しぐれ池の魔物 🏞️

上月くるを

しぐれ池の魔物 🏞️





 ――山椒魚は悲しんだ。(´;ω;`)ウゥゥ



 短編小説の名手として論を俟たない、井伏鱒二さんの『山椒魚』のアタマの部分。

 わずかな字数で万人の心を鷲づかみにする卓抜さに、ヨウコは飽きずに感嘆する。




      🐊




 この不朽の名作と同じ年、1929(昭和4)年に発表されたのが、同じく短編『朽助のいる谷間』で、31歳で早くも老練な文学者の仕事を成し遂げつつある。



 ――谷本朽助たにもとくちすけ(七十七歳)は実に頑固に私を贔屓にしている。(´ω`*)



 平易な出だしには苦闘の痕跡のかけらも見当たらず、憎らしくなるほどに、巧い。

「ああ寒いほど独りぼっちだ!」岩屋で成長した両生類に言わしめた同じ筆で……。


 


      🐟




 その剽げた小説のなかで、稀代の文学者はダム建設のために平穏な日常を奪われた老人に、哀切、かつ聞きようによってはとてつもなく恐ろしい文言を吐かせている。



 ――このしぐれ谷は変ってしぐれ池になってしまいますがな。(中略)総じて一つの池に八つ以上の谷をふくんでいたるならば、その池には魔物が生れるものでがす。



 その一方で同じ筆が活写するのは、赤子のときから愛しんでくれた朽助老人の家(間もなくダム底に沈む)への往復の道で、橋の上から覗いた水面の風景である。



 ――谷川の流れが淀んでいて、青い水が渦を巻いていた。その橋の上には、合歓ねむの木が枝や葉をさしのべて桃色の綿毛を持った花を盛んに散らした。桃色の花は渦巻く水面に浮んで、赤いクレヨンの輪をすみやかに描いて消えた。🍃🌺🍃🌺🍃🌺🍃🌺



 ことに最後の一行のあざやか過ぎる描写、ヨウコはどれほど焦がれたことだろう。

 大作家と比較すること自体が滑稽なのだが、彼我の差異の如何ともしがたく……。




      🌎




 武力で他国に押し入ったロシアが、ダムの決壊を計画していると報じられている。

 ウクライナの民衆を、家を、思い出を、何もかも沈めてしまおうというのか。💧



      *



 やはりダムには魔物が棲んでいるのだろうか。👹

 朽助老人は、それを見抜いていたのだろうか。👽



 

 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。




*掌編ごとに登場人物の名前を変えて来ましたが、これがけっこう面倒な作業でして(笑)、これからは基本的に同名とし、気が向いたときに変えてみようと思います。





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