第8話(終) そして二人は並び立つ

 戦いの余韻は薄く、すぐに波が引いた。

 まだ一回戦。他でも試合をしているし、まだ彼ら自身次の試合がある。


 ゼンジンは、半田兄弟と握手をした。

 全員まだ汗は引かず、もうもうと蒸気が立っている。

 握手しながら、半田兄弟はじとりと二人を見た。


「きみたち……ぼくたちのこと、見えてる?」


 ゼンは快活な笑顔のまま、首をかしげた。


「びっくり人間の次は、透明人間にでもなったつもりか?

 バッチリくっきり見えているとも! 存在感たっぷりだ!」


「ものすごく目線引くし……そういう戦法でしょ」


 ジンはじとりと、前髪の隙間から見やった。

 半田兄弟は何か恐ろしいものを見るような目で二人を見たが、それ以上は何も言わず去っていった。


 ゼンは体を伸ばして、快活に声を張った。


「さあ! 一回戦突破だ!

 次もその次もバリバリ気合いを入れて、勝ち進もう!」


「甘くはないと思うけどね……やっぱり高校に上がると、周りのレベルが上がる……」


「なんだジン! 弱気か! いかんぞそんな調子では!

 試合に勝つにはまず気持ちからだ! 心がおくしていては勝利が遠のくぞ!」


「気持ちがあれば勝てるワケでもないんだよ……優等生はそういうふうにいけちゃうのかもしれないけどさぁ……」


 二人の調子は変わらない。いつも通り。

 いつものように、優等生で完全無欠のゼンが引っ張り、控えめな陰キャのジンが追随する。

 そう、見せかける。


「ああそうだ、ゼン


 ふと、ジンが口を開いた。

 ゼンは振り向いた。

 ジンは左手のこぶしを突き出した。


「グッドゲームだった」


 ゼンはその顔とこぶしを見やり、にこりと笑って、それからこぶしを打ち合わせた。


 二人の間に飛び散った火花を、二人以外の人間は知らない。

 欺瞞ぎまんに満ちた二人の関係の本質を、誰も知らない。

 もしかすると、二人自身でさえ。


ジン。僕はキミが嫌いだ。世界で一番大嫌いだ。

 だから見下す。僕のすごさを間近で見せつけて、屈服させる。

 だからジン、折れてくれるな。僕以外の何者にも、屈してくれるな。

 キミを折ることができるのは、世界でただ一人、僕だけだ)


ゼン。俺はキミが嫌いだ。世界で一番大嫌いだ。

 だから見下す。キミのすごさを間近で難癖つけて、あおり続ける。

 だからゼン、我に返ったりしないでよね。無様で必死に、俺を見返すことだけ考えていればいいよ。

 キミが心砕くことができるのは、世界でただ一人、俺だけだ)


 二人はそして、並んで、歩く。

 立ち上る二人の汗の蒸気は、渦を巻くように絡み合って、ひとつになってゆく。

 混ざり合ってゆく。


 圧力を感じた。

 ぱきりと、ゼンジンの手持ちのピンポン玉がひび割れた。

 ゼンジンはぐるりと見回した。

 視線を感じる。そして殺気。いくつかの。

 その殺気の圧力が、ピンポン玉を割ったか。


 ゼンは快活な笑みを浮かべた。


「はっは! 警戒されているなジンよ!」


「もともと中学のころから、それなりの戦績だったからね……

 まあまあ知名度あった半田兄弟を倒して、実力が知れ渡っちゃったかな……」


 ジンはため息をついた。


「めんどくさ……」


「はっはっは! 弱気かジン!? 弱気なのか!?

 陰キャのキミにはツラい展開か!? 僕は平気だがね何しろ僕は優秀だから!

 強者との熱い戦い望むところだ! 僕の優秀さを知らしめるかてとしてくれる!」


「それならもっと技術を磨かないとね……

 やっぱりゼンの打ち方、勢いばっかりでちょっと荒いよ……俺より精度が低い……」


「ほうそうか!? それはじっくり教えていただいて改善しないとなぁ!?」


 ぴきぴき、ゼンは青筋を立てる。

 ジンはまたため息をついて、それから言った。


「まあ、やること変わらないけどね。誰が相手でも」


「ああ。変わりはしない」


 変わらない。誰が相手でも。


 結局のところ、対戦相手はただのダシだ。

 隣にいる、この世界で一番大嫌いな相手に対して、自分が上回っていることを認めさせるための。


 二人はまた、並んで歩く。

 受ける闘志の熱気も、彼らにとってはそよ風でしかない。

 互いに向ける殺意の熱さに比べれば。


 二人は仮面を被り続ける。

 快活な笑顔の仮面と、陰気な前髪の仮面を。


 隣に立ち続けるために。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゼン・ジン・ソッ・コー! 卓球ダブルス青春殺伐高校男児裏腹業腹仮面舞踏会 雨蕗空何(あまぶき・くうか) @k_icker

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ