第7話 エンドオブマスカレイド

 初めて出会ったときから、ジンゼンのことが嫌いだった。


「やぁキミ! 一人で練習しているのかい?

 僕は今年初めて卓球をやるから、よかったら僕に卓球のやり方を教えてくれよ!」


 ウソだらけの言葉。偽りでしかない笑顔。

 誰にでも優しい快活な優良児童、そんな姿を演じているのが丸わかりだった。

 そのアピールのダシに、ジンを利用しようとしていることも。


「ダブルスやるなら……大会、出てやってもいいよ」


 挑発した。

 自分はおまえを見下しているぞと、におわせ続けた。

 挑発されたゼンは、対抗して、卓球を続けた。


「卓球やりながらじゃ無理そうだし、辞めちゃっても仕方ないよねぇ……」 


 挑発して、辞めないように誘導して、中学二年も三年も、卓球を続けさせた。

 あげく高校まで同じところに来させてしまった。


ゼン。キミの人生はメチャクチャだ。

 ちょっと挑発したらすぐに食いついてきて、笑顔をムリヤリ取り繕って、俺に格上だって思わせようと躍起になって。

 取り返しがつくの? 高校まで俺のレベルに合わせちゃって、それでこの先俺がキミを格上だと思うときが来て、その先は?

 そのあとの人生、キミはどう生きるつもりなんだ?)


 ジンは前髪を伸ばし続ける。

 スクールカースト最底辺の陰キャを演じ続けるために。

 仮面を被るように。


(俺はキミが嫌いだ。だからキミの人生に、責任なんて持ってやらない。

 キミを格上だと認めるときなんて来やしないし、俺が優等生に援助されるべき負け組というレッテルを捨てることもない。

 このままずっと、勘違いし続けて、優等生の自分に酔っていればいい)


 ラケットを握る手に、きゅっと力を込めて。


(……ざまあみろ)


 長い前髪は、仮面のように。




   ◆




 試合の熱気が、汗の蒸気が、観客席まで立ちのぼる。

 その中でピエール田所は、背を向けた。


「先生、最後まで見ないんですか?」


 生徒からの問いかけに、ピエール田所はちらりとだけ見て答えた。


「次の相手を確認する。この試合はもう揺るがぬ」


 最終ゲーム!


(おかしいな……なんか……あれぇ……?)


 ゲーム間の休憩で、半田兄弟は存分に密着し、絡み合い、気力を蓄えた。

 試合に臨む、いつも通りのルーチン。

 今回は最終ゲームまでもつれ、流れに流れた汗の湿度もあいまって、二人の密着度合いは過去最高のものだった。

 それなのに。


(勝てるビジョンが……見えないな……?)


 前陣速攻が、ゼンジンの猛攻が、追い立てる。

 幻惑が通用しない。卓球技術が、押し通せない。

 押し通そうとした先から、前陣速攻のハイペースに飲まれ、立ち消えていく。


(なんで……こんな……)


 コートチェンジ、そしてラリーローテーションチェンジ。

 最終ゲームのみ、ゲームの途中でチェンジが入る。

 半田にとって、反撃の芽。


(また二人のクセの違いで、惑わせてやる……!)


 そう考え、半田兄弟はゼンジンを見る。仮面的微笑を向け続ける。

 見ていない。二人の視線はこちらを向いてはいるが、半田兄弟が意識の中心に入っていない。

 パートナーを。手を伸ばせば届く距離のダブルスパートナーを、ずっと意識している。

 反発するように……求め合うように。


(なんだよ、それ)


 ぞくり、と。

 半田の背筋が凍ったのは、嫉妬心だ。

 試合中に他の誰よりもパートナーを意識するなど、双子であることにあえぐ自分たちこそそうであるべきものなのだ。

 それを。


(ぼくたちは)


 そのために。

 二人がひとつであることを証明するため。

 そのために、体術を活かせて、二人一組で、なおかつ他競技に比べてこんなにも近い距離でいられる卓球ダブルスを選んだ。


(あれ……?)


 引っかかり。

 試合は続く。集中しろ。

 前陣速攻が攻め立てる。反撃しろ。


(二人のクセの違いで、揺さぶるんだろう……!)


 攻めようとして、気づく。

 自己矛盾。


(二人がひとつであることを証明したいのに、どうして二人のクセの違いをアピールしてるんだ?)


 半田兄弟は、見た。

 正面。ゼンジン

 前陣速攻、同じスタイルで打ってくる、その姿。


(あれ……今ぼくが相手してるの、どっちだ?)


 かたや快活で、笑顔で、炎のように苛烈な攻撃。

 かたや陰気で、陰鬱で、氷のように冴えた攻撃。

 だがその技のキレは、重なっていく。シンクロしていく。




――隣のこの男を、見下す。




 半田は知るよしもない。二人がダブルスを組む、そのこじれた心情を。

 だが互いを嫌い合いながら寄り添うその心は、殺意は、狂おしいほどに等価だった。

 等価の殺意でもって研ぎ澄まされた技は、等価のキレを見せていく。


 まるで、同じものであるかのように。


「う、うわああああああ!!」


 半田兄弟は狂乱した。

 微笑の仮面を脱ぎ捨てて、おびえて、尻餅をついて、失禁さえした。

 その半田の横を、ピンポン玉はテンテンと跳ねていった。


 最終ゲーム、決着。

 ゲーム数三対二で、ゼンジンペアの勝利。

 おびえる半田兄弟の正面で、二人の仮面が一瞬、はがれて見えた。


 完璧人間の笑顔の仮面が、一瞬だけ崩れて。

 根暗人間の前髪の仮面が、一瞬だけ舞い上がって。


 見えた二人の素顔は、獣のように獰猛な、よく似た顔だった。

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