鋼鉄令嬢(読み切り版)

南雲麗

本編

「距離三〇〇……三五〇……」


 機械のまなこが、チキチキと私と敵の距離を計算していく。今はあえて泳がせている段階だ。あまり近くで撃ち出すと、。ゲスもゲスな野郎だけど、一応でもある。殺してしまえば、流石に私の不利益だ。


 始めに言っておく。私は機械の体を持っている。より正確には【魔導制御式・自動人形】というらしい。つまるところ、魔法で動く機械の体というわけだ。では『私』とは、一体なんなのか。さっくり言えば、この自動人形の『魂』である。

 私……伯爵令嬢マリーナ・アイアンには前世の記憶がある。とは言っても、あまり大したものではない。病弱で、色白で、だいたいいつも点滴に繋がれていて。生涯のほとんどを、病室で過ごして寂しく死んだ。その程度の、さして重要でもなかった人生の記憶だ。

 それがどういうわけか異世界の、からくり人形の中に入ることになってしまった。そしてその世界の両親に、もんのすごーく喜ばれてしまった。


『あああ! 我が娘を模した自動人形に、娘の魂が帰ってきた!』

『生き人形! あの子が帰って来るなんて!』


 違いますなんて、言えるはずもなかった。聞けば夫婦は、年頃のご令嬢を不幸な事故で失ったらしい。それで職人を雇い、人形を作ってもらったのだという。

 大抵は故人の似姿を作って家族で楽しむだけのものらしいのだが、稀にこうして魂が入ってしまうのだとか。そうなるとまあ、『本人』ということになってしまう……らしい。


『これが……外の世界』


 まあそういうわけで、私は貴族の学院とやらに入学することになってしまった。

 手続きとか色々の面倒とかはあったけど、その辺については両親がどうにかしてしまった。これが親の愛というものなのだろうか。私の実の両親は――いや、どうでもいいか。


『いやっ! 離して下さい!』


 その声を私の聴覚が拾ったのは、昼下がりの頃だった。入学式と顔合わせを終え、おおよそ三々五々に散り始める頃――私は学校見学を兼ねて、中庭のベンチで人間観察をしていた。

 通りかかる学生たちの年頃は、見るからにおおよそ十五から十八。あらかじめ聞かされていた通り、基本的には高校という認識で間違いないようだ。まあ前世ですら、高校に通ったことはないのだけど。

 そんな些細な事はともかくとして、声を頼りに私は、中庭の一角を視界に収めた。見目麗しき天然物の娘御が、いかにもなご令息とその取り巻きに囲まれているではないか。しかし他の生徒は目をそらし、足早に去っていく。誰一人、娘御を助けようとはしていない。


『ふむ』


 私は推測を立てた。おそらくゲスなご令息は、貴族でもそれなりのところの者なのだろう。取り巻きの態度から見ても、あからさまに上位者感を出している。皆が触れずに避けていくのは、彼の出どころに睨まれたくないからだろう。

 まるでマンガかラノベの世界だなと、私は嘆息した。病院での暇潰しで、幾度となく読んだ記憶がある。ご都合主義よりかは、山あり谷ありのほうが好きだったか。


『おい、おい。聞いてるか?』


 そんな思考にふけっていると、上から降って来る声があった。見れば先ほどの取り巻きの一人である。いつの間に移動していたのだろう。私に向けて、傲慢な視線を向けていた。


『ここは今から俺たちがお楽しみするからどけっつってんの。それともなに? キミもお楽しみに加わりたいの? 悪くはないけど、頼み方ってものがあるんじゃないかな?』


 おおう。こっちが黙っているのをいいことに、勝手にまくし立ててくる。私は相手をよく観察する。金髪にそれなりの顔、体型も悪くない。まあそれ自体は、あちらのご令息も変わらないのだが。


『……』


 ともあれ、私は立ち上がる。娘御を助けるかどうかは置いといて、変な因縁をつけられるのはごめんだった。


『お、いいねえ。素直な娘は、俺っちも大好きだ。やっぱり一緒に楽しもうぜ?』


 立ち去ろうとした私の手に、掴まれた感触。そして引っ張られた感覚。これなら、正当防衛の範囲に収まるか。


『お断りします』


 私は引っ張り返す。同時にそっと右足を下げ、金髪の足をそっと刈る。両親から覚え込まされた、アイアン家流の戦闘術だ。私が機械だと知らぬ彼には、効果てきめんである。面白いように刈られて、たちまちすっ転んだ。


『痛え!』

『お?』

『なになに?』


 すっ転んだ男の叫びに、たちまち他の男が群がって来る。だから私は、あえて加速した。敵手の意表を突き、寄って来た三人ほどを一瞬で抜き去る。


『え……』


 耳に入ってくる、驚きの声。さもありなん。人間にはおよそできない加速を、私は行使した。

 仮に生き人形だとバレるにしても、別段問題はない。ほんのちょこっと、生殖機能が皆無な程度だ。そのくらいなら、前世でもそうだった。ほんのちょびっと、悔しいけれども。


『あ、え』


 私はようやく頭目――おそらくはやんごとなきご令息――の御前に立った。


『な、なんだねキミは! この私。公爵家が長男、カッタータ・トルンの邪魔をしようというのかね!』


 ご令息が胸を張って宣言する。なるほどなるほど。家の威を借る狐ということか。一応、私からも挨拶をしようか。礼儀の正しさに損はない。


『ごきげんよう。私はアイアン伯爵家が一子、マリーナ・アイアンと申します』


 スカートにブレザーの制服姿とはいえ、両親に仕込まれた一礼程度は素直にこなせる。少々不遜になってしまったかもしれないが、私は内心で胸を張った。


『な、なんだ。伯爵家の者か! しかもアイアン家だと? 我が公爵家は、代々大将軍を輩出している家柄ぞ! 軍内の格でいえば』

『上でございますね』


 私は一歩、踏み出していた。家格の威を借りて場を収め、おなごとお楽しみに洒落込もうなど、わがまま令息にもほどがあるだろう。

 私は見目麗しき娘御をちらりと見る。あれだけ嫌がっていたはずの顔が、いつの間にか赤らんでいた。ええい、一旦置いておこう。


『ですが嫌がる娘御を無理に誘おうなど、貴族の礼から言っても無礼千万。ついでに我が家の家訓にはこうあります』


 再び瞬間的に加速し、ご令息と娘御の間に割って入る。娘御を引っ張ろうとしていたのだろう。彼の腕が邪魔だったので、捻ってやった。これもまた、アイアン家流戦闘術だ。


『がああっ!?』

『【上官の息子は上官にあらず。死なぬように、たっぷりしごけ】と』


 アイアン家は、軍内でもとりわけ訓練を担当する家柄だった。それこそお貴族様の令息を預かる近衛軍から、農家商家のやんちゃ坊主を預かる常備軍まで。すべての訓練を練り上げるのがアイアン家のお役目だった。

 その鍛錬において上官の息子に手心など加えたらどうなるか? 待ち受けるのは本番での討ち死にだ。そうならぬようにたっぷりしごく。それが先の、家訓の意義である。


『クッ、離せ!』


 それでも相手は男子である。性根は腐っていても、力は強い。強引に私の腕を引き剥がし、全力逃走の構えに入った。


『お前のことは、職員に言いつけてやるからな! 覚えていろ!』


 見事な捨て台詞を吐き捨て、逃げに入る公爵令息。さてこうなると少々困る。相手が訴え出られなくなるくらいの……と思ったところで、はたと気がついた。私には、があるではないか。両親がに用意した、最大級のプレゼントが。


 スチャッ。


 私は右腕を地面と平行に構えた。魔導のまなこで、距離を測る。


「距離三〇〇……三五〇……」


 私は周りを見ていない。ご令息、御学友の頭部だけを見つめている。隣で目をうるませている娘御がいるなど、知ったことじゃない。


「てっ」


 私が小さくつぶやくと、右腕の肘から先が切り離された。魔導で誘導される、鋼鉄の腕。前世的に言えば、だ。距離はたちまち詰まっていく。音に気づいたのだろう。ご令息が、こちらを向いた。今だ。

 私が念じた。拳が止まった。ご令息の汗まみれの顔を、私の機械の目が捉えた。よし。


 つんつん。


 ご令息の額を、人差し指で突っついてやる。それだけでご令息は膝を付き、崩折れた。遠目からだとはっきりとは見えないが、股間を濡らしているようにも見える。これではとても訴え出られまい。私は腕を呼び戻し、取り付けながら中庭を去って行った。


 ***


 当然この後、もう一騒ぎあった。その後も卒業まで色々とあった。そうした騒動の果てに【鋼鉄令嬢】なる因果な二つ名を頂いたり、娘御が私に引っ付いて離れなくなってしまったりしたのだが、それはまた、別の話である。

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