第17話:エピローグ
「レイさん、これはここに置けばいいですか?」
「ありがとう、そこでいいわ」
未来は箱に入った荷物を部屋の隅に置いた。部屋の中には棚やベッド等生活必需品が並べられている。
「でも、良かったんですか? カイルさんの家、部屋空いてるみたいですしお母さんと一緒のほうが」
「……血のつながりがあるとはいえずっと別居していたおっさんと暮らすのはやっぱり抵抗があるし、両親がいちゃついているのを見せられるのもつらいし、それに――結構バチバチやり合ってるのよね。母さんとマリー。精神的に疲れるわ」
マリーはカイルの契約精霊だが、もう十年以上彼と共にいたらしく、今更離れるわけもないので実質同居状態だ。精霊なので姿を消すことはできるが逆に言うと突然現れることもできるわけで、全く気が休まらないらしい。
「なるほど……カイルさんも大変そうですがまぁ頑張ってもらいましょうか」
荷解きを手伝いながら未来が呟く。ここは未来とレイが共同名義で購入した家である。それなりの広さはあるので中心街からは離れているとはいえ相応の値段だったが、レイはカイルから、未来は領主から無利子で借金をして購入していた。
「そうね……。よし、あとは私がやるから大丈夫よ。とりあえずお昼を食べがてら中心街に買い物に行きましょう。母さんやストリア、一応カイルも家に来るらしいし、もてなしの準備をしないと」
「そうですね。出かけましょうか。……あ、そうだ、ちょっと来てください」
未来はレイを手招いて、テラスに出た。ウッドデッキになっており、町並みとその先の海が一望できる。色とりどりの家々と、人々の営みが見て取れた。
「……いい景色ね」
「でしょう! この景色が気に入って選んだんです! ……私が以前、望んでも決して手に入らなかったものが、ここには詰まっているんです」
コンクリートで囲まれた狭い部屋。人との交流は訓練か殺し合い。外の景色どころか部屋の外でさえ見ることのない、閉鎖的な空間。それが未来の日常だった。それが――。
青く輝く空。鳥が舞い、緑が溢れ、人々は笑う。そして隣には微笑む天使。
「あー! 最高ですね! 私こんな幸せでいいのかな」
「いいと思うわ。だってその分苦労したのだから」
レイの笑みを見ながら、未来は問う。
「レイさん、ここでしたいこと、何かありますか?」
「そうね……とりあえず」
レイは街の奥に広がる青を指さした。
「海で泳いでみたいわ。……空には、海ってなかったから」
「――いいですね。私も海は、ここで初めて見たんです。やりたいことリストに載せないと」
「あなたは? ミク」
「私は――この街で、この家で、毎日起きて、ご飯を食べて、お仕事をして、みんなと話をして、レイさんと一緒に……ずーっと、生きていきたいです。おばあちゃんになるまで、ずっと」
レイは少し呆れたように口を開く。
「そんなこと、叶うに決まってるでしょう、一緒よ、ずっと。だからもっとすぐにやりたいことを考えましょう」
少し、未来は驚いた。当たり前に、ずっと一緒だなんて、言われると思っていなかったから。
「ほ、本当ですか。じゃあどうしようかな。あ、旅行とか、行きたいですね。色んなもの見たいです。森も、山も、砂漠も、川も、雪も、ほとんど見たことがないので」
少し気恥ずかしくなって、視線を逸らし、早口で。
「そうね。お金貯めて行きましょう。仕事をいっぱいして。美味しいものも食べたいわね。あと、服も欲しい。おしゃれな家具も。家の借金もあるし、忙しいわこれから」
指折り数えるレイを見ながら、未来は空を見上げた。
少し前まで、部屋に閉じこもって人を殺す訓練だけをしていた自分。結果的に、殺されてしまったけれど、その結果として今がある。あの時、生き返らせてくれた存在に、心から感謝を。
第二の生と、天使との出会いに、感謝を。
殺し屋少女と天使の邂逅録 里予木一 @shitosama
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