【7】事件解決:エンディング
ルベルの体調はとても悪い。それは魔術の行使によるものだ。
一日、二日と滞在し、透夜の傷は完治を迎え、あの日以降の夜も哨戒警備を請け負っていたが、何事もなかったかのように消えている。
改めて五名の人。三匹の動物へ、弔いを捧げながら、エヴァンスの取り戻した日常を見る。
酔っ払いどもは勝利を祝うような酒を最後に、やつれていたような顔も元気を取り戻し、毎日の日が出る時間、元気に海へと出ていった。
そして。
「……あ」
「起きたか」
三日目。貸し出された宿の寝台で、やっと目を覚ますルベルに透夜は声を掛ける。
彼女はしばし状況が把握できないでいたが、慌てるようにばっと起き上がり、今が朝であること。そして透夜が比較的穏やかな顔でいることに、理解を示す。
「……終わったんですね?」
「ああ。エヴァンスに悪魔はもういない」
――透夜は。
あの末裔を名乗る存在を、誰にも明かすことはなかった。
その理由は、ヴァンパイアを滅ぼすという動機の元で活動する自分自身や、ルベルらにとって、ノイズでしかないと勝手に判断してしまったためだ。
だからヴァンパイアの真実を、知る者はいま透夜しかいない。
「ひとまずお疲れ様だ、ルベル。休めたか?」
「は、はい。お疲れ様です……あの、どれくらい……?」
「丸二日間くらいか?」
「うわ」
「自分で引くのか」
わしゃわしゃとそのウェーブがかった艶髪を抱えて呻くルベルに、つい苦笑してしまいながら。
「美味いものを食べに行こう、ルベル」
「……はい」
港町エヴァンス。ここの料理は新鮮で、どれもが美味しいのだと漁船員の男たちはしつこいくらいに勧めてくる。
だからと、そうやって誘った透夜は、ただの仕事仲間としてルベルを見ているのではなく、戦友としての親愛を込めて、目を覚ましたルベルを連れ出した。
◆ ◆ ◆
「聞いてください、嘘じゃありません! 私ちゃんと倒しました!」
道すがら、二人で話す。ルベルは真に迫って「蛸型のヴァンパイアがいたんです!」と声を張るが、いまいち透夜は信じていなさそうだ。
それに不本意そうな様子でむくれるルベルを、面白がるように見ながら。
「……纏めると、おそらくだが、ヴァンパイアは進化していく生物だ。だから徐々に、徐々ではあるが、ただの獣とは違う知恵を手に入れ出す」
「はい」
「レークスの魔術がなきゃ、俺は二体の狼型を相手取れなかった。感謝する」
「……こちらこそ、私一人では手に余る案件でした。貴方がいてくれて良かったと、心の底から思います」
「たぶん、これからヴァンパイアは更に凶悪になるだろう」
考える。良くも悪くも、今回の件はあまりにも――今までの形式としてあったヴァンパイアハントから逸脱しすぎていた。
そして、それが今回だけじゃなくなるのも、理解できてしまった。
「トーヤは教会に入りませんか? その、その腕があればきっと多くの同業者から認められると思うのですが」
「ありがとう。でも俺はこのままでいい。報酬だとかはルベルが持っていってくれ」
「それは……」
「もともとそういうのが目的じゃないからな。対して、ルベルは地位復権があるのなら、手柄として誇っていくべきだ」
今までも。これからも。そして、透夜の目的として、一つの指標が見えたのであれば。
キリウス・アルマデスを殺し、ヴァンパイアを殲滅する。
エヴァンスでの悪魔退治を経て、新しく透夜の掴んだ目標だ。
「なら……トーヤ」
この旅は一期一会。たまたまこのエヴァンスの地で鉢合わせ、ぶつかることなく協力できたが、二人は二人のそれぞれの旅をまた始めて、もう会うことはないかもしれない。
それはとても悲しいことで、名残惜しさすら感じていると――しかし彼女は、その足をぴたりと止め、迷いながらも口にする。
「良ければ手を組みませんか? 貴方と私で、私はレークスの復権のため。貴方は村の仇を取るため。……その、これからもっともっと強くなっていくのでしょう?」
「………」
「言い換えます。私に協力してください、トーヤ。貴方の力を、私の手柄として使わせて頂きたいのです」
「……敢えて聞くが、対価は?」
「ハンターの始祖。その末裔。王家の知恵とその秘術を、貴方に惜しみなく明かすことを約束しましょう」
「………」
「え、えっと、ずっと独学だった貴方には、ものすごく口から手が出るような情報価値でしょう? ね? ね??」
案じるように顔を覗き込み、自分でも対価として釣り合ってないと思っているのか気まずそうに人差し指をつんつんと突き合わせる彼女を見る。
だが、確かにそれは、透夜にとっては。
「……そうだな。十分だよ、よろしくルベル。タッグを組もう」
それは利用などではない。どちらかというと、このエヴァンスでの悪魔退治を経た上で――一人孤独に続けるよりも、共に出来る方が楽しいだと、安心できるのだと知った。
だから。
「魚! 美味しいですね!」
「……予想外だ。もっと早く食べてればよかった」
「あら。私が寝てる間に食べに来てはいなかったのですか?」
「どうせなら、一緒に食べたいと……」
「馬鹿ですか。もったいな! 私だったらもう毎食これにしてますよ!」
「は! な、いいだろ別に――」
――そこに。
二人組のヴァンパイアハンターがいた。
片方は、ただの平民でありながら、ヴァンパイアに村を滅ぼされた復讐心から悪魔退治へと乗り出した青年と。
王家の末裔として、古代より今なお続くヴァンパイアとの闘争に、終止符を打つため戦い続ける赤い目の少女だ。
二人とも、今まで笑うことがなく、心を開く相手もなく、その身を闇に捧げてきたが。
「ここはもう大丈夫そうだな。名残惜しいが、次に行こう」
「そうですね。次のヴァンパイアの居場所は――」
いくつもいくつも、これから旅をしていって。
その行き着く先に待ち受けるのは、きっとキリウス・アルマデス。
その果てに、待ち受けるのは、勝利かあるいは……。
この物語の、終着点。
(エヴァンスの悪魔・了)
【17000文字小説】エヴァンスの悪魔【読み切り短編】 環月紅人 @SoLuna0617
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