変われると信じて
十七話
それは、いつかの情景。
血が、肉が、命が。
かつて人だったモノが、そこら中に飛び散っている。
灰色のコンクリートを穢す紅を無感情に見つめるのは、かつての俺。
こなしたのは、組織に仇なす敵の殲滅。なんてことはない、普通の任務。
むしろ、いつもより楽だったまである。
裏ではよくある組織同士の抗争。その終焉がそこにあった。
飾り気のない黒の戦闘服に身を包み、自分が起こした惨劇を眺める。
その心に、揺らぎはない。
その瞳に、想いはない。
もはや当たり前すぎて、任務を終えた達成感すらない。
ガラリ。
「…………?」
ふと、耳朶を打つ音に反応する。
辺りを見渡せば、崩れた瓦礫の山の中に、まだ息づく生命の反応があった。
生き残りか。
どうやら、殺し損ねていたらしい。
凄惨な現場の中を悠々と進み、俺はその瓦礫の山に近づいた。
壊れた建築物の破片。重なり合ったその隙間に、一人の少女が倒れている。
俺が皆殺しにした組織の戦闘員が来ていたモノと同じ装束を身に纏っていることから、関係者であることは明白だった。
だが、どうにも様子がおかしい。
「げほっ、げほっ……ひぃ!? うっ……おぇええっ!」
崩れた瓦礫の塵にせき込み、肉片散らばる景色を見て、真っ白な顔で胃液を吐き出している。
裏の戦闘員としてあるまじき意志薄弱さ。
まるで、日常を呑気に過ごしている一般人のような反応をしていた。
俺が首を傾げて少女を見ていると、それに気づいた彼女が慌てた様子で話し掛けてくる。
「あ、あのっ! わ……わたし、この組織に洗脳されて、無理やり戦わされていたんです! 組織がなくなって、洗脳も解けました! 貴方に敵対する意志は、あ、ありませんっ! だから……た、助けてくださいっ!」
「そうか、【
「ひぎぇ――――!?」
空間が圧縮され、血潮が飛び散る。
何か言っていたが、何を言いたいのかよくわからなかったので、異能でサクッと周りの肉塊と同じものを作った。
洗脳か。魂の力でありそれを振るう意志が重要視される異能に置いて、それを陰らせるような手段を使うとは、センスのない組織だ。
道理で手ごたえがなかったわけだと、今日の任務がやけに簡単だった理由を知り、俺は小さく首を振った。
まぁ、どうでもいいことだ。
次の瞬間には、俺の意識から今殺した少女のことなど消え去っていた。
必死に縋る声も、涙で濡れた瞳も、何もかも。
頭の片隅にさえ残らないで、俺はその場を去ったのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「…………あぁ、夢か」
ぱちりと目を開けば、見えるのは木目の天井。
灰色と赤色の凄惨な芸術作品など微塵もない、薄暗い部屋の天井。
発した声は幼く甘く、目をこすろうとした手は小さく柔らかい。
かつての自分とはかけ離れたそれにも、いい加減慣れてしまった。
顔に見えなくもない天井の染みをぼんやりと見つめながら、俺は先ほどの夢を思い返す。
久しぶりに見た、組織の駒として働いていた自分の姿。
夢という主観を客観視する方法で見たそれは、なんというか……うん。
一言でいえば、色々酷いな、と。
まるで機械。人間味などこれっぽっちも感じられない。冷酷無比な殺人マシーン。
助けを求める少女。それもだいぶ悲惨な境遇にあっただろう相手を、ノータイムで殺しに行くとか。
それに対して、『何か問題が?』と思う
影も形もなかったはずの後者が自分の中に生まれたのは、いい変化……なのだろうか?
大きく変わり過ぎた今の自分がどうなのか、いまいち判断が付かない。
胸を張って最良を豪語できるほどではないが、唾棄すべき悪と断ずる気もない。
だがまぁ、少なくとも。
コンコンッ。
「ミオちゃーん、おはようございます! 朝ですよー? 起きてますかー? 朝ごはん出来てますからねー!」
「あぁ、起きている。着替えたらすぐに行くから」
ドア越しに聞こえてきたアイラの声に言葉を返しながら、俺は寝台から起き上がる。
朝食、という言葉に跳ねた心に、思わず苦笑する。
小さくなってしまった身体。さかさまになった性別。
見知らぬ世界と、見知らぬ人々との生活。
そして――確かに変わっている、自分。
それを振り返って心地よさを感じているんだから、悪いモノではないのだろう。
寝巻を簡素なワンピースに着替え、寝癖しらずの髪を少し梳いたら、窓のカーテンを開ける。
入ってきた朝日が、変わってしまった俺を照らした。
太陽は何処でも変わらず、眩しかった。
――――異世界に来てから、一ヵ月。
俺は、平和な日々を謳歌していた。
勿忘草の幸福論理 ~凶悪なりし異能者、捨てられ幼令嬢に転生する~ 原初 @omegaarufa
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