第14話:英雄
少女は幼いころ、一人だった。
エルフと人間の混血。どちらにも馴染めず、それどころか迫害さえされかねない状況。エルフである母は、自身を守るために少女を捨てた。父は少女のために身を粉にして働いた。結果、少女は独り、現実から逃げ、物語を読み耽る。そこで出会ったのは、一人の騎士。剣を引き抜き王となり、巨大な王国を手に入れ――裏切りによって、国を滅ぼされる、強く悲しい騎士王だ。
少女はその物語に、その騎士王に憧れた。それから何年も、何十年もかけて、その王に会うためだけに魔術を磨く。そして――届いたのだ、魔法に。
◆◇◆◇◆◇
「ストリア。彼は?」
「神、だそうだ。名はフレイ」
「彼自身も、その剣も、なかなかに厄介そうだね……状況は概ね把握している。僕は、時間を稼げばいいんだろう?」
「ああ。ただ、結界はふさがれてしまったからな。全員揃ったらすぐに塔を脱出して、出口に向かわなくてはならん。カイルたちは下から登ってきているらしいから、少しだけ頼む。アーサー」
「了解。任せてくれ」
「物語の英雄を呼び出す――か。仮初の存在とはいえ、魔法の領域だね……面白い」
神――フレイが笑みを浮かべながらアーサーを見る。
「そちらこそ、まさか神様なんて存在と戦うことになるとは思いもしなかったよ。ここにいるだけでも恐ろしい圧力だ。でも――逃げ出すわけにもいかないからね。少し付き合ってもらう」
アーサーは光輝く剣を両手で構えた。応じるようにフレイも腰の剣を抜く。
「望むところだよ」
◆◇◆◇◆◇
「ストレア!」
カイルが塔の屋上に飛び出す。直後に未来と、ライラの手を引くレイも続いた。そこで繰り広げられていたのは、英雄譚の再現だった。
莫大な魔力が込められた輝く剣を持った金髪の青年が、同じく金髪の少年に向けて剣を振るう。斬撃は光の刃となり少年に襲い掛かるが、彼の手にした剣によりあっさりと弾かれる。そんな打ち合いが攻守を変えながら行われていたのだろう、塔の屋上はボロボロになっていた。
「みんな来たか。急いで離脱するぞ。……あの神、化け物だ。アーサーでもいつまで保つか……」
「そんなに差がありますか? パッと見た感じ、対等に戦えているようにも見えますけど……」
「体術、剣術においてはさして差はない。むしろアーサーのほうが優れている。だが、彼は所詮私が呼び出している仮初の存在。魔力量が決定的に違う。彼が十なら神は千。ギリギリ耐えているに過ぎない」
「そうね。神は明らかに遊んでる。今のうちにさっさと逃げましょう」
「飛竜に乗れ。レイ、先導を」
全員で飛竜の背に乗り、急ぎ飛び立つ。その間もアーサーとフレイの戦闘は続いていた。――徐々に、アーサーの体に傷を残しながら。
「アーサー!」
飛び立つ直前に、ストレアが叫ぶ。
「――また会おう!」
返事を聞くことなく、竜は塔から飛び立った。
◆◇◆◇◆◇
飛竜が空を駆ける。先導するのは天使。光の軌跡を描きながらでき得る最高速度で出口を目指す。浮遊大陸の西端に門があり、そこが唯一外に出る正規の出入り口らしい。
「さすがに警備も黙っちゃいないな」
こちらを囲むように多くの天使たちが追いかけてくる。幸い今は町の上空なため、戦闘は避けているようだがこのままだと町を越えた瞬間に囲まれるだろう。その様子を見たのか、レイが飛竜の背中に降りた。会話をするためだろう。
「この状況で門を強行突破するのは難しいわ。そもそも門の周りにも警備はいるし、おそらく先回りされている。門の手前で降りて、警備を一掃しましょう。将軍級もいるだろうから、それは私が引き受ける。カイルとストリアとミクで、雑魚を処理して門を突破して。最悪私一人なら後でも門を抜けられるから」
しばらく天使たちに囲まれたまま飛竜は飛ぶ。町の先に広場が見え、そのさらに奥には巨大な門が見えた。あれが出入り口なのだろう。そして――広場には数十人の天使たちが武装して待ち構えていた。
「あの広場の手前で着陸して。結界を張ってるから仮に攻撃されても大した被害にはならないわ。あとカイル、お母さんを頼むわね」
ライラは今手首を拘束されていて、魔術が使用できない状態だ。誰かが守らないと危険である。
「……ああ。それはいいが、お前は、大丈夫なのか」
「将軍級だと簡単にはいかないけれど……別に倒さなくても門から逃げればいいから。あなたたちが逃げてさえくれれば何とかなるわ」
「任せろ。できるだけ早く済ませる」
「レイさん」
「ミク。貴女もお願い」
「もし、あの神が来たら……どうしますか」
「逃げるしかない……わね。時間との勝負になると思う」
「あ、違うんです。一応確認なんですけど――」
そんな会話の最中、飛竜は町の上空を抜け、やがて地上への降下地点へ到着した。天使たちから光弾が大量に打ち込まれたが、レイの結界がすべて防いだ。広場に着地すると、周囲は完全に天使たちに囲まれている。その中の一人、金髪を短く整えた天使が、正面から近づいてきた。
「受刑者ライラ。そして、脱走者レイ。将軍ニールが貴様らを拘束する。ついでにその地上人共もな」
周囲の天使たちより明らかに威圧感があり、服装も豪華だ。装飾も多く、一目で地位が高いことが見て取れる。
「ニール。残念だけどそうはいかない。まずは――私を倒してみなさい」
レイがいきなり飛行し、ニールに向かって急加速する。そのまま激突して空中に押し上げた。ニールもすぐに離脱し、そのまま空中戦が開始される。それぞれ光をまとい、激突し合いながら空中を彩る。――場違いではあるが、夕暮れの空に浮かぶその光景を見て、美しい、と未来は思った。
「私達も急ぐぞ。……残念ながらアーサーは倒された。時間がない。出し惜しみ無しで行こう」
一瞬、ストレアは悔やむような表情を見せた、が一瞬で切り替える。周囲を囲む天使たちは先ほどから追ってきた連中も含めて百人ほど。各個撃破をしている時間はない。
ストレアは周囲を見渡しながら、左手で小さな文庫本を開いた。彼女から魔力が迸る。飛竜を呼び出した時よりも強い、力。
「――来い、『白い悪魔』!」
ストリアの前方に強い輝きが広がった。強い風が吹き荒れ、天使たちを吹き飛ばしていく。そこから、白い巨人が姿を現す。
「もしかして、これって――」
未来の口から驚嘆の声が響く。詳しく知っているわけではない。だが、何度かアニメーションで見たことがある。二十メートル近くありそうな、白を基調とした人型機動兵器。
「さあ、蹴散らせ。死にたくないやつはさっさと失せろ!」
ストリアの声と同時、天使たちが四方八方に散っていく。白い巨人に向けて光弾を放つ者も多くいたが、その強固な装甲には全く通用していない。
なぜこの白い巨人を呼び出すことができるのか。ストレアに聞いてみたかったが、そんな余裕はないと知る。気配が、したのだ。――『神』の。未来は先ほどの会話を思い出す。
『もし、神が来たら――私が倒しても良いですか?』
一瞬、レイは驚いた表情をした。
『ええ。できるのなら、お願い。私と、母と、皆のために』
『任されました』
未来は、笑みを浮かべた。
――ああ、私はきっと、このために、呼ばれたんだ。
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