元聖女ですが、今は不死者をやっています ~幼馴染がネクロマンサーになって私を蘇生してくれましたが、聖女の力を持つアンデッドはどうやら弱点を克服したみたいです~

笹塔五郎

第1話 過労死からの蘇生

 ――聖女と呼ばれた少女の話をしよう。

 少女の名はエルティ・ステファン。小さな村の孤児院出身で、天涯孤独の身であった。

 そんな彼女には、ある特別な力があった。

『癒しの力』と、『加護を与える力』である。

 人を癒す魔法は、この世界でも希少であり、癒せる怪我にも限界がある。

 それに対して、聖女の持つ『癒しの力』は、致命傷でも治すことが可能であり、病にも有効であった。

 加えて、聖女には『加護を与える力』も同時に存在する。

 それは魔法に対する耐性を強化し、身体能力も向上させるものであり、人間の能力を総合的に底上げする力であった。

 癒しの魔法と同じように、加護の魔法もまた存在しているが、聖女のそれは比べ物にならない効力を発揮する。

 エルティの暮らす領地を支配していた王国は、彼女の存在を知ると、『聖女』としてエルティに協力を求めた。

 見返りは――孤児院に対する多額の寄付金。エルティに断る理由などなく、彼女は聖女として王国騎士団の仲間に加わった。

 年齢にして、まだ十歳前後の頃である。

 それからエルティは、国のために身を粉にして働いた。

 時には前線に立ち、騎士達を強化して、怪我をした者がいればその治療にあたる――休む暇もなかったが、エルティはただ頑張り続けた。――必要とされたから、頑張る以外になかったのだ。

 だが、エルティの力は万能であっても、エルティの身体には限界があった。

 聖女としてその名を国中に知られた彼女は六年後――十六歳という若さで、この世を去る。過労による、衰弱死であった。

 癒しの力は、あくまで回復を促進するものであり、肉体の疲労を完全に消し去るものではない。疲労を蓄積し続け、それでもなお頑張り続けた彼女にとって、その最期を迎えるのは自明の理であった。

 国を挙げた盛大な葬儀が行われ、エルティの遺体は王宮の地下深くに埋葬されることになる。

 それが、聖女と呼ばれた彼女の人生であった。


   ***


「……あれ?」


 私の名前はエルティ・ステファン。

『聖女』と呼ばれ、その力で王国に尽くしてきました。

 けれど、私は自分が『死んだ』ことを理解しています。

 最期を迎えた時、私は「ああ、これで死ぬんだな」っていう感覚があったことを、よく覚えています。

 それと同時に、これでようやく『聖女』という重役から解放される、安堵感もありました。

 十歳という年齢から六年間――ひたすらに働き続けてきた私には、達成感以上にその役目を終えることが嬉しかったんです。

 そういう意味だと、かなり追い詰められていた気はします。

 そのはずなのに、私の意識は再び覚醒してしまいました。

 薄暗く、蜘蛛の巣の張った天井。ちらりと視線を横に向ければ、私が横になっているのが埃の被った『棺』であることが分かります。


「私、どうして――」

「エルティ!」

「わっ!?」


 ガバッと勢いよく、誰かが私に抱き着いてきました。

 棺という狭いところで抱き合うと、さすがに窮屈です。


「ちょ、ちょっと……あなたは、一体……!?」

「わたしだよ、分からない?」


 抱き着いたまま、聞こえてきた声は、若い少女のものでした。

 しかも、どこか懐かしい感覚すらあります。


「よかった……。やっと、成功したよぉ……」


 少女は声を震わせながら、時折鼻を啜っています。――感動の再会、という雰囲気なのですが、私にはまだ彼女が誰なのか分かりません。


「あの、とりあえず、離れてもらえますか? ここ、狭いので……」

「わっ、ご、ごめんね」


 少女はハッとして、ようやく私のことを離してくれます。

 向かい合うようになって、ようやく彼女の姿を見ることができました。

 肩にかかるくらいの赤色の髪に、瞳もまた同じ色をしています。

 私より、少し年上という感じでしょうか――目に涙を溜めながら私を見る彼女に、私は『どこか見覚えがある』程度の記憶しかありませんでした。


「……えっと、どちら様、でしょう?」

「っ!」


 私が尋ねると、途端に少女は暗い表情を見せます。……これは、私が覚えていないのが完全に悪い流れですね。


「そ、そうだよね。わたしのこと、久しぶりだし、覚えるわけないよね……」

「あ、あー、大丈夫です! ちょっと、私は過労で死んでしまったので記憶が朧気で――って、あれ?」


 そう、私は死んでいるはずなのです。

 それなのに、どうして私は棺で目覚めたのでしょう。

 もしかして、奇跡的に私は助かったのでしょうか。

 でも、それなら――もっと見知った顔がいてもおかしくはないはずです。

 この薄暗い部屋の中にいるのは、私と見知らぬ彼女だけでした。


「私、確かに死んだはずなのですが……」

「そのことなんだけど、エルティお姉ちゃんは確かに死んじゃってて、でも、わたしが生き返らせたの」

「――生き返らせた?」


 人を蘇生させる魔法などこの世には存在しません。

 少なくとも、それは人智を超えた魔法であり、同時に『禁忌』としても知られるものです。

 魔法の中でも触れてはならない領域――彼女は、それを成功させたというのでしょうか。

 それに彼女は今、とても気になる言葉を口にしました。


「……ん? 今、『エルティお姉ちゃん』と言いましたか?」

「! あ、えっと、エルティ、さん?」


 私に指摘されて、視線を泳がせながら呼び方を変える少女。けれど、その言葉で――私の記憶が呼び起されました。

 聖女として孤児院を出て行く前に、ずっと私の手を握って離さなかった子。

 内気で、いつも私の傍ばかりにいて、手間のかかる子だったけれど、それでもとてもかわいくて、妹みたいな幼馴染――私はほとんど、彼女のために聖女としての役目を果たしたようなものでした。


「……セシリア?」

「っ! そう、そうだよ! 思い出してくれたんだ……!」


 今にも泣き出しそうな顔で私を見る少女――セシリア。

 けれど、彼女の姿は明らかにおかしいです。

 まず、色々なところが成長しすぎています。

 私より胸も大きいし、そもそも身長も高いように感じます。

 彼女は確か八歳だったので、私より二つ下――


「ええ!? 十四歳でそのスタイルは何かおかしな薬でも飲んだのでは!?」

「ち、違うの! エルティお姉ちゃん――エルティさんが……その、亡くなってから、もう三年経ったんだよ?」

「! 三年……?」

「うん。私ね、エルティさんが亡くなってから、『色々』研究して、ある魔法を使えるようになったの。それが死霊術」


 死霊術――その言葉を聞いて、合点がいきました。

 私は正確には生き返ったわけではなく、死霊術によってアンデッドとして、ここに蘇った状態というわけです。

 アンデッドと言えば、むしろ聖女である私が一番倒すのが得意な、『魔物』に分類されてしまう存在です。

 セシリアは、私が死んでから死霊術を研究して――私をアンデッドにしてくれた、ということでしょう。

 ただし、死霊術もまた禁術として知られていて、本来は習得することすら認められていません。

 それをたったの三年で、私を生き返らせるレベルにまで仕上げてくるとは……まさか私の近くにこんな天才がいようとは。


「でも、そんな禁術まで使って、一体どうして?」

「そんなの決まってるよ。エルティさんが過労で亡くなったって聞いて、そんな最期なんて、あんまりだと思ったから。あれから全然会えなくて、ようやくわたしも魔法を学び始めて、いつかはエルティさんの隣に立ちたいって、思ってたから……!」


 そこで、彼女の瞳から涙がこぼれました。

 死霊術なんて使ってはいけない――そう諭すつもりではあったのですが、今の彼女の姿を見ては、とてもそんなことは言えませんでした。


「……ごめんなさい。心配ばかりかけて、その上あなたにこんな苦労まで」

「わたしのことなんて、どうでもいいよ。エルティさんのおかげで、孤児院にいた子達はみんな立派に育ったんだから。エルティさんがいたから、今のわたしがいるんだもん――だから、これからはエルティさんのために生きるって、決めたんだ」

「私のために生きる、ですか?」

「うんっ! エルティさんは、何かしたいことってない?」

「私のしたいこと……」


 不意にそう問われても、私には何も思い浮かびませんでした。

 何せ、私はある意味では、満足して死んだ身――聖女としての役目を全うして、それ以上に何を望むのでしょう。


「……もしもまだ、見つからないなら、さ。一先ずここを出て、一緒に探そうよ」


 そう言って、セシリアが私に手を差し伸べてくれました。

 ――元聖女である私がアンデッドになったなんて、もしも知られたら、この国の一大事でしょう。

 だから、私はセシリアの手を簡単に取ることができませんでした。

 けれど、もう一つ――目の前にいるセシリアが、私のことを『必要』としていることだけは分かります。

 聖女として、色んな人を助けてきたからでしょうか。

 そういう意味では、アンデッドになった私にも、またやるべきことはあるみたいです。


「分かりました。あなたと一緒に、私のやりたいことを探しましょう」

「うん、行こうっ! エルティさん!」


 屈託のない笑顔を浮かべて、ネクロマンサーとなった彼女と共に、私は薄暗い地下室を後にしました。

 どうせ一度は死んだ身です――それなら、必要としてくれる彼女の役に立ちましょう。

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