第13話:潜入開始
「あの雲か?」
「ええ。あの巨大な雲。あの上に、私のいた町がある。これを逃すとまたしばらくはこの場所には来ないわ」
作戦会議の翌日昼過ぎ、メルトの町の浜辺で未来、レイ、カイル、ストリアは海上高くを見上げていた。カイルはしっかりと武装をしているし、ストリアも普段とは異なる服に身を包んでいる。レイもこの町で手に入れた防御に優れる服に着替えていた。未来自身は最初に着ていたセーラー服だ。ストリア曰く、このセーラー服には魔術が掛けられていて下手な鎧より頑丈らしい。
すでにレイは光の翼を発現しており、ストリアも飛竜を呼び出していた。
「ならさっさと行くぞ。カイルとミクは飛竜に乗れ」
ストリアの声に応じる前に、未来はレイの方を向いた。
「レイさん。……生きて、帰りましょうね」
「もちろんよ」
三人で飛竜の背に乗ると、レイとともに一気に上昇した。飛竜の周りには結界が張られているため、高所による影響も抑えられている。しばらく上昇を続け、巨大な雲の上空に到達する。
「この距離で上から見ても、ただの雲にしか見えんな。視覚を誤魔化されていることすらわからん。ここまで精度の高い結界、破れるか?」
「かなり複雑な魔術だよな……やるだけやってみるが……レイ、攻撃するポイントを指示してくれ」
カイルが飛竜の背で剣を抜いた。
「ちょっと待って。今魔力を撒いてポイントを調査しているから。……あった、あのあたりが塔。魔力でポイントを光らせるわ」
レイが光球を雲の上のある一点に遠隔で配置した。つまりここが、塔の真上。
「了解。ストリア。飛竜で真上まで飛んでくれ。飛び降りる」
「落下しないか?」
「背中に飛行装置あるから、塔の上に着地か、ここに戻ってくるくらいは何とかなるだろ。もし結界が破れたら速攻で行くから、準備しとけ」
飛竜が光の上でホバリングする。カイルは集中して、魔力を剣に込めた。
「いくぞ!」
カイルが飛ぶ。刃を下に向け、雲に向かって落下した。
ちょうど光球のある辺りに剣先が触れたとき、何かを削るような音が響き渡った。
「均衡している? 少なくとも何もなく弾かれることはなさそうだが……」
まるで硬いものをドリルで穿つかの如く。火花のように魔力の光が飛び散っている。それも数瞬。カイルの体が突然落下した。
「破れた! いくわよ!」
レイがカイルの落ちた穴に飛び込んでいく。中には明らかに雲ではない景色が広がっていた。
「私達も行くぞ」
「はい!」
飛竜とともに穴に入っていく。幸い飛竜の羽が引っかからない程度の大きさの穴があけられていた。
「これは……本当に大陸だな」
眼下にはまず大きな塔。その周囲は森になっていて、さらに遠くには町が見える。雲の上とは思えなかった。
飛竜とともに塔の上に降りる。ストリアの住む塔と同じくらいの大きさだろうか。頂上には小屋があり、おそらくそこから下に降りられるようになっているのだろう。先に降りたレイは魔力を操り塔の内部を調査しているようだ。
「半信半疑だったが、無事に結界を突破できたな」
「いや。残念ながら無事じゃない」
カイルは苦々しそうな表情を浮かべ、刃の砕けた剣を取り出した。
「え!? 壊れちゃったんですか!」
「見ての通りだ。もし結界が修復されたら破って出ることはもうできない」
「さすがに負荷が高かったか。その場合は入り口まで出るしかないな」
三人の会話に挟まる形でレイが声を掛ける。
「調査は終わったわ。母が捕らえられているのは塔の三階。一応個室みたい。ドアは当然ながら頑丈な金属でカギがかけられている。とりあえず降りましょう」
「ああ、予備の剣はあるから戦闘面では心配はいらない。ストリア、見張り頼んだ」
「了解した。あけた穴の様子も見ておく。連絡は携帯で」
「携帯……ですか?」
「ああ。携帯型魔導通話機。略して携帯。一定範囲内でなら持っている者同士で会話が可能だ」
さすがにこんなところに電波網があるとは思えないから、どちらかというとトランシーバーに近い感じだろうか。
「急ぐわよ!」
言いながらレイは光弾を打ち込んで小屋の扉を破り、中に走っていった。かなり焦っているようだ。
「落ち着け。焦ると碌なことにならないぞ」
カイルも追いかける。
「じゃあストリアさん、行ってきます」
「ああ、無理しない程度に頑張れ。あと、物語を頼んだ」
◆◇◆◇◆◇
監獄塔、というだけあって塔の中は薄暗い。レイは光球を漂わせながらどんどん進んでいく。階段を下ると、円形の部屋に降りた。外側に四つの扉と、中央に階段がある。基本的にここは牢屋というより個室のような作りになっているようで、部屋の中の様子は見えない。よく見ると既に二人の天使が倒れている。レイがやったのだろう。
「雑兵ね。何とでもなる。下に急ぎましょう」
「次は私が処理しますね」
未来は短剣を構えて階段へ向かう。レイの言葉通り、さしたる苦労もなく二人の見張りを昏倒させた。構造は各階同じだったので、一気に三階まで駆け降りる。
三階の見張りから鍵を奪い、レイは四つの扉の一つを開けた。中は白を基調とした簡素な部屋ではあったが、牢獄という感じではない。中には一人の女性。金髪で、どことなくレイに似た印象だ。驚いた顔をこちらに向けている。
「お母さん。無事で良かった……」
レイが駆けより、女性を抱きしめた。
「レイ……? あなた、どうして? ここを出て行ったんじゃなかったの? 後ろの人は……見覚えがあるような……えっ、もしかしてカイル!?」
「あー……久しぶりだな、ライラ。色々あって助けに来たぜ」
頭を掻きながら照れたように言うカイル。その様子を見て、レイが吠える。
「ちょっと自分が主役みたいに言わないでくれる!? 労働力のくせに! お母さん、話はあとで、まずはここを出ましょう」
「あ、私はレイさんのお友達で未来と言います。あの、この部屋に何か物語とかってないですかね?」
「そういえば、ストリアに頼まれていたわね。お母さん、何かあった?」
「暇つぶし用に何冊か置いてあるけど……」
「じゃあそれを持っていきましょう。カイルさん、お願いできますか? 私が先に行くので、ついてきてください」
未来は先頭に立って降りてきた階段を上っていく。上で何事もなければ良いのだが……。
◆◇◆◇◆◇
ストリアは空に開いた穴を見つめながら難しい顔をしていた。
「自己修復機能付きか……面倒な」
カイルが空けた結界の穴は少しずつ小さくなっていた。おそらく結界そのものに自動で修復する機能が含まれているのだろう。ストリアも色々魔術で干渉してみたが、何ら影響を与えることはできなかった。
「でかい竜でも召喚してこじ開けるか……?」
ストレアが思案していると、突如、総毛立つような視線を感じた。
「見られている……な」
「やあ」
――唐突に、ストレアは声を掛けられた。気づけば、塔の端、今まで誰もいなかった場所に剣を手にした一人の少年が立っている。金髪と、人間離れした美貌だ。一目見て、人ではないと感じた。
「神か」
「うん。名前はフレイ。君は?」
「ストリアだ。相談だが、見逃してはくれないか。私と、その仲間を」
「冷静だね、お姉さん。でも残念ながらダメだ。君たちだけなら良いけれど、天使は僕らのしもべだからね。勝手に連れていかれては困る」
「これでもそれなりに長く生きているからな……しかし残念ながら意見はすり合わなかったようだ。なら――戦うしかないか」
「やめておいたほうがいいよ」
「物語が欲しいのでね。死なない程度には働くさ」
ストリアは一冊の本を取り出した。魔力を込めると輝き、ページが勢いよくめくられていく。
「――来い、騎士王よ!」
ストリアの声と同時、彼女の眼前に一人の騎士が現れる。
「……なかなか切羽詰まった場面みたいだね」
長身の騎士は呟き、フレイと名乗る神と対峙した。
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