第2話 王都を抜けて

 私はセシリアと共に、久しぶりに『外』へと出ました。……と言っても、私の感覚的にはそれほど久しぶりではないのですけれど、

 実質的には三年ぶりに、私は棺から出たことになるわけです。

 外は真っ暗で、どうやらセシリアは皆が寝静まった深夜に王宮に忍び込んだようでした。

 三年と言う月日が経っていても、ここの雰囲気は大きく変化していないように感じます。


「さっ、こっちだよ」


 セシリアに促されて、私は彼女の後を追いかけます。

 こうして動き始めて驚いたのが、『思った以上に動く身体』でした。

 アンデッドというと、多くは意識すらない魔物のはずですが、セシリアが意図的に私の意識を保っていてくれるおかげか、生前とほとんど変わらない動きができます。

 何より身体に残り続けた疲労感は消えていて、私の身体は活力に満ち溢れていました。……まあ、完全に死んでしまっているはずなのですが。

 まだ、私自身の顔は確認していないのですけれど、一体どうなっているのでしょう。

 手を見る限りでは、かなり色白な感じで、文字通りに『血の通っていない死体』という感じではあるのですが、大きく生前と変化している様子はありません。

 ――死体であれば、三年もの月日があれば朽ちていくはずなのですが、これもセシリアの死霊術のおかげでしょうか。

 セシリアの後を追いかけていると、不意に彼女が足を止めました。

 ちらりと、彼女に視線の先を見ると、灯りを手に持った騎士の姿が目に入ります。


「この時間帯は、一番見張りが少ないんだ。あそこにいる奴らが行ったら、もう少しで外に出られるよ」

「随分、詳しいのですね。やはり、何度かここに……?」

「……うん。その、王宮に忍び込むのは悪いことだとは思うんだけど……」


 少し申し訳なさそうな表情を見せるセシリア。

 それ以上に、私をアンデッドとして蘇らせる方が色々とまずかったわけですが、今更言及したところで仕方ないので黙っておきましょう。


「構いませんよ。私のために、ここまで来てくれたんでしょう?」


 そっと私はセシリアの肩に触れます。

 すると、懐かしむように私の手に頬を寄せて、


「……うん」


 そう、一言だけ呟いて頷きました。

 しばらく待っていると、騎士が動き始めます。

それに合わせて、私とセシリアは移動を開始しました。

 しばらくすると、思った以上に呆気なく、王宮の外へと出ることができました。

 セシリアがこの道順に慣れているのが大きいのでしょう。時間も時間なので、王宮の外もほとんど人の気配は感じられません。


「こっちに」


 そこから細い道の方に抜けていき、路地裏を進んでいきます。

 その先には、馬車が一台置かれていました。


「もしかして、これもセシリアが?」

「さすがに、王都から抜け出すのに、走っていくには時間がかかるからね。夜中のうちにはここから出ておきたいから」


 万が一、早くに私の遺体がなくなったことに気付かれた時のためでしょうか。

 あの感じですと、私の眠っていた部屋はあまり手入れもされていなかったようですし、すぐにバレてしまうことはなさそうですが

 セシリアと共に馬車に乗り込むと、早々に彼女は馬車を走らせました。

 揺れる馬車から、ようやく落ち着いて町の様子を見渡します。

 こんな夜中に町をゆっくり見る機会もなかったので、どこかいつもと違う雰囲気が感じられました。

 けれど、見覚えのある景色がそこには広がっています。

 大人になったら行ってみたいと思っていた酒場や、綺麗なお花を店頭に並べていたお花屋さん――夜でなければ、見知った顔の人に会うこともできたかもしれませんが、私の姿を見せたら驚いてしまうかもしれません。

そんな町並みを抜けて、私はセシリアと共に王都を抜け出すことに成功しました。

町を抜けると、セシリアもようやく緊張感から解き放たれたのか、大きく息を吐き出して、


「ふぅ……やっとここまで来られた。もう、安心だと思う」

「お疲れさまでした。本当に、色々と大変だったでしょう?」

「それはこっちの台詞だよ。エルティさん、働きすぎで死んだんだよ?」

「ふふっ、そう言われると、そうですね」


 セシリアに指摘されて、思わず笑ってしまいます。

 けれど、ようやく彼女も少しだけ笑みを見せてくれました。

 正直言ってしまうと、私の知るセシリアとは色々とかけ離れてしまっていて、まだ本当に私の知る彼女なのか、分からないところはあります。

 けれど、時折見せてくれた笑顔と、今の彼女の表情は――同じものでした。


「さてと、これからしばらくは馬車に揺られることになるから……って、言っても、今のエルティさんなら大丈夫かな?」

「そうですね。生前よりも身体が軽くてびっくりしています」

「一応、後で問題ないか調べさせてもらうけどね」

「分かりました。それで、どこに向かうのですか?」

「ん? とりあえず、わたしの家かな」


 知らない間に、私の幼馴染は家を持っていたみたいです。

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