モース硬度9の処女膜と魔槍の初夜

ヒダカカケル

モース硬度9の処女膜と魔槍の初夜

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 ――――――その処女膜は、硬かった。

 丹念に解きほぐし肉の守りを緩めてなおも、硬かった。

 その堅固な事、己自身の矛先が触れたとたん、男――――この初夜まで己を律した新郎、和馬かずまは悟った。

 うかつに突き入れれば、己の槍は折られる。

 首筋をひやりとした蛞蝓なめくじのごとき汗が伝い、その裸身は動きを止め木偶でくのごとくに固まった。


 その様子を組み敷かれたまま見上げる美貌の新婦、美那子みなこははっと口を開き、眼を見開き。

 やがて――――泳がせながら、告げる。


「も、申し訳ございません……和馬さん。告げるべき時が分からず、つい、こんな時にまで……!」


 男、和馬は黙って次の言葉を。

 妻の不安を取り除くよう、柔らかな微笑みとともに背筋を伝う冷や汗の不快を堪えながらただ、待った。


「わたくしの、処女膜……モース硬度9、あるとの、事……でして……」


 モース硬度――――鉱物の強度をあらわす一つの指標である。

 下は滑石、上は金剛石。

 それぞれ1と10と示される中、その指標において9とはすなわち鋼玉コランダムと同等である。

 最上位ではなくとも、それはおよそホモ・サピエンスの身体部位で太刀打ちできるものではない。

 故に、美那子の純潔を貫かんとするならば、金剛石の性具を用いる他ない。

 だが、しかし――――男は、返答する。


「分かった、美那子さん。すまない、1年だけ……待っていてはくれないか?」

「え……?」

「悔しいが、今の僕では美那子さんと結ばれる事は物理的にできない。君に寂しい思いをさせる事は分かっているし、つらい。だが、それでも……僕は、君と結ばれたいんだ!」

「か、和馬さん……! わ、わかりました……わたくし……お待ち申し上げます……!」


 そしてその夜は、熱き抱擁と口づけにて終わる。

 延べての事となった初夜を互いに思い、信じ合い、泣き合い――――男は誓う。


 必ずや鍛錬を成し遂げ。

 あの幻と言われた男根の奥義――――“魔槍”をおのが分身に宿す事を。



*****


 そして現代日本のとある秘境の奥に、男は到達する。

 道なき道を踏みしだき、一歩間違えば命を落としかねない想像を絶する群馬県の山中をひたすら歩き、やがて不自然なほどに開けた一角にある寂れた庵。

 漂ってくる炊煙の香りを不思議と思いつつ戸を叩かんとする時、ひとりでにそれは開かれる。

 磨かれた黒光りする廊下を渡り、奥にある一室を訪ねればそこにはひとりの老人がただ在った。

 目の前の囲炉裏に掛けられた鍋からは疲れた胃を締め上げるがごとき芳香が漏れ、老人は老いたたかのごとき眼差しのみで、対面への着席を許し、促した。


「……恐れ入ります。貴方こそがもしや、あの名高き性豪……」

「若い方よ。まずは一服、腹に入れなされ。……腹を割るより先に、まずは満たさんとな」


 そう述べると老人は質素な漆の椀に粥をよそい、男の前に差し出す。

 山を歩き続けた腹はもはや耐えられず――――ひたすらにそれを貪り、落ち着いた頃に再び話題へ戻る。


わしの名は、柳生魔羅衛門胸糊やぎゅうまらえもんむねのり。どう呼ばれておるかは知らんが、人違いではなかろうな?」

「はい。……ここへ参ったのはあの伝説の秘法を身に着けんがために。……どうしてもせねばならないのです」

「話を聞こう」


 そして、老人へと若き男は語る。

 己が妻の不壊ふえの純潔、その堅固なりしは鋼玉のごとしと。

 己が分身は貫くことあたわず、強き練磨が必要であると。

 老人はやがてその話を聞き終えると静かに瞼を閉じ、立ち上がると手招きして男を庭へと誘う。


 切り株のひとつの上には鉄床かなとこと、刃こぼれした大鉈おおなたがそれぞれひとつ。


 老人、柳生胸糊は着物の前をはだけ、黒々と――――年齢など感じさせぬほどに天を指しそそりたつ己の剛直を鉄床へと載せる。


「お若い方よ。……その鉈を、儂の逸物へと振り下ろすがよい」

「えっ……!?」

「どうした、はよせい。それとも臆したか?」

「はっ……はい、分かりました!」


 そして男は渾身の力を込め、冷たい鉄床の上でなおも熱気を放つ逸物へ目掛け鉈を振り下ろす。

 はたしてその男根は弾け飛び、宙を飛んだであろうか。


 ――――否。

 ――――断じて、否。


 弾き返されて宙を舞うは、刃こぼれをひとつ増やした大鉈のみ。

 重厚長大たる逸物は今もそこにあり、何事もなかったかのように鉄床に身を預け、なおも天を指し続けていた。


「こ、これはまさかっ……!」

「然り。これなりしは、さる暴力団総長の一人娘を貫き、みそぎにと悪根あくこんを断たれんとした折に開眼かいげんせし壱の型。『金剛杵こんごうしょ』と申す」

「すごい……!」

「……修業は厳しいぞ。着いて参れるか、お若い方。退くは決して恥ではないぞ」


 しかし、男の双眸そうぼうはなおも生気、いや精気に満ちており。


「……無粋であったか。されば、まずは――――これを覚えよ。ふんっ!!」


 老境とは思えぬほどの鋭い気迫とともに、大鉈すら弾き返す逸物は見る間に縮み。

 何事もなかったかのように柔らかく変わり、その身を力なく鉄床に横たえた。


「あ、あそこまで勃起したモノが一瞬にして平常に!?」

「これぞ、朝勃ちの折に即時排尿せんと身に着けし納刀の極意。『水天』である」

「しかし、私はあくまで美那子さんの処女を……」

「喝!!」


 くわ、と眼を見開く裸形にしてやわき男根の老人に気圧けおされ、男は怯む。


「剛を断たんとするなら柔を覚えよ。剛柔併せ呑んでこその魔羅よ。抜く事ならず、刀を納めてこその奥義である!」

「は……わ、私が間違っておりました!」

「うむ。なればひとまず荷を解くがよい。すぐに始めるぞ。お主を待つ者がいるのだろう?」


 男は無言で、しかし力強く頷く。

 老人はその眼に若かりし頃の己が身を見いだすかのごとく、峻険たる鳳眼ほうがんに暖かな光をひとたび、宿した。




*****


 壮烈なる修行の日々は、決して容易いものではなかった。



*****


 ある時男は布ひとひらすら身に着けずに、凶暴極まる赤毛熊とブラックマンバ、遺伝子強化違法クズリの跋扈する群馬県の深き山中を息を潜めて、かつ勃起を保ち続けたまま一晩生き延びる修行の中にあった。

 それは隠し身のままに愛を結ぶ秘法のために。


「こ、この訓練に何の意味が!?」

「阿呆が! 男たるものいかなる時に求められても応じるものよ! これなるは中南米の密林にて獰猛なるジャガーの縄張りの中、現地案内人の女性にょしょうに求められし折に開眼せし気配遮断と探知の秘法、『天眼』である!」


 放り出される前、男はそう聞いた。

 いついかなる場所でも愛を貫くため。

 この秘境での修行にはやはり深遠たる意味がある。

 男は妻の顔を想い、今にも恐怖に縮み上がらんとする己の男根を鼓舞し。

 目の前数メートルを横切る赤毛の熊を、山と己を一体合身とし、見送った。



*****


「こ、これは流石に意味がないのでは!?」

「愚か者が! いかなる魔槍とて繰り出す技前がなくばなまくらと知れ! 徹底した足腰の鍛錬こそが肝要である! 魔槍にふさわしき粘り腰を身に着けい!!」


 男は水温5℃もの冷たき大量の滝を浴び、流木と石、更には人知れぬ群馬の秘境にのみ生息するアダマンチウムカワエビの脱皮殻が混じり降り注ぐ中、勃起を保ちながらの荒行にあった。

 現在、打たれて六時間。

 真言を唱えながらも勃起は保たれ、もはやアダマンチウムカワエビの殻が脳天に直撃した程度では揺るぎもしない、鋼のごとき五体と胆力を身につけつつあった。



*****


 つらき修業の中、男を支えたのはひとすじに愛のみ。

 必ずや、呪いがごときに妻の中に根を張る処女膜を貫かんがために。

 必ずやその愛を成就し、真の意味で繋がりあうために。

 男はただ――――愛のために、命を懸けて臨んだ。



*****


そして、濃密なる修業はおよそ半年に及ぶ。


「見事。その域に達するはこの儂でも二十年はかかったものよ。愛にて鍛えられしその身、まさしく魔槍伝承の儀にふさわしきものと認める」

「それでは……」


 見よ、その体。

 劣化ウランにも等しき赤毛熊の爪にて刻まれし爪痕。

 ブラックマンバの牙すら届かぬ硬き皮膚。

 遺伝子強化クズリを締め殺すたくましきかいな


 今ここに仏師あらば、その裸形はまさしく天部を守護せし眷族の一角として写し彫らん。


「覚悟はよいな。これより、お主は魔槍をその身に宿す事となろう。否、これはもはや宿業。重ねて言おう、今であれば引き返せる。お主であっても耐えられるかどうかは分からんぞ」

「はっ。もはや退きませぬ。全ては妻のために」

「……良し」


 洞窟の最奥に秘されし、光届かぬ闇の石室。

 そこにて行われし継承の秘儀はもはや語る事能わず。

 すなわち、生きて戻るか、闇へと溶けて消え去るか。


 ふたつにひとつしか無き、最後の試練。

 そこへ男は――――迷うことなく進み出て、半年の間ともに在った老師は、洞窟を頑健なるいわおにて封印した。



*****


 ――――そして男は妻の元へと戻り。



「それ、じゃ……楽にして、美那子さん。ごめん、こんなに待たせて……」

「うん……いいんですよ、和馬さん。わたくしは、あなたのためなら……」


 そして遂に、堅牢なる城壁の如く純潔へ、魔槍が伸びる。

 力なきあの日に覚えた予兆は今はない。

 怒りさえもない。

 ただ二人の間にそびえていた鋼玉の処女膜さえも愛しく思い、魔槍なれども菩薩がごとき境地にて、培われし五体は槍を振るう。



 ――――そして雪原にひとひら咲くは、紅き花弁。


 ――――見よ! その愛の境地!


 ――――おそれよ! 愛にあたわざることなし!


 ――――歓喜せよ! 愛の勝利を!


 ――――刻め! またしても世に起きし、愛の奇跡を!



 ――――かくて世界は愛を賛えん。


 ――――この一夜、またしても世に命の種は宿るのだ。







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