【ショートショート】大海に響け、人魚の歌声【2,000字以内】

石矢天

大海に響け、人魚の歌声


「おっ! 人魚だぞ!」

「ひゅーひゅー! やっぱ人魚はエロいなぁ」


 人魚たちが声のする方に視線をやると、小舟が一艘浮かんでいた。


 魚を獲りにきたニンゲンに見つかってしまったようだ。ちょっと海の上で休んでいるとすぐこれだ。


 ニンゲンという種のオスどもは、いつもおぞましい目つきで人魚たちを見てくる。


 おちおち日向ぼっこもできやしない。



 ニンゲンたちの航海技術が進歩したことで、いつしか「ニンゲンのオスに恋をして、禁断の薬に手を出したバカな同族が海の泡になった」なんて与太話がささやかれるほど、人魚とニンゲンの距離は物理的に近くなってしまった。


 チャポン。

 チャポン。


 せっかくイイ気分で海の上まで出てきたというのに、ニンゲンどものせいで台無しだ。人魚たちは眉間にシワを寄せながら海中へと戻っていく。


 このままでは人魚たちのストレスがたまる一方である。


 なんとかしなくてならないと、海底深くにある人魚の国では、毎日のように『ニンゲン対策会議』が開かれていた。もちろん今日も――。



「そもそも、私たちはニンゲンに舐められているんですよ! 徹底的に戦わなくてどうするんですか!?」


 若衆のリーダーである金髪の人魚が、口角泡を飛ばすと、


「「「そーだ! そーだ!!」」」


 議場にいる若い人魚たちが声を揃えて賛同の声を上げた。

 しかし会議とは、賛同の声が大きければ勝ちというものではない。


「徹底的に戦う、とは具体的にどうするのじゃ? 数は向こうが圧倒的、真正面からぶつかってはこちらが絶滅してしまうぞ?」


 長老のひとりである白髪の人魚が、静かに問う。

 金髪の人魚もこの問いは想定のうちだ。


「要は『人魚は怖い』と思い知らせれば良いのです。例えば……、そう。今日、私たちを舐めるように見てきた醜いニンゲンたち。ああいう輩を海に沈めてしまいましょう」


 つまりは防衛戦のようなもの。

 敵地に攻めいるのではなく、人魚の領海を犯すニンゲンだけを襲おう、ということだ。


 たしかにニンゲンという生き物は、危険な場所だとわかれば余程大きなメリットが無い限り近づかないと聞く。

 海に船を繰り出すニンゲンも、嵐の日には陸から出てこないし、海流が激しい場所には近寄らない。


「ふむ。それは一理あるやもしれん。じゃが……そのニンゲンを襲う役目、誰がやるのじゃ?」


 白髪の人魚の問いかけに、金髪の人魚は言葉を詰まらせる。

 先ほどまで賛成、賛成と騒いでいた若い人魚たちも「あんたが行きなさいよ」「絶対にイヤよ」とコソコソ押しつけ合っていた。


「元来、人魚というものは力が弱い。大勢で囲めば小舟のひとつやふたつ、ひっくり返すこともできようが、こちらに被害が出ない保証はない」


 ニンゲンどもは野蛮な生き物じゃからな、という白髪の人魚の言葉に、金髪の人魚は反論することはできなかった。


 それもそのはず。

 彼女の姉はニンゲンから投げつけられた網のせいで、尾の鱗を12枚も失う大怪我をしているのだから。


 そのとき、静まり返る議場に小さな声が響いた。


「あの……歌はどうでしょう?」


 議場にいる人魚たちの視線が、声の主である碧髪の若い人魚に集まる。


「歌なんて歌ってどうしようっていうのよ。そんなのニンゲンたちを喜ばせるだけじゃない」


 金髪の人魚が吐き捨てるように言った。


 人魚の透き通るような歌声は、広い海でも人気が高い。

 ダイオウイカも、シロナガスクジラも、カモメも、みんな人魚の歌声のとりこだ。


 ニンゲンに恨みを持つ金髪の人魚にとって、敵におもねるような真似は決して許せないことだった。


「これは浜辺でニンゲンの子どもたちが話していたのですけど、ニンゲンという種族は子どもを寝かすために歌うのだそうです」


 それを『コモリウタ』というらしい、と碧髪の人魚が言う。


「歌を聞いて眠るですって!?」


 人魚たちにとって歌とは楽しむものであり、心を震えさせるものであった。

 歌を聞いて眠る、などという品性の欠片もない文化があるとは夢にも思わない。


 歌声であればニンゲンに近づく必要はなく、人魚たちの身に危険が及ぶこともない。

 皆、半信半疑どころか一信九疑といった心持ちではあったが、やってみるだけやってみよう、となった。


 時間は日の出頃と決まった。

 なぜなら人魚たちは、朝早くから漁に出てくるニンゲンたちのせいで、ろくに朝陽を見ることも叶わない日々が続いていたからだ。



 果たして、夜明けの海に響き渡った人魚の歌声は、近くを通る船に乗ったニンゲンを夢の中へと誘い、いくつもの船が海底へと沈んでいった。


 ニンゲンたちは、人魚に恐れをなして「とくに夜明けは近づくな」と語り継いでいくようになったとか。




          【了】




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【ショートショート】大海に響け、人魚の歌声【2,000字以内】 石矢天 @Ten_Ishiya

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