第5章第7節「想像の地平線へ臨む」
クリストフ・ラベルツキンによって一度は氷像と化した月城財閥の屋敷だが、彼が立ち去ったことで魔法は効力を失い溶け出していた。内装はほとんど壊されておらず、本当の意味で凍らされてしまっていたようだ。
財閥の御曹司である月城時成は、死別したと思われた月城時矢の亡霊を『宝物庫』で見つけた。DSRエージェントの桜井とも協力して亡霊を退けたものの時矢を救うことはできず、桜井の手によって弟を再び失うことになった。彼の手元には時矢の棺に残された手鏡と、晴れない心の雲が残されている。
『私たちの潜入がバレたのはシェン長官の弁護士の
いつも通り書斎の豪奢な椅子に腰掛けた時成は、弟のロケットを手で弄りながら通信を行なっていた。机の上に埋め込まれたセンサーからはホログラム映像が投射されており、秘書である
「なるほどね。最初から全部バレバレだったってことかよ」
時成は『宝物庫』の鍵を得るために空中城塞シャンデリアへ潜入した。秘書の瑛里子には楽園政府ネクサスへ、メイドのエリーゼ・シャルレーヌ・リーズレーには楽園守護局へ。事前にそれぞれが下準備を済ませようやく糸口に滑り込んだというのに、長官は彼らを泳がせていたのだ。
『そんなわけで、私とリーズレーはしばらくシャンデリアから出られないかもしれない。それと長官は「農薬部隊」の導入を進めてるみたいだから、今後迂闊な行動は厳禁だからね。分かった?』
瑛里子曰く、しばらく連絡を取れない状況になるらしい。シャンデリアへの潜入を手引きしたことがバレたのだから、相応の処罰が下るだろう。そもそも潜入した張本人の時成が屋敷に帰ってこれたこと自体、怪しむべき事態だ。ネクサスのウィリアム・シェン長官は彼を泳がせて、財閥が抱える秘密を暴こうとしているのかもしれない。
「心配しないでももうシャンデリアに用はない。しばらくは『宝物庫』の件を調べるつもりだよ」
財閥が抱える秘密『宝物庫』──それは月城時矢を安置する墓場だった。
『何か見つかった?』
聞かれると、時成は弟の棺に納められた副葬品であろう鏡を手に取った。持ち手は錆びつき失われているに関わらず、異様なまでに綺麗に磨かれた鏡面。何故かそこには時成は映ることなく、────代わりに見慣れた弟の顔を映した。
「……?」
いるはずのない姿に驚き背後を振り返っても、あるのは雨に打たれる窓のみ。そこには誰も立っていないし、弟はもういない。それどころか、弟は目の前で殺されたのだ。友達だと思っていた男に。
「あぁ……今日は信じられないことばっかりだ。今も最悪な気分」
「はぁ、こっちは最悪で憂鬱よ」
呆れた様子の瑛里子だが、彼女はまだ時矢のことを知らない。すぐにでも伝えたいところだが、彼女は彼女で対応に追われているようだ。
『もう行かなきゃ。律令省の
ホログラムの光が消え、通信は切断される。時成はため息をつき、鏡をもう一度見て自分さえも映らないことを今一度確かめる。そうして鏡を机に放り投げると、椅子の背もたれに体重を預けた。
桜井は生き返った時矢を躊躇なく殺した。助けようともせず、弟を斬り捨てた。どうやら時矢が魔剣デスペナルティに関係するドッペルゲンガー──ユレーラのようになることを未然に防ぎたかったらしい。さもなければ死んでも死にきれず魔界で苦しみ続ける、と。
死を司る魔剣デスペナルティ、分裂するドッペルゲンガー、魔界。時矢が助からない理由を挙げてくれたはいいが、かえって信用を難しくした。なぜなら、たとえどのような手段であれ一度起きた奇跡を否定しているに過ぎないから。夢にまで見た奇跡が起きた途端、それを否定されれば誰しも失望するだろう。
まして、時矢は誰よりも純粋に魔界──レミューリアの存在に憧れ、信じていた。言ってしまえば、桜井の言葉は時矢の夢すらも踏みにじったのだ。
そもそも時成の中では既に桜井を信頼することができるはずもない。生き返った弟を躊躇なく殺した。その事実が覆ることはなく、失意に飲まれた時成の心は掬われない。
時成は桜井に対して沸き立つ感情を冷ますように今一度ため息を吐き、首に提げていた鍵を手に取って見つめる。
宝物庫にはクリストフ・ラベルツキンが現れた。桜井曰く、獄楽都市クレイドルの将軍だという。彼は時成が持つものと同じ鍵を持ち、裏世界へ堂々と入ってきた。しかも財閥会長にして時成の父である月城時宗のことに触れた。クリストフは時宗から鍵を受け取り、宝物庫へやってきたのだ。実際に鍵を持って裏世界にやってきたのだから、そこに疑う余地はない。
つまり、失踪した父はまだ生きていて、獄楽都市クレイドルにいるのだ。
「…………」
時成は立ち上がると、書斎の扉へ歩いていき鍵穴に鍵を挿す。ゆっくりと力を込めて回すと、ガチャリという音と共に暖炉に灯された炎が青色へと変化した。
再び裏世界へと入った時成は、改めて書斎の奥へ向かう。表の世界で座っていた席へ近づくと、机の上には本来なかったはずの物体があった。
プラスチック製の長方形のそれは、旧世代で使われていたラジオだ。現在では魔導回線が主流となっているため、電波回線はもう使われていない。即ち、どの周波数に合わせようとも何も受信することはない。もはや雑音しか発することがないのだ。
しかし、時成は表の世界と同じように椅子に座ると、ラジオに向き合った。もう使い物にならないはずのラジオ。彼が裏世界にしかないそれを見つけられたのは、ある理由があった。
「ザ────────」
「ザ────────」
「ザ────────────────」
「ザ────え────────────」
「ザ────え────────ま────」
「ザ────こ────────ま──す──」
「ザ────え────────ま──か──」
「ザ────聞こ──────ま────か──」
Last Resort Ⅱ:Everlasting Bonds 冠羽根 @koeda4563
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