第3話 家に着いて

 日が昇る前に辿り着いたのは、王都から二つ隣の町でした。

 太陽が昇り切るところを見ていたかったのですが、セシリアから『アンデッドは光に弱い』と言う事実を告げられ、私も思い出します。

 弱い、と言っても日の光を浴びたくらいで倒れるわけではありませんが、アンデッドにとっては相当つらいものになるはずです。

 おそらくは、私も例外ではないのでしょう。

 彼女の助言通りに、私は念のためにローブを羽織って、馬車に揺られていました。

 町の外れの方に向かうと、木造の家が一軒見えてきます。


「もしかして、あれがセシリアの家ですか?」

「うん。そんなに立派なものじゃないけれど」

「むしろ、相当に立派なものだと私は思いましたが」

「え、そ、そうかな……」


 私の言葉を聞いて、少し照れ臭そうな表情を見せるセシリア。

 こう言ってはおかしな話かもしれませんが、以前に比べて、本当に感情豊かになったになったように感じます。

 私が彼女と別れて、生前では六年。私の死後も含めると九年――そう考えれば、何もおかしな話はないのかもしれません。

 けれど、立派に成長した彼女を見ると、とても安心します。

 ……色々と、私よりも大きくなっているところについては、少し思うところがないわけではないですが。


「さっ、入って入って」

「はい、お邪魔しますね」


 家の隣に馬車を置いて、私はセシリアに促されるがまま、彼女の家の中へと足を踏み入れます。

 やや乱雑に床に置かれた書物、机に並べられた瓶に入った謎の液体、それに――魔物の骨を思しきモノ。典型的な魔導師と言うと語弊があるかもしれませんが、そういう雰囲気の印象を受けました。

 セシリアはやや慌てた様子で、


「わ、わっ!? ご、ごめんね! 全然、片付けとかしてなくて……!」

「いえ、お気になさらずに。あなたも疲れているでしょう?」


 すぐに床に散らばった書物に手を伸ばして片付けを始めようとするので、私はセシリアの手をそっと取って止めます。

 少し外が明るくなってきたから、セシリアの顔がようやくしっかりと見えてきました。

 目の下にクマを作っていて、かなり疲労の溜まった様子が分かります。魔法の研究に没頭した者を何度か見てきましたが、まさにセシリアも彼らと同じでした。

 ――それが、私を蘇生させるための努力だったと思うと、心が痛むところがあります。


「だ、大丈夫だよ! わたしは元気が取り柄なんだから!」

「それでも、ですよ。積もる話もありますが、一先ずは休んでからにしませんか?」


 私がそう提案すると、セシリアはやや迷った様子を見せて、それから私の手を握り、


「うん、そうだね。わたしも、安心したらなんか疲れてきて……」


 ふらっと態勢を崩す彼女を、私は支えました。

 やはり、限界だったのでしょう、


「大丈夫ですか?」

「ちょ、ちょっと疲れただけ、だから」

「倒れそうになったのでは、ちょっとではありませんよ。いいですか、人は疲労で死ぬんです」

「それ、エルティさんが言うの……?」

「私が言うから説得力があると思いません?」


 何せ、私は過労で死んだ身ですから。苦笑いを浮かべるセシリアを支えながら、寝室へと向かいます。

 部屋に入ると、ここでも乱雑に脱ぎ散らかされた服が目に入りますが、気にせずに彼女をベッドへと寝かせます。


「エルティさんも、一緒に……」


 今にも意識を失いそうになりながら、セシリアはそう言って手を伸ばしました。

 私はベッドに腰掛けて、そっと彼女の頭を撫でます。


「大丈夫。眠るまで、傍にいますから」

「ん……」


 セシリアは私の手を取ると、そのまま眠りにつきます。よほど疲れが溜まっていたのでしょう――そっと、もう片方の手で彼女の髪を撫でました。


「私なんかのために、ごめんなさい」


 そう、眠りについた彼女に静かに呟きます。

 私は――死ぬその瞬間まで、彼女のことを忘れていました。

 死を受け入れた時に、私は勝手に満足して、一人で逝ってしまっただけだったのかもしれません。

 これからどうなるのか、それは私にも分かりませんが、一つだけ言えることがあります。


「今は、ゆっくり休んでください」


 疲れ切ったセシリアが、しっかりと休んで元気になれるように――私は彼女を見守りました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る