あの時の真実

飛び出して私から逃げるかのように去っていった彼が泣いていたのは、当時、思いを寄せていた女の子に振られたからと、そんな可愛らしい理由だったと知ったのは、あの教室、泣きべそ事件から10年目の結婚記念日の日。それまでは部活でうまくいかなかったからと聞かされていたから、驚きだった。私は学生の頃付き合っていた彼氏とは自然と別れ、私の前でたった一度泣き虫になった彼は生涯を共に過ごす大切な家族へと変身。声変わり超えた声はあのころとは違い低く、大人びた声になった。馴れ初めといえばそうだが、初心で純粋が過ぎる幼い私たちだった、と思い出すえらく眩しい宝だ。

ただ惜しいのは、彼のあの若草のように柔軟かつハリのある声がもう聴けないことだ。もう一度だけ聞きたいと思うのはかなわぬ願い。下校ラッシュが過ぎた終わったあの時と同じ色をした空の時間。彼が帰宅したことを知らせる我が子の声に合わせて出迎えに玄関に行った。

「おかえり」

「ただいま」

じぃんと深い声が胸の底に積もる。

「おかえい!!」

それに重なるように子供のピンと張った声に包まれた。

あの時の出会いに、ひどく焦がれるそんな思い出を描いてくれた彼に今でも惚れている。

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声が導く ほし @myojo_tsuki

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