄く綺麗です! セクシーで、大人の女の人って感じです!」
一緒にやってきた碓氷が目を輝かせる。
俺達三人が待っている所に女子グループが合流した形だ。
「せやろせやろ! こう見えてわいはお洒落さんやからな! 冬花ちゃんもごっつい可愛いで!」
「ありがとうございます。初めての合コンという事で、おめかししちゃいました」
照れたようにはにかむと、碓氷がチラチラと俺の顔色を伺う。
碓氷はリボンのついた肩出しのブラウスに丈の短い釣りスカート。
普段は降ろしている髪も今日はツインテールにしていた。
可愛い事は可愛いのだが、これは世に言う地雷系ファッションという奴じゃないのだろうか。
「……こういうのはタイプじゃありませんか?」
黙っていたからか、不安そうに碓氷が尋ねる。
「……いや、そういうわけじゃないんだが」
「碓氷さんがあんまり可愛いから見惚れちゃったんだよね?」
大のフォローに曖昧に頷く。
「なにしてんねん! 女の子がお洒落して来たらちゃんと褒めなあかんで!」
「……わかってるけどよ」
褒めたい気持ちはあるのだが、それを口にするのは恥ずかしい。
加えて俺は、普段通りのラフな格好で来てしまった事を後悔していた。
洒落た服なんか元々持っていないのだが、それにしたってもうちょっとなにかあっただろうに。
碓氷がいるのにお洒落をしたら狙っているみたいで恥ずかしい。
みたいな変な意識が働いてしまったのだが、碓氷がこんなにお洒落してくれたのに、俺はなにをやっているんだと申し訳なくなる。
そんな俺を見て、碓氷はますます不安そうな顔になる。
「ごめんな冬花ちゃん。勇ヤン、柄にもなく照れとるみたいや」
「勇人君って意外にシャイなんだよね」
「……別に、そんなんじゃねぇよ」
完全にその通りだった。
合コンという事で猛烈に碓氷を意識してしまい、普段通りに振る舞えない。
それで変な空気になるのだが。
「それに引き換え、マルちゃんはもうちょっと気合入れてもええんとちゃうか? 折角の美人さんが勿体ないで?」
空気を読んで嬲が話題を変えた。
俺と同じように、円子も適当な格好で来ていた。
「あんたら相手にお洒落してもしょうがないでしょうが」
「なははは、そらそうや!」
流石は関西人と言うか。
嬲がいるとそれだけで空気が軽くなる。
「それにしても、一戸先輩が来たのは予想外だったな」
「本当はマッキーが誘われてたんだけど、興味ないって話だったから。面白そうだし代わりに立候補しちゃった」
俺の発言に答えると、一戸先輩が嬲達に視線を向ける。
「折角の合コンだし、今日は先輩とか気にしないで欲しいな」
「無礼講っちゅう奴ですな」
「努力します」
答える二人はまだ硬かったが。
相手が三年で風紀部の部長では仕方ないだろう。
「ここで立ち話しててもしょうがないから店行くわよ」
いかにもやる気がなさそうに円子が言って、俺達は店に移動する。
「マルちゃん。どんな店予約したんや?」
「ついてからのお楽しみでしょ」
嬲が円子の隣に並ぶ。
「親衛隊の事件ぶりだね大君。ボクの事は覚えてるかな?」
「もちろんですよ。あの時はお世話になりました」
一戸先輩が大の隣に並んだので、必然的に俺の隣には碓氷がやってきた。
……なるほど。
俺と碓氷をくっつける作戦は既に始まっているらしい。
嬲達は元よりそのつもりだろうし、碓氷達も示し合わせているのだろう。
この合コンの趣旨を考えれば当然なのだろうが、なんとなくやりづらい物を感じてしまう。
そんな気持ちが伝わってしまったのか、隣の碓氷も気不味そうだ。
前後の二組が話を弾ませる中、俺達はほとんど無言で歩いていた。
碓氷はどんどん焦り、切羽詰まったような顔になっていく。
それで俺も困った。
碓氷が忙しいのは俺だって知っている。
そんな中、俺の為に貴重な休日を潰してくれたのだ。
その気持ちに応えてやらなければ男ではないだろう。
……けど、なにを話せばいいのか。
散々悩んだ挙句、俺はようやく口を開いた。
「…………その恰好、凄く似合ってるぜ」
最初にちゃんと言えなかった事がずっと気になっていた。
「……本当ですか?」
お世辞だと思ったのか、不安そうに聞いてくる。
「……本当だよ。本当に、見惚れちまって声が出なかったんだ」
そんな事を白状するのは顏から火が出る程恥ずかしいのだが。
「……よかったぁ……」
ホッとしたように碓氷が胸を撫でおろす。
碓氷の顏から不安や焦りが消えて、俺も胸が軽くなった。
―――――――――
仕事が忙しくなるので毎日更新は厳しくなると思います。
みんなのアイドルの氷の女王の告白を断ったら病んだので、まずは友達から始める事にした。 斜偲泳(ななしの えい) @74NOA
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