はいけい ゆうしゃさま(紹介文に注意事項)

和泉ユウキ

はいけい ゆうしゃさま


『はいけい ゆうしゃさま


 こんにちは、ゆうしゃさま。

 わたしのむらを すくってくれて ありがとうございます!

 おとうさんもおかあさんも みんなでないて わらいました。もうすぐうまれてくる わたしのきょうだいも ぶじです。


 まものをたおすゆうしゃさまは きらきらして おひさまみたいにまぶしくて すっごく かっこよかったです!


 ゆうしゃさま! ありがとうございます!


 るな』






『はいけい ゆう者さま


 こんにちは。

 このまえは 村にきてくださり ありがとうございました。


 おてがみのおへんじももらえて すっごくうれしかったです!


 まものにあらされた村は 少しずつ元のかたちにもどってきています。

 ボーンさんのはたけも なんとかもちなおして またかぼちゃやトマトをつくれるってよろこんでいました。

 ゆう者さまが たくさん助けてくれるからだって お父さんもお母さんもよろこんでいました。


 わたしも しょうらいゆう者さまみたいに みんなを助けられる人になりたいです。


 また おてがみ書きます。


 ルナより』






『はいけい 勇者さまへ


 勇者さま、こんにちは。

 また、村によってくださってありがとうございます!



 お手がみのおへんじも、またちょくせつもらえてとてもうれしかったです。



 何どもお手がみを出したらめいわくでしょ、ってお母さんにおこられたけど、勇者さまが「いいよ」って言ってくれたから、また出します!


 勇者さまが、すう年税をめんじょしてくださったり、お金をしえんしてくださったり、ふっこうのために人をおくってくださったりしたので、昔みたいにたくさん野さいやくだ物がつくれるようになりました。


 勇者さまがくると、みんなとてもよろこんでいます。

 勇者さまがわらってくれると、みんなうれしくて、つぎの日はいつもよりもはりきってしごとをするんです。

 わたしも、かっこいい勇者さまみたいに、すこしでもなれるように、今からとっくんをしたり、はたけのおしごとをがんばっています。

 おとうとも勇者さまをみると、いつもよりも走りまわって、たくさんわらいます。


 ほんとうにありがとうございます、勇者さま。

 また、お手がみかきます。


 ルナより』






『はいけい 勇者様へ


 勇者様、お元気ですか?

 わたしは、元気に剣のとっくんをしたり、畑の土をどれだけふたんなく生かせるかなどをしらべています。


 さいきんは、ボーンさんが冬でもつくれるカボチャをかいはつして、王都から色んな人が話を聞きにきていました。

 ボーンさんのがんばりがみとめられて、わたしたちもとてもうれしいです。

 弟は、さいきんボーンさんにあこがれているらしく、でし入り、というのもしました。


 勇者様は、少し前にとなりの国からてきが入ってくるのをふせぐためにたたかったり、いくさをやめようってよびかけたりしていたと聞きました。

 おかげで、大きないくさにはならなかったと聞いています。

 また、勇者様にたすけられました。

 いくさになったら、昔のわたしたちの村のように、困る人がたくさんうまれたと思います。


 だから、ありがとうございます、勇者様。

 勇者様は、わたしの目標です。


 また、お手紙書きます。


 ルナより』






『拝啓 勇者様へ


 勇者様、お元気ですか?

 私は、元気に王都の学院で勉強と研究の日々です。


 畑の効率的な使いかたをまとめて発表したら、先生が評価してくださり、国中に広まることになりました。

 勇者様も後押ししてくださったと聞いています。

 また、勇者様に力を貸していただきました。

 本当にありがとうございます!


 私の研究が少しでも、みんなの役に立てたと聞けてうれしいです。


 いつか、私も勇者様に助けてもらったように、勇者様の力になれたらと思います。

 そして、いろんな人を助けられる人になりたいです。


 また、お手紙を書きます。


 ルナより』






『拝啓 勇者様へ


 勇者様、お元気ですか?

 私は元気に、王都で暮らしています。


 去年、無事に学院を卒業しました!

 卒業式に勇者様が学院へ挨拶に来てくださり、とても嬉しかったです。

 お手紙のお返事まで直接くださり、本当にありがとうございます。あの時は、すごくにまにまが止まらなくて、だらしなかったと思います……。


 久しぶりに見た勇者様は、昔と変わらずにカッコ良くて、お日さまみたいにきらきらしていました。

 それは、きっと勇者様がそういうお人だからだと思います。


 私も、勇者様のように、カッコ良くてきらきら輝く人になれるように頑張ります。


 今は農場で働きながら、周囲に現れる魔物を退治する日々を送っています。

 まだまだ半人前ですが、農民としても研究者としても討伐者としても一人前になれるように精進します。


 また、お手紙書きます。


 ルナより』






『拝啓 勇者様へ


 お元気ですか? 勇者様。

 私は、とっても元気にやっています!


 失敗することもあるし、へこんだりもするけど、まわりはみんなとても良い人ばかりで、私はとても幸せだと思います。


 でも最近、私につっかかってくる人がいるんです。


 シアン、というのですが、私がいろいろと試している研究について、ここがだめ、あそこが効率が悪い、といちいち全部に駄目だしをしてくるんです。

 他にも、魔物と戦っているときに、前に出過ぎだとか、そこはあえて左へ誘導するべきだとか、何を言ってもどんな作戦を立てても、文句を必ず言ってきます。

 他の人もやれやれ、という感じで私たちのやり取りを見守るだけです。

 私のやり方が悪い部分はあると思いますし、実際彼の出した案の方がいいと思うことも……よくありますが。それにしても何かを言うたびに必ず文句を言う人と、話をしたくなくなるんです。


 ごめんなさい。愚痴になってしまいました。

 勇者様なら、どんなふうに対応するんでしょうか。

 考えてみたいと思います。


 また、お手紙書きます。

 今度は、もっと明るい話にしたいです。


 ルナより』






『拝啓 勇者様へ


 お久しぶりです、勇者様。

 お元気ですか?

 お手紙の日にちが開いてしまいましたが、私は元気に暮らしています。


 研究も農場での仕事も見回りもすべてが順調で、のびのびといられます。

 周りの人たちの優しさも、互いに助け合う心も、私にはもったいないくらいきらきら輝いていて、少し勇者様を思い出します。





 ……。

 ごめんなさい、勇者様。

 一つだけ嘘を吐きました。


 全てが順調、というのは嘘です。

 私、この前とても大きなミスを犯しました。


 見回りをしている時、いつもの様に魔物が農場を襲ってきたので、戦ったんです。

 数は多かったけど、みんなと協力して撃退しました。

 農場は何事も無かったんです。

 結果的に、全員無事でした。



 でも、私、深追いしちゃったんです。



 その日は研究でいつもみたいにシアンと言い合いになって。

 いつもなら指摘された点でその通りだと思えたら、あとから素直に色々考えられたのに、その日はすごくいらいらしちゃって。

 時間がたっても全然いらいらが収まらなくて、そのまま魔物が襲ってきたと連絡が入って、私、その気持ちを切り替えられないまま出ちゃったんです。

 きっと、魔物を斬っていらいらを抑えようとしていたんだと思います。

 いつもなら深追いは危ないからって止まれるのに、その日は周りの声への返事もそこそこに、逃げていく魔物を追って。


 囲まれて。


 たくさん倒したんですけど、体力は限界で。

 もう駄目だって思った時に。



 追いかけてきてくれたシアンが、かばって助けてくれたんです。



 びっくりして。慌てて残りも倒したのに。

 シアンの血、止まらなくて。

 止血しようとしているのに、全然駄目でした。

 早くみんなの元に連れていかなきゃって急いでいるのに、シアンは私の心配ばかりするんです。


 大丈夫だったか。怪我はないか。


 意識もうつろなのに、そればっかり繰り返して、私の心配ばかりするんです。

 いつもみたいに、駄目だししたり、悪かったところを指摘すればいいのに、心配しかしなくて。



 私、この時どうしようもなく自分が子供に見えて、悔しかったです。



 普段のシアンの言い方もどうかと思うけど、でも言っていることは正しいことばかりだったから、もっとちゃんと向き合えばよかった。

 いらいらしているからって、八つ当たりみたいな戦い方をするなんて馬鹿だった。

 それで周りに迷惑をかけて、――助けられて、死にかけて。


 ごめんなさい、を言えなくなるなんて、嫌だって、苦しかった。


 連れ帰って、シアンは無事に治療が上手くいって、五体満足のまま回復したけれど、私はこの時の後悔を一生忘れません。

 目を覚ましたシアンが言ったことも、忘れません。



 己の状態を確認するよりも真っ先に、「お前が無事で良かった」と。



 そんな風に相手のことを心から思えるその優しさを、私は忘れません。

 私、勇者様みたいに誰かを助けられる人になりたいです。

 そして、彼の様にどんな時でも相手を思える人になりたいです。


 勇者様。


 私に、目標が増えました。


 私が、私のなりたい自分になれる様に。

 貴方たちが誇れる様な自分になるために。

 私は、私が誇る人に誇れる自分になります。


 また、お手紙を書きます。

 勇者様も、体には気を付けてください。


 ルナより』






『拝啓 勇者様へ


 勇者様、お元気ですか。

 私は今、とても元気に暮らしています。


 いつかの手紙では色々と驚かせたみたいでごめんなさい。

 あれからも、シアンとは相変わらず口論ばかりしています。大人になるのはまだまだ先のようです。

 でも、一緒に過ごす時間も前よりずっと増えました。

 実は、シアンから褒められることも増えてきたんです。

 前は欠点ばかり指摘してきたのに、間にはさむ様に「そこはいいと思う」とか言うようになって。

 しかも、そういう時、必ずそっぽを向いて耳を赤くしているんですよ! あのシアンが!

 信じられません。これも勇者様効果でしょうか?(違うよって言われそうですね)


 周りは相変わらず喧嘩ばっかりの私たちを温かく見守って下さる大人です。

 ああいう領域に達するには、どんな修行を積めばいいんでしょうか。

 悟りを開けば、いつか、シアンとも喧嘩をせずに穏やかに話す日がくるのでしょうか。

 ……あまり想像できませんね。


 勇者様となら、いつまでも穏やかに話せる気がするんですけれど。

 やはり、その域に到達するには血がにじむような修行をしなければならないようです。


 シアンとも、みんなとも、楽しくやっています。

 勇者様も、心から笑って過ごしていることを願っています。


 またお手紙を書きます。

 勇者様、体には気を付けてくださいね。


 ルナより』






『拝啓 勇者様へ


 勇者様、お元気でしょうか?

 私はとても元気に過ごしています!


 先日は結婚式に来てくださり、本当にありがとうございました!

 まさか来ていただけるなんて、私だけではなく、シアンも、みんなもビックリしていましたね。腰を抜かしていた人もいて、勇者様が穏やかにのんびり笑っていたのが印象的でした。

 それに、シアンなんか緊張して舌をみまくって何度も頭を下げて、ちょっと笑ってしまいました。


 でも、勇者様に「彼女をよろしくね」と言われた時、はい、って力強く断言したシアンは、勇者様と同じくらいカッコ良いと思ってしまいました。


 思えば、勇者様とは私が三歳の時からずっとお話しているのですよね。

 いつも直接お返事をいただけて、私はその時にいつも元気をもらっていました。


 勇者様は、お変わりないですか?

 風邪を引かずに過ごしていらっしゃいますか?

 また戦が起こりそうだと聞いています。きっと、勇者様が止めに行かれるのだと思います。

 みんなは大丈夫、と言うけれど、とても心配です。

 祈ること、願うことだけしかできませんが、どうかお体にはお気を付けください。シアンも、そう伝えてほしいと言っていたので、ここに記します。


 もうすぐ子供が生まれる予定なんです。

 だから、いつか、勇者様にも会って欲しいと願っています。


 どうか、お気を付けて。


 ルナより』






『拝啓 勇者様


 勇者様、お元気ですか?

 私達は、親子ともどもとっても元気に……。



 元気に、ぐったりと過ごしています。



 子育てがこんなに大変だとは思ってもいませんでした。シアンや他のみんなが助けてくれなかったら、私はゾンビのように毎日死んでいたことでしょう。

 でも、そんな息子はとってもかわいくて、ぐったりしながらも、とても愛しいと、そう思えます。


 名前は、ハルシオン。


 私と、シアンと、……実は勇者様のお名前を合わせて名付けてしまいました。

 事後報告になってしまってごめんなさい。

 でも、ずっとお世話になっていた勇者様の名前を、どうしても使いたかったんです。シアンも私の過去を聞いているからなのか、絶対に入れようと何故かやる気になっていました。


 勇者様。

 まだ戦は続いていると聞いています。

 幸い、こちらの国にはまだ被害が少ないと聞いていますが、勇者様は大丈夫ですか?

 いつもたくさん助けてくださった勇者様。

 村が襲われた時だけじゃなく、私が悩んでいる時も、私の進む目標の先も、結婚を決めた時も、いつも後押しして、会いに来て、ひだまりのように照らしてくれる勇者様。

 今度は私が助けたいのに、祈ることしかできないのがもどかしくてたまりません。


 ですが、もし、この祈りで勇者様が元気になれるのなら、たくさん祈ります。

 前に、「君の手紙があるから、僕は笑っていられるんだよ」と言ってくださった言葉を信じて。

 家族でいっしょに、勇者様が無事に帰ってくることを願っています。


 また、お手紙書きます。

 どうか、ご無事で。


 ルナより』






『拝啓、勇者様


 お元気ですか?

 私は今、とてもおだやかに過ごしています。


 戦が終わり、勇者様が無事に帰って。

 それからの月日が流れるのは、とても早かったものです。

 この間息子が生まれたと思ったら、今度は孫までできて、更にひ孫まで生まれてとても賑やかになりました。

 みんな家から巣立っていくと思ったのに、農場の仕事が楽しいらしく、次々と研究者や農場の一員となってしまいました。これが、血が争えない、というやつでしょうか。


 先日は、家に来てくださり本当にありがとうございました。

 ひ孫夫婦は驚いたようですが、みんな勇者様が大好きだから、来てくださるのをいつもとても楽しみにしているのですよ。

 ハルシオンなんか、「勇者様の名前に恥じぬ研究者になる!」って小さい頃から言っていたけれど、今では世界中でも名を知らない人はいない、というくらい本当に立派になってしまいました。これが親馬鹿、というやつなのですね。


 私も、勇者様に恥じない、勇者様が誇れる私になりたい、って言っていたのがとても懐かしくなります。

 同時に、顔から火が出るほど恥ずかしくなります。すっごく大きな口をたたいていたなあ、って。……横でシアンが笑っています。どうせ、いつも大きな口をたたいていますよ。

 だけど。本当に。



 私は、……私は、勇者様が誇れる私になれたでしょうか。



 ……なんて。

 シアン、これは書かないでね。


 私は、失敗もしたし、喧嘩もしたし、たくさんたくさん、色んな間違いもしたし、迷うこともあったけれど。

 それでも、私は私の人生を歩んできたって、胸を張って言えます。


 勇者様、どうかお体にはお気を付けて。

 それでは。

 また、お手紙が書けることを祈って。


 ルナより。

 代筆、シアン』






『拝啓、勇者様


 勇者様、お元気ですか?

 私は、今、とても幸せな心地でいます。


 勇者様。

 私は、とても幸せな道を歩いてこれました。


 あの日、勇者様が私たちの村を救ってくれた時から、私の幸せは始まったのです。

 あの時勇者様が助けてくださらなかったら、私はこんなにも充実した、あたたかな日々は送れなかったでしょう。


 シアンと出会うこともありませんでした。

 ハルシオンを生むこともできませんでした。

 息子の孫を、またその子供を見ることもできなかったでしょう。


 それは、今考えるととても恐ろしいことです。


 勇者様とも、こうして手紙でやり取りができなかったかもしれないなんて。そんな恐ろしい結末を止めてくださって、本当に感謝しています。


 勇者様に出会えたから、私は前を向くことができました。

 勇者様と過ごせたから、私は私の道を歩こうと覚悟を持てました。

 勇者様が、手紙のお返事を直接渡してくださったから、私は見守ってくださっている方がたくさんいると、いつも思うことができました。



 勇者様が、私の村を、家族を、私自身を助けてくださったから、今の幸せな私が在ります。



 本当にありがとうございました。

 こうして、最後の最後まで手紙を送れることを、とても嬉しく思います。


 勇者様の道のりは、いつだって、これからも、とても大変なものだと思います。

 ですが、私のように、勇者様を大切に思う者がいることを、どうか忘れないで欲しいです。

 いえ、頭の片隅にほんの少しでも留めてもらえたら、これほど嬉しいことはありません。

 どうか、お体にはお気を付けください。

 どうか、どうか。



 勇者様の歩く未来に、勇者様の幸せがありますように。



 それだけを願っています。

 それでは。

 勇者様、お元気で。


 あなたを大切に思うルナより

 代筆、シアン』






『拝啓、勇者様へ


 勇者様、こうして私がお手紙をお送りするのは初めてですね。

 ルナの夫の、シアンです。


 いつもルナのことを気にかけてくださり、本当にありがとうございました。

 先日の葬儀にも顔を出してくださって、本当に感謝しております。

 ルナも、喜んでいたことでしょう。


 ルナは多くの家族に見守られて、逝くことができました。

 最後の彼女の顔はとても穏やかで、幸せに笑っていました。

 心残りもあったでしょうが、彼女自身は最後まで幸せに過ごしていたようです。


 勇者様。

 ずっと言いたかった。



 昔、ルナを救ってくださって、本当にありがとうございました。



 あなたが救ってくださらなければ、私はルナに出会うことができませんでした。

 出会った頃はお互いに素直になれず、プライドも意地もたくさん張って、彼女をよく怒らせたり悲しませたりしました。今思い返しても、厳しくしすぎていたと反省しています。

 私の態度にはきっと、彼女がよく話すあなたに嫉妬していた理由もあったのでしょう。

 ですが、それでも。あなたがいたからこそ、私も頑張れた。


 彼女が、あなたを目指していつだって前を、高みを目指すから。

 私もあなたを目指す彼女に負けないように、前を、高みを目指して走り続けられた。


 そのことに気付いた時、私はとても嬉しかった。


 私も、彼女を通じてあなたに助けられていたのだと。あなたがいたから、私も私の道を諦めず、常に誇れる私で在りたいと頑張れたのだと。


 あなたと初めてお会いしたのは結婚式の時でしたね。

 あの時、あなたに「ルナをよろしく」と言われて、私は誇らしいと同時に気が引き締まりました。

 あなたが支えた彼女を、絶対に幸せにする。

 より強く思えたのは、あなたのおかげです。


 あなたが優しく、辛抱強く、静かに支えてくれた彼女のことを、あなたは誰よりも大切に思っているとわかったからこそ、私も覚悟がいっそう固まりました。


 あなたが彼女から離れる時、あなたが安心できる様に。

 あなたが戦に身を投じている時、あなたのもとに無事に彼女の手紙を届けられる様に。

 それが、あなたを守ることにつながると信じて。

 彼女のことはもちろん、あなたも。

 どちらも幸せに過ごせる様にと、願ってきました。


 勇者様。

 みんなを、幸せに導く勇者様。

 私も、あなたが幸せな道を歩けることを願っています。

 誰かのためだけではなく。

 あなた自身が、いつか、あなただけの道を歩けることを願っています。


 私達にとって、とても大切な人へ。

 ルナ&シアン』






「……勇者様は、いつもその手紙だけ別にしていますよね」


 窓の近くで今まさに手紙に目を通す青年に向かって、後ろから不思議そうに女性の声がかけられる。

 青年は振り向くことはないまま、穏やかに頷いた。


「これは、僕にとって何よりも大切な宝物だからね」

「……手紙なんて、いつも勇者様を讃える同じ内容ばかりですのに」

「ははっ」


 心の底から理解できないと言わんばかりの女性に、青年は笑うしかない。

 そうだ。勇者である青年に送り届けられる手紙は、いつだって似たようなものだ。



 勇者様、ありがとうございました。

 勇者様のおかげで救われました。

 勇者様は凄い。

 勇者様がまた戦に勝った。

 向かうところ敵なしの勇者様の様になりたい。

 勇者様に憧れている。


 勇者様、助けて下さい。

 勇者様しかいない。

 勇者様なら大丈夫。

 勇者様なら何とかしてくれる。

 勇者様がいれば、この国も安泰だ。

 勇者様なら――。



 勇者が嫌われることはない。

 だが、いつだって彼らは勇者である青年を神か何かの様に扱う。

 送られてくる手紙も、一人せいぜい一通だ。二通であれば多い方で、後はだいたい忘れ去られる。



 遥か昔。魔王を倒した勇者は、その時に呪いを受けた。



 呪いは簡単。不老である。

 致命傷を食らえば死ぬし、病気にもなる。

 だが、その呪いは青年の体を屈強にした。めったに病気にもならず、怪我をしても治りが早いという、なかなか化け物じみた体となった。成長も止まった。


 おかげで青年は、ゆうに五百年の時を生きる羽目となったのだ。


 国の王の様な立ち位置に収まったせいで、よけいに彼らは勇者である青年を神格化する。中には恐れている者もいるだろう。

 だが、勇者はいつだって穏やかで、にこやかで、常に困っている者を見捨てない。治安も良く、飢えに困ることもない統治をしている。

 だからこそ、みんなは崇め奉る。

 不老である勇者を英雄として、神として。

 何かあれば、勇者にすがる。そんな人々しかいなかった。

 だから。



〝いつか、私も勇者様に助けてもらったように、勇者様の力になれたらと思います〟



 ――僕の力になりたい。そんな風に思ってくれる人がまだこの世にいたなんて、知らなかったんだ。



〝勇者様の歩く未来に、勇者様の幸せがありますように〟


〝あなた自身が、いつか、あなただけの道を歩けることを願っています〟



 ――僕の幸せを、僕だけの道を歩けることを願ってくれる人がいるなんて、知らなかったんだよ。



 久しく忘れていた感情だ。

 誰かに心配してもらい、誰かに幸せを願ってもらえること。

 遠く、まだ勇者という肩書を得る前に、両親や友人が願ってくれていたこと。

 彼らが死ぬ前に、心配してくれていたこと。

 そんな当たり前にあったあの日々を、忘れていたということを思い出させてくれた。

 だから。


「……そういえば勇者様。最近、背が伸びましたか?」


 ふと思いついた様に、女性が口にする。

 彼女は、もう何代目かも数えるのが面倒になったくらいに代替わりをした、勇者である青年の補佐官だ。

 共にいるからこそ、目線が変われば気付きやすいのだろう。


 青年は、『少女』の一生の時間をかけて、かつての日々を思い出した。

 そうして、今、人として、幸せを願ってくれる者達がいたことを知れた。

 だから、だろうか。



「……そうかな? 気のせいじゃないかな」



 魔王がかけた呪いが、解けたのだ。



 呪いには、必ず解く方法がある。

 魔王は当然解呪方法を教えてはくれなかった。散々探し回ったが見つからず、結局諦めていたけれど、どうやらとても単純なことだった様だ。

 けれど、その単純な方法は、不老で神格化された勇者には難しかっただけ。



 勇者自身を、人として見てくれること。



 それこそが呪いを解く方法だったと、誰が予想出来ただろうか。



「さて。……これからどうしようかな」



 ようやく自由の身になれたのだ。まずは彼女のお墓参りと、それからかつての家族や友人の墓を訪れてみようか。今も残っているかは分からないが、残っていなくとも、きちんと場所は覚えている。

 ずっと国のために身を粉に動いてきた。笑顔で己を犠牲にしてきた。感情をすり潰し、誰かの人生のためだけに生きてきた。


 これから、自分の道を歩いても文句を言われる筋合いなどない。


 それでも最低限、彼らに誇れる自分である様に生きていこう。

 大切に思ってくれたからこそ、青年にとっても大切な者になった存在を思う。


「すまないけど、少し遠出をしてくるよ」

「え?」

「一年くらい帰って来ないけど、何かあったら直接飛ぶから。よほどのことがあった時だけ知らせてね」

「え? は、はい? ゆ、勇者様!」


 束になった手紙を懐に入れ、青年は部屋を後にする。

 さあ、これからどんな道を歩いて行こうか。

 五百年ぶりに感じた人間としての鼓動を聞きながら、青年は青年としての一歩を大切に踏み出す。



 そうだ。どうせなら、手紙を書いてみようか。



 今までは、返事を書くとだ、と言われて大騒ぎになっていた。

 だが、もう良いだろう。

 勇者の『名前』すら気にしてくれなかった人達よりも、勇者という形だけではなく、名前ごと見てくれた大切な人達へ手紙が書きたい。


 ずっと手紙で元気づけてくれた彼女に、自分の文字でつづりたい。


 五百年ぶりに書くけれど、上手に書けるだろうか。

 しかし、きっと彼女なら、上手に書けなくても笑ってくれる。

 だから。






『拝啓


 親愛なるルナへ。

 君は、そちらでは元気にしているだろうか?

 僕は――』





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はいけい ゆうしゃさま(紹介文に注意事項) 和泉ユウキ @yukiferia

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