エピローグ 私はただ……やぶさかではない
「下高、今日も教科書忘れたの?」
クラスメイトの冗談めいた声に、下高強は照れたように頷いた。
「うん……でも」
「私のでいいわよ」
藪坂梨代が自然な仕草で教科書を差し出し、机を動かした。もう、机がぶつかることもない。
「ありがとう」
強の言葉に、梨代は小さく微笑んだ。
クラスメイトたちは、そんな二人のやり取りをもう珍しいとも思わなくなっていた。
「ねぇ」と前の席の女子が振り返る。「二人って、いつの間にか自然になったよね」
その言葉に、強と梨代は顔を見合わせた。
告白から一ヶ月。二人の関係は、確かに変わっていた。でも、それは劇的な変化というより、むしろ自然な成長だった。
強はまだ不器用で、よく物を落とす。でも、もう必要以上に気を遣うことはない。
「下高君、プリント取りに行く?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、私も一緒に行くわ」
こんな会話が、今では当たり前になっていた。
放課後、二人で掃除をしながら、梨代が言った。
「最近ね、面白いことに気づいたの」
「何?」
「クラスのみんなが、少しずつ変わってきてるの」
確かに、そうかもしれない。以前は個々で固まっていたクラスメイトたちが、最近は互いに声を掛け合うようになっていた。
「山田さん、数学分からないところあったら聞いていいよ」 「田中君、体育の準備手伝おうか?」
些細な変化。でも、確かな変化。
「きっとね」梨代は箒を持ったまま言葉を続けた。「誰かを頼ることも、誰かに頼られることも、そんなに難しいことじゃないって、みんな気づき始めたのかもしれない」
強は黒板を拭きながら、梨代の言葉を噛みしめた。
「藪坂さんって、すごいね」
「え?」
「そういうところまで、ちゃんと見てる」
梨代は少し赤くなった。
「そんなことない。私はただ……」
「やぶさかではない?」
強が茶目っ気たっぷりに言うと、梨代は思わず吹き出した。
「もう、その言葉を覚えてたの?」
「うん。藪坂さんの大切な言葉だもん」
二人の笑い声が、夕暮れの教室に響く。
窓の外では、新しい季節を告げる風が吹いていた。
*⑅୨୧┈┈┈┈┈ あとがき ┈┈┈┈┈୨୧⑅*
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
気づいておられると思いますが、「下高」は「したたか」とも読めますし、「強か」は「したたか」と読みます。
また、藪坂梨代は、「やぶさかなしよ」に読めるようにネーミングしています。
この作品は二年くらい前からキャラは考えていたのですが、仕事が忙しくて書けずじまいでした。できれば長編化したいなあと思っていますが……人気次第かな。
そのときは他のクラスメイトとの絡みを増やしたり、なぜ強が梨代のことを知っていたのか等も書き足したりするのもやぶさかではないですね。
よろしければ作品のフォロー、★レビューしていただけると嬉しいです。
やぶさかではない藪坂さんと、加減ができない下高くん FUKUSUKE @Kazuna_Novelist
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます