最終話 最強の二人

「何度も言っていますが、僕は偶然居合わせただけの一般人ですよ。そろそろ帰ってもいいですか?」


「いいわけないでしょう。タレコミがあってグリラファールの拠点に駈けつけてみたら、構成員は全員気絶し、あなただけが無傷だった。ちゃんと経緯いきさつを説明してもらわないと」


 グリラファールの拠点の倉庫群には、ロンデックス少佐が派遣した治安維持局の軍人が集まり、現場検証を行っていた。さらわれた女性達を治安維持局に引き渡すべく現場に留まっていたマルクは、用件が済んだらさっさと引き上げるつもりだったのだが、生真面目なエルヴェシウス少尉からの追及を受け、なかなか現場を離れられないでいた。


「意識を取り戻したクズも、僕のことは知らない様子だったでしょう」


「いやいや、目が合った瞬間に物凄い形相で睨み付けてましたよね。知らないというよりも委縮いしゅくといった様子でしたし。それと言葉から苛烈な態度が漏れ出してますよ」


 こんな調子で会話は平行線を辿っていたが。


「まだ残っていたのか、マルク・クララック。後は私の方で処理しておくから引き上げても構わないぞ。シュショットマンはご令嬢を連れて先に引き上げた」


 鶴の一声を発したのは、マンディアルグの身柄を引き渡し、エルヴェシウス少尉の元へ合流したロンデックス少佐だった。


「ロンデックス先輩は話しが早くて助かります。では僕はこれで」


「ちょっと。話しはまだ」


「行かせてやれ。エルヴェシウス少尉」


 尊敬する上司に止められてはもう何も言えない。エルヴェシウス少尉も大人しくマルクの背中を見送った。


「探偵とは時に共闘を結ぶこともあると仰っていましたが。こういうことですか?」


「予想よりも早く事態が動き、事前に説明する機会を失してしまった。混乱させてしまい申し訳なく思うよ」


「ならばこの機会にお聞かせください。彼らは何者なのですか?」


 作戦に巻き込んでしまった以上、ロンデックスには説明する責任がある。エルヴェシウス少尉の問い掛けに、直ぐに口を開いた。


「この場にいた彼はマルク・クララック。元は王国軍所属の中尉だった。若くして王国軍最強の剣士とまで呼ばれた豪傑だ。彼の存在一つで戦場に光明が差すことから、『燭光しょっこう』の異名で呼ばれていた」


「燭光のマルク。聞いたことがあります。確かフラゴナール事件で軍事裁判に」


「あれは軍部内のある勢力が、クララックをおとしめるために企てた冤罪えんざいだ。多くの証拠が捏造され圧倒的形勢不利の中、探偵のギー・シュショットマンが証拠集めに奮闘し、見事に彼の冤罪を晴らすことに成功した。裁判を経たクララックは組織に絶望し軍を退役。恩人であるシュショットマンと彼の正義に共感し、以降は探偵事務所で彼の右腕として活躍している。一線は退いたとはいえ、燭光のマルクの実力は未だ健在だ。犯罪組織程度、彼の敵ではないよ」


「燭光のマルクをもすくう器。あの探偵は一体?」


「彼は、ギー・シュショットマンは、元は王国の諜報部隊【ネール】所属の諜報員だ。その中でも彼はとりわけ優秀でな。比喩でも何でもなく、国内外のあらゆる情報は国王や大臣ではなく、最初にギー・シュショットマンに集まると言われていた」


「そのような組織が? 初耳です」


「諜報部隊だからな。存在を知る者は極一部だ。君もこの事は他言無用で頼むぞ」


「……そういうことは最初に言ってくださいよ。それにしても、そんな凄腕の諜報員が今はどうして民間で探偵を?」


「本心は未だに聞けていないが、探偵事務所を開く時に、これからはこの調査能力を市井の人々を助けるために役立てたいと語っていた。裏を返せば、それまでの諜報員としての在り方に思うところがあったということだろう。仕事柄、人間の醜い部分もたくさん見て来ただろうからな。道具に徹するには、彼は人間味がありすぎる」


 あるいは、相棒であるマルクにだけはそういった胸の内も明かしているのかもしれない。当時面識の無かったマルクを救おうと奮闘したのも、悪意ある情報工作の犠牲になろうとしていたマルクを、ギーの正義感が放ってはおけなかったからだとロンデックスは考えている。


「しかし、元諜報員がよく民間で探偵を始めることが出来ましたね。不謹慎を承知で言いますが、内情を知り過ぎた存在というのは、往々にして権力に束縛されてしまうものでは?」


「知り過ぎるというのも、突き詰めれば道が開けるものさ。シュショットマンが握る情報の数々は誇張を抜きに、我がロサンジュ王国を丸ごと引っくり返せるようなジョーカーばかりだ。その一方でシュショットマン自身はそれを悪用するような人間でないことは、王国の上層部もよく理解している。下手に刺激するよりも、不干渉ふかんしょうでいた方が無難だと静観を選んだのさ。実際今回の一件のように、シュショットマンの介入により裁かれた悪も多い。世界は今日も平穏無事だ」


「……敵には回したくない相手ですね」


「安心しろ。正義を見失わない限り、彼は我々の味方だよ」


 これまで捜査の手が及ばなかったグリラファールを壊滅させ、暗躍していた悪徳軍人も検挙された。それをやってのけたのは治安維持局ではなく、シュショットマン探偵事務所のたった二人の男達だ。二人の存在はいわば、正義を見極める審判の目でもある。己を律せよという、ロンデックス少佐の言葉は重い。


「心配ご無用です。自分の正義は決して揺らぐことはありません」


「そういう君だからこそ、私も事情を打ち明けることが出来た。これから忙しくなるぞ」


「どこまでもロンデックス少佐にお供いたします」


 治安維持局所属の現役の軍人と、犯罪組織のグリラファールの癒着が判明した。当面の間治安維持局は大混乱に見舞われることだろう。探偵たちの仕事は終わったが、治安維持局の仕事はここからが本番だ。


 ※※※


「今戻りましたよ。仕事は早々に片付いたんですが、若い軍人に足止めを食らいましてね」


「ロンデックスのところの部下だろう。俺も最初はしてやられた。ああいう真っ直ぐな奴は嫌いじゃないが」


「僕もです。その気になれば撒けましたが、ついついやり取りを楽しんでしまいました」


 マルクが事務所に帰還すると、ルイーズを屋敷まで送り届けたギーもすでに事務所に戻っていた。かなり遅い時間なので、詳しい報告はまた後日ということで、ジャックミノー卿のお屋敷は早々においとましてきた。


「たまには俺がコーヒーでもれよう」


「ちゃんと飲めるものを淹れてくださいよ」


「俺を何だと思っている。上手いコーヒーを淹れられないと、潜入前提の諜報員なんて務まらないさ」


「冗談ですよ。コーヒーの淹れ方だけは所長に負けてしまうのでちょっとした嫉妬です。コーヒーの淹れ方だけはね」


「強調するな強調を。ほら、上手いコーヒーを淹れてやったぞ」


 ギーが自分とマルクの分。コーヒーカップを二つ持って来た。


「いつの間にか夜明けですね」


 事務所の窓から朝焼けが差し込んで来る。結局徹夜仕事になってしまった。


「色々あったが、ジャックミノー卿からの依頼は無事完遂だ。仕事の成功を祝って乾杯」


「お疲れ様でした所長。乾杯」


 朝焼けを背景に、ギーとマルクは祝杯のコーヒーに口をつけた。




 了

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王都探偵シュショットマンの多忙 湖城マコト @makoto3

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