9.合成技術と石化の剣



見上げればドデカイ星のカケラ。いや、これカケラ?有名などこかの空飛ぶ石ですかね、こんなサイズ見た事がない。

よくよく眼を凝らせばその周りにチューブのような細長い管が張り巡らされ、それが洞窟中から外へ繋がる大きな土管の様なものと連結している。これがきっとこの都市の防衛を司る結界の要であり、そして海の独占技術である属性武具を作るための裏ネタって訳なんだろう。


呆気に取られているのは私やジドさんだけでなく、テノールもだったから、恐らく彼が海領にいた頃には無かったのだと思う。いや知ってたら教えてくれてそうだしな、という事でまさしくこの塊は海だけの秘匿事項って訳だ。



「よくもまぁ私達に見せる気になったね、ローズ。」

「あら、信頼の証とは捉えてくれないの?」

「や、だってさぁ。」

「これ、売ったら食料何年分の備蓄いや人脈作りからの資金繰りが」

「兄さんストップ悪い癖だ。そもそも値段はつけられないと思うぞ。」

「それな。間違いなく国家レベルの買い物よねこれ。」

「馬鹿め、相手が国でも売る訳ないだろうが。というか兄さんアクロスに行ってから酷くなっていないか?どういう事だ。」

「いやはやテノール君には頭が上がらなくってぇ。」

「ジドちゃん、素材は持ってる?」

「お、おう。ここに。」



わちゃわちゃしながらアルト君で遊んでいれば、ローズがさらっと本題に入っていて笑ってしまった。

いやー、あれ無意識なのかなーなんて思いながらも様子を伺う。信頼の証と言いながらも極力早めに済ませたいという思考は分析させない為か。それに気付いていないジドさんにも内心苦笑しまうが、我が部下なんてまだ金銭の妄想から戻ってこない。こらこら、流石にそろそろ帰ってきなさい。


そもお前が資金繰りをちゃんとしてないからだろ?!なんてお小言を貰う前に、テノールの肩を軽く叩きながらじっと私もお仕事しておく。海の加工技術。噂には聞いていたが、よく来領する私ですらこの国の上位加工を見るのは初めてだった。

粗悪品なり耐久性の低い品はお偉いさん方からの許可制ではあるが、都市全体に張り巡らされている土管から何らかの力を蛇口の様に開けて合成される。

キラキラとした光の力。それが素材と使い慣れた武器に当てられて数日間。突如稲妻の様な火花が走った後に完成する属性つきの、魔法の様な力を持つ武具。勿論他領の交易に使われている品は大半がそんな下位加工である事は周知の事実であった。


して今回。その何らかの力というのがこのドデカイ星のカケラだったと分かったのは知識として有難いが、問題はその活用方法だ。量産出来ないのは何故なのか。どうしてローズやその側近にしか上位加工は出来ないのか。

そのヒントが少しでも獲られれば魔法を扱うアクロスの活動も、属性武具を隠れ蓑としてだいぶ楽になる筈だ。



「おい、ローズ様は信頼の証って仰っただろうが。盗むなよ?」

「んん、バレた?」

「僕はお前の事、あの方達ほど信用していないからな。」

「はは、それテノールも含まれてるね。今は私情はよしておくれよ?」

「当前だ、世界の脅威に何も思わないほど僕も馬鹿じゃない。だがお前は悪知恵が働くだろう。領間の情勢を覆すほどの何かをしでかすとは考えていないが、それでもあのヒルダと繋がる人間で有る事に変わりはない。」

「加えて空領とも繋がりが。うんうん、寧ろこんな私を使うローズや師匠が可笑しいよねぇ、わっかるぅ。」

「自分で茶化すから余計に怪しいんだろうが!あと僕で遊ぶんじゃない!!」

「あはぁ、それもばれてーら!」



けったけた笑いながらバシバシと今度はアルト君の背を叩く。何やかんや言いつつある程度の許容はしてくれてるのだろう、ため息が若干優しいのは気のせいじゃない。

だから仕方なしにテノールの服を引っ張って、この大きな星のカケラを見上げてみる。きっとこちらの分析なら許してくれる。だってそうすると分かっていたからこそ、ローズはジドさんだけでなく、私達アクロスごと此処へ通したのだ。


魔法の事、隠してる筈なんだけどなぁと陰でこっそりゴチる。ローズも師匠と同じく勘付いているんだろう、そうじゃなきゃこうした策士めいた選択肢を挙げる事など出来はしない。

私であれば加工技術の中でも高位に位置する『領主が行う秘匿』を直視しないでいてくれるといった、ある意味の信用と信頼。

つまり星のカケラをダシにしてこの場へ滞在できる限られた時間を逆手に、どちらを分析するか選ばされた訳なのだが。領主ってほんと喰えないわぁ。


唯一師匠と違うのは最後の決め手を相手の情へ訴えかける所だろうか。わざと逃げ道を残し、それを選ぶのは自分であると思わせては後腐れ無くする方法。うーん、こちらの方が恨めない分悪質な気もしてきたな。

分かっていて選ぶ私も私だが、ここは乗ってやるとしよう。正直この星のカケラだけであっても見せてもらえるのは有難い。

テノールもいつの間にか値踏みを終えて細い管から大きな土管への接続部分、最小限の人員配置にその下へ並ぶ器具達へと目を配らせている。


居ると踏んでいた仮面達はいない。なるほどなぁ、これは人払いを済ませた後。なのでここに居るごく少数がローズの本当に信頼できる部下って事だ。

何とも少ない事だと嘆いていれば、アルト君は私を見守ったまま、そっと腕組みを解いている。これで少しは信用してくれたら良いんだけれども。



「ジドちゃん、いっくわよ〜?」

「っいってーーー?!!」



なんか後ろからノリノリな明るい声とばしゅっとすごい音が聞こえて苦笑したら、ジドさんの悲鳴と共に星のカケラから鋭い光が走っていった。

それは一種の花火の様に綺麗で、思わず見惚れてしまう程。キラキラした余韻を残したまま、カケラは鼓動する様に何度か輝き、そして静まった。


瞬間心臓が一つ、ドクリと脈打つ。

あれ、わたし。これ知ってる様な気がする、?



『ふうん、君、つまんないなぁ』

「、筆頭?」



はっと我に返る。何今の。


確かに暗転した筈の目の前は元に戻り、テノールの顔を視界に入れている。ドクンドクンと脈打つ心臓は耳から聞こえ、冷や汗でびしょびしょになった背中に自身で驚いた。いやほんと何だったんだ今の。

思った以上に青い顔をしていたのか、アルト君も寄ってきて大丈夫かと声をかけてくれる。若干音楽兄弟の声を遠く感じるのは、まだ意識が不安定だからだろうか。


ノイズの入った男でも女でもある様な、また老人でも子供でもある様な、よく分からない音。それが連なって声になっていた。

思い出すだけでゾッとするので、慌てて首をふり息を整える。心配してこちらを伺う二人に何でもないと言いながら、歓声の上がった声にもう良いだろうと振り返った。



「これが、俺の武器。」

「ん、良い出来!見目もバッチリ石化の剣!これは貴重な物よ、大事にね!!」

「恩にきる。必ずアンズーは倒して見せるから安心してくれ。」

「あらあら、ほーんとヒルダに返すのが勿体無い位良い男ねジドちゃん!」

「おー。褒め言葉として受け取っとく。」



何かの円陣にジドさん本人の血液。追加で分かる事は少なかったが、本来数日かけてやっと出来上がる筈の属性武器は今の一瞬でさらっと完成に至ってしまったらしい。


思ったより大振りな鞘付きの剣はとても眩しく光輝いている。彼の魂の色、オレンジによく似合う黄金剣。それを背負い、カラリと笑ったジドさんへ安心感を覚えたのは、言うまでもなく。

アルト君はローズの元へ。私もそれに続いて駆け足で向かう。きっとテノールはまださっきの事を心配しているだろうけど、今は思い返したくなくて振り切った。



(なんでだろう。すごく、寒い、ような)



ローズのノリを理解して来たのか、さらりと受け流してジドさんは安定感のある輝きを持っていた。それに早く寄り添わなければと心が叫ぶ。

脳が理解する前に、ジドさんの脇へぽすりと軽く拳を当てたら驚いた様に名前を呼ばれた。ルネートと、それは確かに私の名。でも彼にはいつもの通り、ちょっとバカにした様な声で嬢ちゃんと気軽に呼んでほしい。そうだ、たぶん、今は特に。



『つまんないなぁ』



露骨に思い出された言葉へ悪寒が走る。

わかってる。アルト君がいる手前、嬢ちゃんなんて呼んだら大変だから、気を遣ってくれたこと。わかってる。


ちゃんとわかってるのに。



「どうしたどうした、顔色悪いぜ?」



ぐしゃぐしゃと頭をかき混ぜられて、途端に不安定な自分が消えていく。

ローズはアルト君から詳細を聞いて驚き、此方を見た後すぐに休める場所の手配をしてくれた。その間に追いついてきたテノールも背中をポンポンと優しく叩いてくれる。まるでオレンジを中心に、いろんな色が灯火と化して体温を上げてくれてる様だ、なんて。


ジドさんの背中で黄金の剣がキラリと輝いているのを見て、その色をじっと確認して。また、ゆっくり安定していく自分を感じる。

だから心配りへのお礼と共に口から出たのは大丈夫だという強がりだった。正直このよく分からない現象を言葉にする事自体が難しく、持て余していた、とも言えるのだけれど。これからアンズー戦を控える中、できれば皆に少しでもそちらへ集中して貰いたかった。



「とにかく、休んだらすぐに山へ戻りなさい。モンスターは待っちゃくれないわ。アルト。」

「は、ヒルダはサハド跡地の南へ布陣する様です。幾つかの下位加工の武具はすでにかき集め、山宛へ届く様押印済み。中位加工は残念ながら、その、仮面達が未だにゴネているので、。」

「やっぱそうよね、いいわ。私が出向く。ルネート!」

「うは!ぁい!」

「体調悪いとこ申し訳ないけどアクロスへ依頼よ!掻き集めた資材、山の主人へ速達で届けなさい。ギャラは弾むわ!」

「ンンンン!我がアクロスってば人員が少ないのでそんな大量の荷物は運べ」

「ないとは言わせないわよ〜?数ヶ月前山から沢山木材を搬出したの知ってるんだから!しかも数日で!!」



絶句した。なんで山での情報知ってんの??しかも何故に内容までバレてる??うへ??


正直今頭が働かなさすぎてパッとテノールの方を見たら、なんと彼も青ざめている。そうだよね、これ守秘義務皆無だしヤバいやつよね??

思わず多量大物輸送担当の団員を思い浮かべては沈黙。いや、奴に限ってそんな、人払いは絶対してるだろうし、うんと、うーーーん??!


テンパっているコチラとは対照的に海の民達はテキパキと動き、そのまま大部屋の外へとドナドナされる。や、あの、まって。展開についていけないよローズ、とか心の中で唸ってたら見透かされたように最後ウインクされた。ええ可愛いけれども!

バタりと大きな音を立てて扉が閉まってしまえばもう抗えない。とりあえずギャラは言い値より少し安くし、口止め料として返納しておいたので意図は汲んでくれるだろうと祈る。検討を。祈る。二回言うとこ。



「、全部放って逃げませんか?」

「そうしたい、切実に」



珍しくテノールが現実逃避しだしたので頭を抱えれば、後ろからジドさんが同情の視線を寄越した様だ。なんかわかんねぇけど大変だなと、聞こえた声に反応して私達はガックリと肩を落とし、その場に蹲る。

間をおかず出てきたアルトくんに更なる同情が投げかけられたのは最早言うまでもないだろう。



(領主様方の情報網こわスギィ、最悪。)



そうして光り輝くカケラの事を、わたしはそっと脳から追い出すのであった。






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