第16話:神殺し

 ストリアが呼び出した白い巨人が天使たちを蹂躙する。さすがに皆殺しとはしていないが、巨人の放つ光線により天使はほぼ無力化されていた。


 カイルはマリーを召喚し、ライラの護衛を彼女に任せていた。ひとまず周囲の敵は一掃し、一息つける状況になったらしい。レイが将軍とともに外に出て行ってしまったのは気がかりだが、まずはこちらだけでも脱出するのが良いだろう。


「ストリアさん、飛竜出せますか?」


「……ああ、そうだな。いったんここにいる連中は掃討した。追手がかかる前に早く――」


「へえ、これ、どこの巨人? キカイってやつじゃないのかな」


 ――何の気配もなく、ストリアと未来のすぐそばに、その少年はいた。興味深々と言った様子で巨人を見上げている。――いや、少年の姿をした化け物だが。


「撃て!」


 ストリアは巨人に指示を出す。巨人は躊躇なく手に持った銃を少年に向け――その右腕は一瞬で切り落とされた。


 少年は何もしていない。剣がひとりでに抜け、信じられない速度で巨人の腕を切断したのだ。


「悪くはないけど、これならさっきの彼のほうが強かったかな。あくまで兵器だねこいつは」


「くっ……」


 珍しく焦りの表情を浮かべ、ストリアは次の指示を巨人に出そうと口を開く。


「ストリアさん。巨人を戻して、飛竜をお願いします」


 未来は、それを制止した。


「……へえ。僕がそれを見逃すとでも?」


「さすがにそれは無理だと思います。なので――私があなたを殺します」


 未来は、特に感情を込めることなく、神であるフレイに言い放った。


 



「殺す、ね。簡単に言うけど、そもそも神って基本的には不死なんだよ。知らないかな人間は。無知は時に滑稽だ」


「そうですね、知識としては知りませんでしたが、わかります。あなたは不死。死なない存在。ということは――」


 少女は、少し笑みを浮かべた。


「私の獲物ということです。私は不死の存在を殺すために、造られたのですから」


 フレイは、取るに足らないはずの人間の少女を凝視した。


(なんだ、こいつは? 何を言っている? 待て。こいつの魔力――何か、ある。普通の人間じゃない?)


「言うね。じゃあ、君は何者なんだい? 無知な僕に教えてくれよ」


 内心の焦りはおくびにも出さず、フレイは目の前の少女に問いかけた。


「私は不死殺しの人形。そのために多数造られた実験体の、出来損ない。残念ながら最後には残れませんでしたが、きちんと機能は有しています。時間もありませんので、お見せしましょう。――ああそうだ、最後に挨拶を。初めまして不死の神様、そしてさようなら。あなたの死後に幸があらんことを」


 スカートをつまみ、一礼をする少女。そののち彼女は目を閉じ、両手を広げた。まずい。何らかの魔術を発動させようとしている。止めないと。いや、たかが人間だぞ? 焦る必要がどこにある? 一瞬の躊躇。その隙に、言葉が紡がれた。



「ハルペー、起動」



 未来の手には巨大な鎌があった。首を刈る形。伝承において、蛇の髪を持つ女神の首を落とした神器である。


 フレイは目を見開いていた。なんでお前がそんなものを。あるいは、人間の使う神器なんて神に通用するわけがない。だろうか? 残念ながらもうわからない。だって――未来は言葉と同時に縮地を使い、ハルペーが現れた瞬間にフレイの首を刈っていたのだから。


 余計な口上に付き合う間などない。殺せるときに間髪入れず殺せ。殺人人形としての当たり前の教えである。愚かな神。不死でなければもう少し命を大事にしただろうに。



 フレイの切断された首からは特に血が噴き出すこともなく、地面に落ちると掻き消えた。同時に身体も消滅している。


「レイさん、これでいいですか?」


 未来は地上から上がってくるレイの軌跡を見ながらそう呟いた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



そうして、障害を取り除いた一行は、ストリアの呼び出した飛竜に乗り、メルトの町へ向かっていた。雲は大きく移動しており、町に戻るまでには結構な時間を必要としている。


「そういえば……何も考えず神を殺してしまったんですが、仲間が復讐に来たりします?」


 未来が恐る恐る尋ねると、ライラは少し考えた後に首を振る。


「神って個人主義だし、仲間意識があるほうが珍しいわ。天使も別に役割として神に従っているだけで、そこに情があるかと言われると微妙なところだし、わざわざ地上にまでは来ないんじゃないかしら」


 それを聞いて未来は安堵した。あの時は無我夢中で取りうる選択肢はアレしかなかったとはいえ、問答無用で殺したのはまずかったかと反省していたのだ。


「そもそも神だから、殺されたくらいじゃ死なないと思うわ。さすがに簡単には戻ってこれないでしょうけど、滅びたわけじゃなければ時間が経てば復活するでしょう」


 まったくもって化け物だ。そういえばハルペーで首を斬られた女神は、首だけの状態でも相手を石化させることができたという。神というのは首を斬られたくらいでは死なないのだろう。


「そういえば母さん。何も考えずさらってきちゃったけど、大丈夫だった? これからどうしようかしら」


「天使が今の私を取り戻しに来るかはちょっとわからないけれど……あえて来るかというと微妙かしらね。そもそも命令を下した神が死んじゃったし。とりあえず地上で暮らすのが良さそうね。ひとまずカイル、部屋を貸してくれないかしら」


「……ああ、俺としても色々話したいことはある。とりあえず戻って、休んだら今後のことは決めよう。レイのこともな」


 よく考えればあそこは親子水入らずの状況だ。未来はストリアに声を掛けた。


「そういえば、あの、アーサーさんは大丈夫なんでしょうか」


「――ああ。さすがに相手が悪かったな。まぁ、アレは実体じゃない。時間はかかるがまた呼び出せるようになる」


「そうですか……それなら、良かったです」


「もうすぐ着くぞ、夜明けも近いな」


 飛竜の羽ばたき。朝に至る前、薄紫の空。薄明りの中見えるのは、色とりどりの家々と、背後に広がる広大な、海。


「――綺麗ですね」


「そうね」


 気づけばレイがすぐ背後にいた。カイルとライラはその後ろで何やら話している。


「私達、これからここで暮らせるんですね……あぁ――なんて幸せなんでしょう。レイさん。私はずっと、狭い部屋の中一人でした。それなのに今、竜の背に乗って、こんな美しい街並みと景色を見ているなんて、夢みたいです」


 未来は、知らず涙を流していた。こんな奇跡、起こっていいのだろうか? 


「私も、似たようなものよ。母と、いけ好かないけれど父と、暮らせるなんて。幸せね。……ありがとう、ミク。あなたに会えたから、いま私はここにいるのよ」


「私もです。レイさん。これから、色々なこと、しましょうね。楽しみです」


「ええ。一緒に、過ごしましょう。この美しい街で」


 二人は手を取り合った。朝日が昇り始める。昔とは違う、奇跡みたいに輝く、一日が始まるのだ。


 


 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る