トイレの花子さんをセ◯レにしたったwwwwwwwwwwwwwwwww

首領・アリマジュタローネ

トイレの花子さんをセ◯レにしたったwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww


 春宵。月はまだ冬を感じているらしく、分厚い雲の毛布を羽織っている。

 唸るような声が山の奥から聞こえてきた気がして、歩を進める。

 スーツの袖を伸ばして、革靴で整備されていない歩道の感触を噛み締めながら、校門前へと辿り着く。

 子供の頃はとても大きく見えていたのに、あまりにもちっぽけだ。自分が入学していた頃に担当してくれていた教師が今は他の地域で立派に教頭先生を任されていると、風の噂で聞いた。昇任おめでとう、と門に手をかける。

 先生が唯一「問題児扱い」しなかった生徒が、今こうやって不法侵入をしています。先生はみんなに構っていたのに、僕を相手にしてくれませんでしたね。

 敷地内に身体を下ろすと、グラウンドに風が吹いた。

 砂の舞いを手で覆うと、ぼやけた視界の中で校舎が映った。

 寂寞、という言葉がよく似合う。

 五、六年に廃校となったこの校舎は取り壊されずに今も尚ココに置かれている。

 監視カメラもないのでセキュリティーはガバガバ。

 侵入し放題ではあるが、こんな死臭が漂う田舎の学校の校舎に忍び込んでくる人間はよっぽどの物好きだけである。


 グラウンドを横切りながら、手首に付けていたスマートウォッチを確認すると、時刻は3時20分を過ぎていた。

 ちょっと急がねばなるまい。


 ※ ※ ※


 廃校になった校舎だからといって、わかりやすく窓ガラスが割れていたりだとか、蜘蛛の巣が張られていたりだとかはしていない。だが、廊下を歩くたびに木造の校舎が歪んだ音を出しているのは気持ちが悪い。

 階段を登り、何も張られていない掲示板を横切りながら、トイレの前へとやってくる。

 用を足しにきたわけではない。

 だが、ある意味ではそうかもしれない。

 3時半を過ぎたとき、扉に手を掛けて女子トイレの中に侵入した。

 鏡が取り外されている。

 タイルの床を踏んでゆく。

 中には個室トイレが6つある。一番手前は掃除用具などがあったはずだが、今はもう残っていなかった。

 奥から3つ目。左から3番目のトイレの前に立つ。

 その個室トイレだけ何故か扉が閉まっている。

 時間が33分を差したとき、僕は扉を3回ノックした。


 こん、こん、こん。


 リズムは一定に。狐が鳴いているかのように。グッと固めた拳で、1秒の休符を取りながら、拍を取る。

 過去に何度も時間を過ぎてしまったり、この儀式を雑におこなってしまったりして、彼女が姿を見せなかったことがあった。

 ポ◯モンで喩えるならばヒンバスの釣りスポットくらい繊細なのである。

 ミスは犯されない。



「花子さん、あそびーましょ」



 いうも返事がない。

 窓ガラス越しに月が見える。



「花子さん。いらっしゃいましたら、姿をお見せください」



 やはり返事はない。膝を指の腹で叩きながら、時間を確認する。もうすぐ34分になってしまう。



「……はぁ」



 肩を落とす。今日はそういう気分ではないのかもしれない。いや、もしくはもう自分のところに姿を見せることはないのかも。確かにココに来たのだって数年ぶりだ。

 無駄足だったか。


 立ち去ろうと思い、鞄を肩に担いで踵を返そうとしたときだった。

 個室トイレがジャーと流れる音がした。


 (いや、いるじゃん……)


 ムカついたので、激しく扉をノックすることにした。



「ちょっと花子さんいるんでしょ!花子さーん」



 どん、どん、どん、どん、どん、どん。


 気分は借金取り。

 当然ながら闇金は犯罪だ。



「いませーん」



 扉の奥から可愛らしい女の子の声が返ってきた。



「いや、いるじゃないですか。え、なんで嘘をつくんですか」

「もう夜だし、怖いんで帰ってください」

「あなた夜しか現れないし、怖がらせる側じゃないですか」

「お金はありませーん」

「お金を借りにきたわけじゃないですー」

「テレビはありませーん」

「あ、N◯Kじゃないです。集金しにきたわけじゃないんで」

「ぶっこわーす」

「あなたなら壊せそうですね。……じゃなくて、開けてくださーい」


 扉の前で立ち尽くす。

 鞄を足元に置いたまま、はぁと頭を落とすと、ガチャという音と共に鍵が外された。

 ギィイと少しだけ扉が開く。

 鍵のあたりに手をかけて、尋ねる。



「……入っても?」


「どうぞー。あ、履歴書は既に頂いていますので」


「うわ面接みたい。いやだなあ、就活思い出して憂鬱になっちゃうよ。失礼しまーす」



 低い声を出してふざけてくるノリに対応しながら、トイレの中に入る。

 そこに“ヤツ”はいた。




「おひさ。元気してた?

 ──6年5組出席番号35番、和泉涼太くん」



 ※ ※ ※


 日本の有名な怪談の一つとして語り継がれている「トイレの花子さん」。彼女が都市伝説として世間に名を知らしめたのは、もう40年以上昔の話である。令和のこの時代に未だにトイレの花子さんを信じている人間などいやしない。

 言うなれば童話や伝記などというものと同じで、居ないものを居るということにしてでっちあげていたのだ。

 誰かが作り上げた噂の幽霊。

 だが、実際に僕は彼女に出会ってしまった。


 小学校六年生の頃、友達がいなかった僕は図書館に篭り気味だった。星◯一やデル◯トラ・クエストなんかも好きだったけれど、夢中になって読んだのは学校の怪談シリーズだった。学校には七不思議があって、その中で試してみたかったのが「トイレの花子さん」だった。


 深夜3:33。女子トイレの左から3番目の個室を3回ノックして「花子さん、あそびましょ」というと、花子さんが現れて、自分を呪い殺してくるのである。

 どうしてか度胸だけあった僕は「あそびましょ」を本当の意味で捉えてしまって、花子さんを友達にしたいというポジティブな願いから、これを実践してしまったのだ。

 この頃の校舎はセキュリティがガバガバだったから(今もだけど)、容易に侵入することができた。

 そして、僕は花子さんと知り合うこととなったのである。



「……もう小学生じゃないですよ。28です」


「時の流れは早いねぇ。昔はこんなに小さかったのに」



 うひひと花子さんが笑っている。トイレの便座の蓋に座りながら、脚を曲げて女性らしい座り方をしている。

 赤い吊りスカートを履いて、白いワイシャツを着ている姿は昔と変わらない。

 だが、ワイシャツのボタンが第二ボタンまで開けられていて、そこから白い素肌が見え隠れしている。

 豊満な胸がぷくりと膨れ上がっている。



「で、なにして遊ぶ? ぼうや」


「首締めごっこ」


「……殺されたいの? それともそういう性癖?」


「まぁ、冗談ですよ。ちょっとした雑談というか」


「そ。じゃあいいよ。おしゃべりしましょ」



 花子さんはそういって手鏡を出してきて、リップを塗り始めた。和風人形のように黒いおかっぱ頭が茶色のボブになっていて、前髪がすだれのようになっていた。



「髪型、変えました?」


「かえたー」


「若い子の間でそういう髪型流行ってますよ。バーゴードというか」


「知ってるよ。Ti◯Tokでみた」


「(うわ、Z世代のトレンドまでおさえているだなんて。流石は花子さんだ)」


「流行りを取り入れていかないと飽きられちゃうじゃん」


「(40年以上、都市伝説界隈でトップを獲っていた方は言うことが違うな……)」



 花子さんがんーと唇を震わせる。

 僕は隅っこで立ちながら、ジーッとその光景を眺めている。

 彼女が脚を組み替えた。膝丈までの白のソックスと生脚に思わず、ごくりと唾を飲んだ。



「彼女できた?」


「いたんですけど、最近別れてしまって……」


「ふーん。うそでしょ」



 花子さんが手鏡を置いて、僕を見た。

 膝に肘をついて、顔を両手で支えながら笑っている。



「私はお化けなんだよ。妖怪の類いでもある。本来、関わってはいけない裏世界の住民。それなのに、キミは……君という生き物は私に依存している。いや、正確には私が君を依存させた。虜になっている。実際のお話通りに事が進むんだとしたら、初めて会ったあの時──数十年前のあの頃にキミはここで便座に引き摺り込まれて、四肢をもがれて、ぐちゃぐちゃに引き裂かれて死んでいたところだったからね。でもキミは生きている。運が良かったというのか、奇跡だね」



 花子さんが淡々と怖い言葉を並べて殺意を剥き出しにしているが、今の自分は怖くはなかった。

 正直いって、正気のない自分に、失うもののない己に、怖いものなど一つもない。

 殺されるのだって、本望だ。

 だからなにをされたって気にはしていない。



「びーびーと泣きじゃくって『友達になりたいのー』なんて言うもんだからさ。私もついてっきりビックリしちゃって、可哀想になって情が湧いちゃった。頭を撫でてあげたら喜んで泣き止んで、よく一緒にポ◯モンのゲームをしたり、本を読んだりしたね。あの頃は楽しかったよ。私も独りだから」


「……随分と今日はおしゃべりですね」


「久しぶりだからね。もう捨てられたと思ったよ」



 最近ここには訪れていなかった。マンネリというのか、成長したというのか、時が流れるにつれてこんな妖怪と親しく過ごしている自分を変だと感じてしまうほどに、大人になってしまった。今の自分に守るべき家庭などはないけれど、もし築いてしまったとき、きっとここには足を運ぶことはないのだろう。そして、校舎もいずれ壊される。

 花子さんは、消えるのだ。



「生前のことなんて覚えちゃいない。きっとバラバラにされてココに捨てられたんだと思う。だから、独り。ずっと独り。誰かを呪い殺したくて仕方なかった。だけど、最初に会ったのが君だった。寂しいとか、孤独とか当たり前過ぎてよくわからないけどさ、そうやって甘えるのずるいと思う。君は随分と嘘が上手い大人になってしまった。私はもう、必要ないんだね」


「必要ですよ」


「うそつき」


「……人のこと言えるんですか」


「私はヒトじゃないよ」



 渇いた空気の中、花子さんが俯いて爪を眺めた。

 彼女もしばらく見ないうちに成長してしまった。

 幽霊も自分達と同じように歳を重ねるのか。それとも、僕と会ったときから、人の心を知ってしまったときから、愛を覚えた時から、僕が彼女を成長させてしまったのか。



「……で、今日はなにをして遊ぶの?」



 ニンマリと笑った花子さんが、僕のズボンをジーッと眺めている。

 その一言でついつい興奮してしまって、ズボンがテントを張っていた。

 彼女の長い指がツンツンと触れた。



「“ココ”も大人になったね」


「……うっ」



 ジーッとチャックが下ろされる。

 花子さんが近づいてくる。



 ※ ※ ※



 ガラ、ガラ、ガラ。



 トイレットペーパーが巻き取られる。

 花子さんは口元を拭いて、便器の中にティッシュを投げ入れた。



「はい、おしまい。スッキリした?」


「……ええ、まぁ」


「まだ、足りないの?」


「……」


「明日も、仕事じゃないの?」


「仕事ですけど……」



 彼女が呆れたように天井を眺めた。

 いつからだろうか。こんな身体の関係を持つようになってしまったのは。子供の頃はたくさんの遊びをして、二人で楽しいんでいたのに、どうして歳を重ねてしまったら、こんな遊びでしか楽しめなくなってしまうのか。

 自分だって子供の頃に戻りたい。

 あのときのように純情な気持ちを持って、一緒に持ってきた漫画を読みたい。

 放課後に買ってきた駄菓子をあげて、花子さんを喜ばせてあげたい。


 だけども、僕たちは友達ではなかった。人間とお化け。そして男と女だった。

 いつまでもそんな関係が長続きするわけがなかった。


 でも、僕は彼女を見捨てる気はなかった。

 高校も大学も地元からは離れないようにして、県外に就職してもこうやって時々帰ってきて、彼女に顔を見せるようにしていた。

 家族だと思っている。血の繋がらない家族。

 肉体関係を結んではいるけれど、かつては姉弟のようだった。


 ひどい人間である。

 自分はなんて卑怯で哀れで汚い生き物か。

 相手がお化けだから、なにをしても傷つかないと思っている。



「……なんで、また元気になってるの?」


「そりゃあ、まぁ……髪型を変えて可愛くなったからですよ」


「嬉しいことを言ってくれるじゃない。ぼうや」



 突然、花子さんが立ち上がって、僕の首に手をかけた。

 強い力で首を絞めてくる。

 血管がピキピキと浮き上がってくる。無表情で首を絞め続けてくる花子さんに抵抗することなく、僕は全てを受け入れた。

 嗚呼、哀れな男だ。

 こんなときにでも、彼女の吐息や胸の温もりに興奮を覚えてしまうだなんて。



「……ヘンタイ」



 彼女が僕から離れる。



「はぁっ……はぁ……はぁ!」



 呼吸を整えて、酸素を身体に取り込もうとしゃがみ込んでいると、花子さんが僕の頭を踏みつけた。

 裸足のまま、僕の上で脚を組んでいる。



「忘れないで。キミがいま相手にしてるのがタチの悪いお化けだって。あまり調子に乗らないことだね」


「……はぁ、はぁ。ご褒美ですか?」


「キミはお化けよりよっぽど怖いね。私をドン引きされるだなんて相当だよ。そんなんだから、女の子にモテないんだ」



 花子さんが頬を赤らめて笑っている。

 舌なめずりをしている。

 僕の息遣いが荒くなってゆく。



「都合よく扱うのは自由だけれど、私もいつまでもトイレじゃいられない。いつかは外に出る。私もキミも、もう子供じゃないんだよ」



「……御託はいいですから、はやく」



……なに?」



「はやく、脱いで」



「……ワガママな男。キミが死んだ時に化けて出てやるんだから。もう泣いたって許さないんだからね」




 個室トイレがガタガタと揺れている。

 行く春。星の齢。黒風。

 月華の中、どこかで獣がぐーと鳴いた。

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