藍色の空、彼方の星

月輪雫

藍色の空、彼方の星

 三月。卒業式シーズン到来だが、桜が咲くどころかまだまだ寒い。夜ともなれば尚更で、息が白いことだってある。卒業式があった今日だって、晴れてはいたが空気にはまだ色濃く冬の気配が残っていて、式が終わった帰り道はマフラーが欲しくなるぐらいだった。

 卒業式の主役はあくまで三年生で、俺た二年生は送る側。スマホも普及し別に会えない距離ではないのだが、卒業式という行事はなぜこんなにも人の涙腺を刺激するのか不思議でならない。卒業式という「別れ」が人の涙腺を刺激しているのだろうか。

 卒業式を終え、俺と幼馴染は賑わいの残る校舎を後にした。向かう先は各々の家ではなく、いつものように二人そろって俺の家。一階で飲み物やらお菓子を適当に見繕って部屋に戻ると、暗くなった部屋に明かりもつけず、ベランダに出ている後姿が見えた。

「空斗、さすがに風邪ひくぞ」

 持ってきたものを机に置き、結局電気もつけないまま俺もベランダに出た。帰り道では茜色だった空に、藍色の帳が降り始めている。

「いや、ここともお別れかぁ……って思ってさ」

 俺の身長を追い越し始めた幼なじみはそうしみじみと言って、ベランダから輝きだした春の一番星を見上げている。

「空斗の家の引っ越し、明後日だっけ」

 うん、と頷いて空斗は肩を竦め、

「なんか、俺まで卒業するみたいだなぁ」

 と乾いた笑いを零している。

「先輩達の卒業式、奏汰も泣いてたな」

「……しゃーねーだろ。女子からもらい泣きしたんだよ」

 からかうように言った空斗から、俺はまだ少し赤い目元を隠すように逸らした。別に逸らさなくても日の落ち切った夕闇の中で、薄赤いままの目元なんて見えることはないのに。

「なんか懐かしいな。こうやって良く一緒に星見てたじゃん」

「懐かしいってか、この前も見てたぞ。雪降る中で」

 春先の夜はまだまだ寒い。ベランダで見上げた春の夜空はほかの季節と違って明るい星は少なく、星座も大きいものが多い。いつもより少しだけさみしく見える夜空はきっと疎らな星のせいだけじゃないだろう。

「……卒業と同時に引っ越しとか、タイミング良いんだか悪いんだか」

 空斗の見上げる方向には沈みかけのオリオン座が横たわっている。そういえば空斗と初めて見つけた星座はオリオン座だった。確か真冬の2月、南の空に輝く三連星と、そこに並ぶシリウスやベテルギウスの輝き――あの感動は一生の宝物だ。

「向こうの中学校どうだった?」

「……ここよりは都会の学校って感じ。校舎4階建てだった」

 やば、と乾いた笑いは藍色の空に吸い込まれていく。強がっているだけで本当は少し寂しい、そう思っても恥ずかしくて言えなかった。一緒に星を見上げていた空斗が、小学校の卒業と同時に引っ越してしまう――中学生になるからといって、中身はまだまだ子供なのかもしれないと少し悔しくなって、ベランダの手すりに腕を組んでもたれかかった。

「なぁ、スマホ買ったらでいいから連絡くれよ。俺、頑張って遊びに行く」

 空斗は向こうの中学校に、俺は家からほど近い地元の中学に進学が決まっていた。スマホもあるし別に行き来のできないようなところに引っ越してしまう訳ではないが、受験の控えた三年生という忙しい学年が徐々に俺たちを疎遠にさせそうで、色んな不安をぬぐいきれずにいた。

「あ、そうだ」

 東の空を見上げながら空斗は、

「引っ越し先の家、星が良く見える部屋を俺の部屋にしてもらったんだ」

 そういった空斗の声は少し震えている。なんだ、泣きそうなのは俺一人じゃなかったらしい。

「いいじゃん、向こうで見えた星座とか教えてよ」

「……国内なんだし、こことそんな変わんないよ」

「それはそうなんだけどさ」

 あ、流れ星!と、空斗の嬉しそうな声が上がる。でも、涙で滲んだ俺の目では流れ星をとらえることはできなかった。

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藍色の空、彼方の星 月輪雫 @tukinowaguma

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