第5話 一緒にいるのはやぶさかではない
雨の放課後。教室に残された下高強は、窓の外を見つめていた。
梅雨の時期、空は重たい灰色に染まっている。雨音が、強の胸の高鳴りを少しだけ和らげていた。
(今日こそは……)
決意を固めてから、もう一週間が経っていた。でも、いつも最後の一歩が踏み出せない。
「まだいたの?」
突然の声に、強は肩を震わせた。振り向くと、そこには藪坂梨代が立っていた。手には傘を持っている。
「藪坂さん……」
「忘れ物?」
梨代の問いに、強は首を振った。
「違うんだ。今日は……」
言葉が詰まる。どう言えばいいのか。どう伝えればいいのか。
「何か、悩みごと?」
梨代は強の隣の席に腰かけた。いつもの場所。でも今日は、その距離がやけに遠く感じる。
「うん……」
強は小さく頷いた。目の前が滲んでくる。
「話してみる?」
優しい声に、強は堰を切ったように言葉を零し始めた。
「藪坂さんには、本当に感謝してるんだ」
「え?」
「最初は、ただ教科書を貸してくれる優しい人だと思ってた。でも、違った」
強は必死に言葉を探した。
「藪坂さんは、僕の不器用さを笑わなかった。むしろ、それを受け入れてくれた。僕が無理に気を遣おうとする時も、やさしく止めてくれた」
涙が頬を伝う。
「こんな僕でも、必要だって言ってくれた。誰も……誰もそんな風に言ってくれなかったのに」
「下高君……」
梨代の声が震えていた。
「だから……だから僕は……」
強は立ち上がった。机が大きな音を立てる。でも今は、それも気にならない。
「藪坂さんのことが、好きです」
教室に静寂が広がる。雨音だけが、二人の間に響いていた。
「不器用で、いつも失敗ばかりで。でも、ちゃんと伝えたかったんです」
強は深く頭を下げた。心臓が爆発しそうなほど激しく脈打っている。
長い沈黙。
そして。
「私も」
小さな声が聞こえた。
「私も、下高君のことが好き」
強は驚いて顔を上げた。梨代は頬を赤く染め、でも真っ直ぐに強を見つめていた。
「下高君の一生懸命な所も、不器用な所も、全部好き。私に頼ってくれる優しさも、私のことを想って頑張ってくれる気持ちも」
梨代の目にも、涙が光っていた。
「私、下高くんと一緒にいるのは――やぶさかではないわ。いや、藪坂だけど……」
その言葉に、強は思わず笑みがこぼれた。梨代も、照れたように微笑む。
窓の外では、まだ雨が降り続いていた。でも教室の中は、二人の気持ちが温かく満ちていた。
「これからも、頼っていいですか?」
強の問いに、梨代は静かに頷いた。
「ええ、いつでも」
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