第15話:重力に抗う

 紫に染まる空を背に、レイとニールは激突を繰り返す。それぞれが纏う白い光がまるで流星のように軌跡を描いた。


 ニールは手に槍を持っている。近接戦闘では不利だったが、その分レイのほうが機動力で優っていた。総合力では引けを取らないはずだったが……。


「結界のせいで狭いわ……速度が生かせない」


 大陸周囲に張られた結界により移動可能な範囲が大きく制限されていた。そのせいもあり、戦況はニールに傾いている。その上、周囲を大きく囲むように天使たちが十名ほど浮遊している。おそらくニールの部下で、脱出を防止するつもりだろう。


「このままだと徐々に削られるわね。強引にでも突破していっそ外へ――ん?」


 レイの視線の先、ミク達がいるあたりで巨大な魔力が膨れ上がったと思うと、白い巨人が姿を現した。――おそらく、ストリアの切り札だろう。さすがにニールは戦闘中のこちらから視線を外すような真似はしなかったが、彼女の部下たちはその姿に驚き、明らかに浮足立っている。この機会を逃す手はない。


「ありがとう、ストレア、良いサポートね」


 レイは急加速し、天使達の輪を潜り抜けて一気に外へと続く門へと向かう。現在は扉が固く閉ざされているが、こじ開けることは十分可能だろう。


「しまった! 追うぞ!」


 ニールはレイの意図を悟ったのか慌てて追いかける――が、速度で優るレイには追い付けない。白い巨人を眼下に見つつ、レイは門に向けて最高速度で突進する。纏う結界を錐状にして、先端に全魔力を注ぎ込み――そのまま門へ激突した。多少反動はあったものの、強固な結界と加速により、門には大穴が開いていた。レイはそのまま外へ出て、ニールの様子を結界越しに眺める。追ってこないようなら多少考えなくてはならなかったが、レイの意図通りニールは門の穴を通ってレイを追いかけてきた。


「……やってくれたな、貴様」


「油断するのが悪いのよ。さて……続きは囲いのない、ここでやりましょう」


 レイの周囲に無数の光弾が生まれ――様々な軌道を描きニールに向かっていく。同時にレイは天に向けて上昇していった。


 ニールに放たれた光弾は彼女の結界ですべて防がれたものの、防御のためその場に留まっていた。その間にレイはどんどんと翔けあがる。既に雲は遥か下。だがそれでも星々は天高くで輝いている。ここまで来ても全く手は届かない。そして、今日は新月だ。


「残念だけど、お月見はまた今度ね」


 レイは重力に抗ってどんどん上昇する。やがて、ニールの姿がかろうじて見える程度にまで距離が開いたところで静止し、漆黒の空を見上げた。


「また今度ね。さよなら」


 星空に別れを告げ、ニールに向かって拳を構え、高速落下する。勢いは殺さず、全魔力を用いて加速。纏った魔力が尾を引いて、彗星のように輝いた。



 ニールはその様子を見て笑みを浮かべると、そのままレイに向かって飛翔した。彼女もレイと同様、魔力を纏っている。ただしその先端には槍があり、一際強く魔力を纏い、輝いていた。


「愚かな。落下の勢いを借りれば勝てると思ったか? 所詮貴様は人間との混血。魔力量では私には勝てん。まして――こちらには槍がある」



 落下するレイ、上昇するニール。拳と槍の先端がぶつかり合う。一瞬拮抗するが――すぐにレイが押し返された。ジリジリと音を立てて、拳にまとう魔力が削られていく。


「これが貴様の使用可能な全魔力だろう。すぐに突き破ってやる。それで終わりだ」


「……あなた、記憶力が悪いのね」


「は?」


「私は人間との混血、そういったのはあなた。じゃあ、人間の得意とする魔術は何かしら?」


「――そんなものはない。奴らは魔道具を使いながら簡単な魔術を使う程度しかできん」


「そうね。人間はそういうの、マルチタスクって呼ぶんですって」


 レイの言葉と同時。彼女の背面から魔力の光弾が射出された。



 ――本来、天使は複数魔術を同時に使えない。一つの巨大な魔力を生成し、それを防御、加速、攻撃に振り分ける形だ。だが――レイは純粋な天使ではない。魔術のマルチタスク。それは人間の得意技だ。その血を継ぐレイならできるのではないか、とアドバイスをしたのはカイルだった。実際、何度かの練習でレイは複数の魔術の起動が可能となった。さすがに複雑な動作は難しいが、今のように全身に魔力を纏いながら、光弾を放つくらいのことは可能である。


 想定外の魔力弾。通常、ニールなら意に介さず防げるレベルである。しかし彼女は今全魔力を槍と結界に注いでいる。光弾は無防備な彼女の身体に撃ち込まれた。


「ぐっ……! 貴様……!」


 即墜落こそしなかったものの、大きくよろめくニール。


「これで――終わりよ!」


 よろめいた拍子に穂先がずれた槍をするりとかわすと、レイ全推進力で加速し、ニールの顔面を思い切り殴りつけた。そのままの勢いでニールもろとも地上に向かって落下していく。その様はまるで、墜落する隕石。


 どおん、と大きな音を立てて二人は地面と接触した。激突の拍子に魔力が爆発し、巨大なクレーターができている。


 さすがに死んでこそいないが、ニールはピクリとも動かない。レイはその様子を見て大きく息をついた。


「ギリギリだったわね。カイルから魔力の複数同時起動を習っていなければ、負けていたのは私」


 そう呟いて、天を仰ぐ。ここからではただの巨大な雲にしか見えない、大陸を見つめる。


「ミク……待ってて」


 彼女自身魔力はもう残り少ない。肉体的にもダメージは軽くない。だがこの戦いは彼女が始めたものだ。最後まで見届ける義務がある。羽を顕現させてふわりと浮かぶと、そのまま空を覆う雲に向かって飛翔する。重力に抗いながら。


 

 


 






 

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