第3話 〜盗賊のイサコとヌマコ〜

 カジノに入るなり、うねるような怒鳴り声が聞こえてきた。

カジノに熱狂した者達の勝利の雄叫び、あるいは断末魔の叫び。

その中でも最もうるさかったのがイサコだった。


「入れえええェェェ!!!」


 カジノの定番、ルーレットに賭けているようだ。

ボールは回転盤の上をグルグルと回っている。

ディーラーの男が賭け金の追加を締め切った。


「ノーモアベット!」


 イサコは叫んでいた。


「赤の七ァァァーーー!!!」


 ボールは黒の八に落ちた。

イサコは床にうつ伏せになっていた。

その横でしゃがんだヌマコが不安そうな顔でイサコの背中を揺さぶっている。


「イ、イサコぉー!」


 俺はしゃがんでいるヌマコに声をかけた。


「大丈夫ですか? この人いくら賭けたんですか?」


 ヌマコは俺を見上げて言った。


「さ、三十五万ゴールドです〜、はぁぁ…」


(いや、お前らさっき自分の武器を金に変えて、もう殆ど使っちゃったの!? しかも一点狙い……いや、もしかして勝てる根拠でもあったのか?)


 俺はヌマコに聞いてみた。


「な、なんで赤の七にそんなに賭けたの?」


 その質問には、イサコが涙ぐんだ顔を上げて答えた。


「だって、七って、ラッキーセブンの七じゃないですか!」


(こいつ……とんでもないバカだ……)


 俺は思わず声に出した。


「そんな安直な……」


 イサコは目をウルウルさせている。


「ぅぅ……」


 俺が呆れてみていると、ディーラーの男が話しかけてきた。


「いえいえ、イサコさんは確実に腕を上げてきてますよ。ニアピンはこれで三回目です。波が来ている証拠ですね」


 ディーラーの男は感心したように言った。

俺はディーラーの方を見ながら言った。


「へぇ、三回もね? アンタ、たいしたもんだな?」


 俺はディーラーの男を見ながら言った。

ディーラーの男は、俺を不快そうな目で見たが、言葉は発しなかった。

ヌマコは俺とディーラーの男を交互に見ながら言った。


「な、なんですか? 何かあったんですか?」


 俺はヌマコに笑顔で答えた。


「イサコさんが凄いって話だよ」


 ディーラーの男は俺を見ながら言った。


「失礼ですが、お客様。お客様はこのルーレットをプレイされないのですか?」


 俺は答えた。


「ああ、金なんて持ってないからな」


 ディーラーの男は笑いながらバカにしたように言った。


「大変申し上げにくいのですが、お客様。当店ではゲームをプレイされない方のご入場はご遠慮願いたいのですが?」


 俺は頭を掻きながら言った。


「分かった、分かった。出ていけばいいんだろう?」


 ディーラーの男は続けて言った。


「それと、当店と致しましては、特段、ドレスコードが決まっているわけではないのですが、最低限、常識の範囲内での服装でご来店頂きたいのですが?」


 ディーラーの男は今にも吹き出しそうな顔で俺を見ながら言った。

俺の今の格好ときたら、半年前に旅の餞別でもらった服を今もそのまま着ている。

俺はディーラーに背中を向けると、ヌマコの耳元で囁いた。



「俺はあのディーラーの出す目が分かる」



 ヌマコは目を見開いた。

ヌマコは俺に小声で聞いてきた。


「それって、つまり……」


 俺は小声で答えた。


「ここではこれ以上言えない。外で五分だけ待つ。俺の事を信じるかどうかはアンタら次第だ」


 俺はそのままカジノを出た。

三分経って、イサコとヌマコが追いかけてきた。

俺たちは、ヌマコの提案で近くの喫茶店に入ることになる。



━━そしてテーブルには、注文したコーヒーが三つ届いた。


 俺は二人に笑いながらお礼を言った。


「いやー、悪いねー!コーヒーご馳走になっちゃって!」


 俺の田舎にはない飲み物だったが、どうやらこの苦い汁を澄ました顔で飲めることが都会の人間のステータスだということだけは知っていたので、俺は澄ました顔で一気に飲み干した。


 ヌマコは心配そうに聞いてきた。


「あ、あの、熱くないんですか?」


 ……どうやら普通はゆっくりと冷ましながら飲むものらしい。

だが、今日から俺は都会人。ヌマコの心配には堂々と切り返した。


「むしろヌルかった!!」


 俺は空になったコーヒーカップに指をさしてビシッと言ってやった。

すると、近くのウェイトレスが申し訳なさそうに近づいてきた。


「お客様、申し訳ありません。入れ直しましょうか?」


 どうやら俺のマナーは何かが間違っていたようだ。

ウェイトレスの申し出を素直に受け取ると、湯気のたったコーヒーがもう一度俺の目の前に運ばれてきた。

今度は冷ましながら、ゆっくりと味わおう。

二度目は苦さの中にも何かを見つけられるかもしれない。


 俺がコーヒーの湯気を見つめていると、イサコが口を開いた。


「えーと、早速で悪いんですけど、どういうこと? 出す目が分かるって」


 俺はコーヒーの湯気を吐息で散らしながら答えた。


「ああ、ありゃあイカサマだよ。典型的なね」


 ガタッ!


 イサコは音を立ててその場で立ち上がった。


「なんですって!? あの男!私がコメカミをぶっ叩いてやるわ!!」


 俺は右手をパタパタと上下に振って、イサコを座らせた。


「コメカミをぶっ叩いても金は戻ってこないぞ? それどころか、犯罪者として最悪ブタ箱に入れられるだけだ。どうする、俺と協力しないか?」


 ヌマコが首を傾げて聞いてきた。


「協力って何ですか?」


 俺はコーヒーを一口飲んで答えた。


「金だ。俺は金を持ってないから、あの場に戻って出る目を教える。成功報酬の三割で手を打たないか? 君らが七割だ」


 イサコは呆れたように返した。


「あのねぇ、私たちもう百万ゴールド近く負けてるのよ? もう残ってるのは三万ゴールドちょっとだし、十倍にしたって三十万ゴールドで、その上、三割も払ってたらやってらんないわよ」


 俺は笑って返した。


「三割払った上で、百万のマイナスが百万以上のプラスに変わるとしたら?」


 イサコは驚いて答えた。


「マジ?」


 俺はニヤリと笑った。


「マジだ」


 こうしてイサコとヌマコは俺の提案に乗り、三人は再びカジノという名の戦場に向かうことになる。

今度は志を同じくする仲間として。


 しかし、ひとつまいった事がある。

もし俺の言った目がハズれた場合の処遇についてだ。

二人は口を揃えてこう言った。


「全裸逆立ちで街を一周!」


 ハズせば俺は公然わいせつ罪でブタ箱に送られるだろう。

負けられない戦いが、今はじまる。

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最強の俺と盗賊娘たちの墓荒らし生活〜魔王討伐に駆り出されたくない一心で無能アピールをしていたら本当に追放されました〜 すけあり @scarymons

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