8.思想の対立
「アルト、やめて。」
「、」
「あの男の所為よ。きっとわざと教えなかったんだわ。彼は悪くない。」
ぎゅっと眉間に皺を寄せたアルト君は、ぐしゃりと兄と同じ銀髪を鬱陶しそうに掻き上げて主人の隣へ移動する。その手には短剣を握りしめたままなので、こちらの動き次第ではその切っ先が鋭く牙を剥くに違いない。
ローズはごめんなさいねと、未だに身動ぎ一つしないジドさんへと謝った。ジドさんは俺も事情を知らずに詰め寄りすぎたと反省している様で。
また、その素直な仕草を見たアルト君が複雑そうな表情を作る。知らないはずは無いだろうと続けられた言葉に先程の様な殺気はなかったから、一応ローズの言う可能性を受け入れてくれたと思って大丈夫だろう。
私もジトさんは山と海ついてあまり知らないよと、遅らばせながらのフォローの言葉を入れておく。ギッっと睨みつけられたのはテノールの右手が庇ってくれた。
頼むから今は私情を横に置いといてくれないかねぇ、お姉さんいろんな配慮で疲れちゃーう。
「山と、海?対立してるとは聞いてたが、空は入ってないのか。詳しくは分かんねぇがてっきり三つ巴みたいになってんのかと。」
「いやほんと馬鹿だろ貴様。なぜお前に見たいな奴が使者なんだ。」
「うーん、まぁ。分かってないからこそ変に身構えず、私を絆せられるとでも思ったんでしょうね。ヒルダの奴ってばよく分かってる。現に私、彼の人柄は確かに好きよ。」
「その通り!ジドさんは領土から出たこともない新人ぽやぽや門番さんだったのだ〜!」
「いや、それでも道中最低限は教えておけよ。戦略云々でなく常識的に。兄さん、どうなってるんだこの男。頭の中空っぽなのか。」
「、男?」
「「「あ。」」」
「?」
アルト君の言葉にジドさんが首を傾げ、その他三人の声が同時に交わる。しまった、唐突で大変申し訳ないがアルト君てば私の事ルネートで男だと思ってるんだった〜!
チラッと隣の見れば此方の本名や本来の性別を知るローズとテノールもすっかり忘れていたようで、オロオロしたり視線を逸らしたりしてる。いやオモロいな。
ジドさんは空気を読んでこちらに目配せしながらどうするんだよ、なんて訴えてくるしさてはてウーントどうしよう。
(ま、アルト君だしバラしても全然問題ないんだけどなー。)
そう、皆様ご存知の通り。ルネート・ロンダリアとはあの剣聖ヒルダが名付けた私の偽名であり、モンスター蔓延るこのご時世で領土の横断すらこなす運び屋アクロス筆頭の名である。
性別は特有のトラブルを避ける為明言してはいないが、いかせんよく黒マントで身を包んでは骨格の見え難い服を着て体型を隠しているので。なんと二次元が如く、多少声が高くとも世間では男性でまかり通っているのだった。
だから師匠や一部の人間を除き、その他の人間、即ちアルト君の中ではそんな一般論で納得されている。
それを態々正してやる気もなくそのままにしていたのだが、ジドさんには初対面がほら、アレだったのでお嬢ちゃんとして認識されているしマブダチのローズには結構初期でバレていたからこの現状。
ふは!つまり状況が頗る面倒臭かった。あ、でも元を正せば師匠の所だしいっか〜☆とか思ってマント忘れた私の所為?むしろ今正装としていつもの黒マントしてる所為?ひえ、これ言うと私が怒られるやつ〜!うし、全力で流そうと思う。
「え、まさかルネート。貴様おん」
「いやー!ジドさんの為にそろそろ講義でもしようかな!なんて思ってたんだよねー!!ね、ローズ!ちょっと時間もらって良い?地図ある??」
「え、ええ。はいこれジドちゃん、此処が私達海の領土の中心で首都、現在地よ。」
「お、おお??おう。」
「そして此処が山の領土でーす。」
「ちょっと待てきさ」
「下の方に浮いてるのが空の領土ね。知っての通り元々地上に有った大陸が何らかの影響で突然浮いて、それが空の領土と換算されてるよ。」
空気を読んでくれたローズに乗っかり、ちゃっかり領土間の関係について話を揺り戻していく。あえて空についての話題を持ち出したのは正解で、好奇心が勝ったのかアルト君は若干拗ねた様に黙り、こちらに耳を傾ける体制へ入った様だ。
テノールはそんな弟の様子に頭を抱えながらも補足をしていく。
空の領土。別名浮島とも呼ばれる、空に浮かんだ不思議な土地。それが一般市民にとっての常識で、その道も複雑且つ見つけにくく安定していない為に往復は海や山より困難だと思われているのが特徴的だ。
しかし実の所、岩が連なり階段の様になって上へ登れる固定場所は存在しており、交易自体は可能。公になっていない通路も通算すれば意外と多くの交通手段が存在するのだった。
そうそう、因みにその中でも首都自体は常に空を漂っており、定位置にいない事を述べておく。
今は関係ないので割愛するが、これを理由に空の領土に入ったとて首都にたどり着けるのはほんの一握りであり、例え他領主やその側近であろうとも中々内部の情報などは入ってこないのが現状であった。
「なるほど、長が空へ協力要請しないのはその所為だったのか。」
「そう、彼らの居場所は特定し辛いからね。アンズーは天候にさえ関与するからヤバそうなら向こうから接触してくるとでも踏んでたんだろうさー。」
「結局使者は訪れなかった様ですが。見放されましたね。」
「あら、それは少し言い過ぎかも知れないわよ?彼らは良くも悪くも中立だもの、まだ様子見なんでしょう。私達の所にもまだ来ていないわ。」
「ローズ様!そう易々と、」
「いいのよ。山もここまで計画を開示してくれている。それに」
一瞬迷った様な仕草を出したローズにジドさんは首を傾げる。
山の民がしくじれば今度は私達の番。それこそ思想云々言ってはいられないわと、表情を曇らせる領主に側近ですらその綺麗な瞳に影を落とした。
うん。しんみりしている所非常に悪いのだが、話の流れからして丁度いい。私は出来るだけ二人を刺激しない様にそっとテノールが余分に入れ直してくれた紅茶を差し出した。
香るレモンにすんっと空気が切り替わる。気遣いに気づいてしまったアルト君からは睨まれてしまったが、ローズはそっと微笑んでくれた。
「さて。ここからが知っといてほしい各領土による思想のお話。」
「昔っから領土問題で対立してたと思うんだが、違ったか?」
「そうだったんだけどね、この数十年でだーいぶ変わっちゃったんだなぁこれが!」
「白々しい、貴様もワザと教えなかったんだろうが。何を得意がっている。」
「ぐ、それは言わないお約束〜。」
キョトンとしているジドさんと対照的に、アルト君から鋭いツッコミが入る。胃が痛い。いやだってなんとなーく気づいてたとはいえ、ヒルダさんがここまでジドさんに情報制限してお手てコロコロしてたとか知らなかったんだもん、許して。
と内心懺悔しながら机に今はもう販売されていない以前の地図を広げれば、ジドさんはこれだこれ、と懐かしそうに口角を上げていた。空の領土が浮島になる前。そしてモンスターという生物が出てくる前の地図である。
彼の雰囲気から察し、海の二人はジドさんの出身地が余程の田舎なんだろうと見当をつけ、私へ視線を向けてきた。それにこくりと頷き、毒沼近くの村へ赤い磁石を置いてやる。
だいたい、山の物流は師匠達の所為で少々特殊なのだ。基本は海や空のように領主が一定の場所に在住し、そこが領土の首都となるのだが。
あの人はホント気まぐれに住居を変えてしまい、周りを混乱させるのである。剣聖のお膝元と安心してたら次の日にはおっかなびっくり、アジトにゃ誰も居やしない。
勿論周辺の村々へのモンスター対策はきっちりと行い、完成してから移動するので住民達はそんな隠れ家を見つけてしまっては協力し、首都という概念がなくても評判は落ちず。故に問題ない、とかいう屁理屈は随分と前に聞いた事があるけれど。
しっかしまぁ、商人とかその道の、私の様な運び屋が盛大に困るのは言わなくても分かるだろう。この間のギャラなし速達の件とかほんとなんであの時期に場所変えたのか未だに分からん。
そういう訳で地図等の少し高価な商品は拡散経路に統一性がなく、他領土よりも少々、いやかなりバラバラな更新となってしまうのでした。
要約するとヒルダさんが自由すぎるんだよなぁ、なーんて。
「並べたこと無かったが、すげえな。これが最新の地図か。知らねぇ町や区域がある。」
「地形が変動しまくる混沌時代もあったらしいからねぇ。更新はまちまちだけど、ジドさんが言う領土争いはこの大陸の一部分が空へ浮くまでの話かな。今の領土が確立する前は皆自領と思われる場所の対処で手一杯だったって訳だ。」
「つまり、回りくどいがモンスターの所為で土地の奪い合いしてる暇が無くなったって事だな?」
「そういう事。」
「山は、そうだ。確か子供の頃、領地はそんな名称じゃ無かった筈だ。それが途中で突然山って名前になった発端は、」
ふと、気が付いてしまったジドさんは口を噤む。そして彼はローズやアルト君、そしてテノールを見た。
そう。領地が改名された時期は歴史でいうと非常に浅く、剣聖ヒルダが領主となった頃と重なる。モンスターという存在が発見され、認知され、そして。
「長の領土は、奴等に大事なものを奪われた連中が集まってできたってか」
その被害は拡大した。
「ふん、やっと理解できた様だな。我らの思想と奴らの愚策。モンスターという未知の生物を殺す事しか脳のない貴様等と手を組むなぞ、低俗の奴らがする事よ。」
「こらアルト。」
「ローズ様はお優しいが故、僕がはっきりと言っておく。モンスターは保護し、研究し、活用するべきだ。殺してから奪う素材は劣化品も多く、その場で終わってしまっては生態すら対峙した者の経験則でしか語れない。」
「、」
「分かるか?死体から発見できる事など少な過ぎるんだ。もし同じ敵がもう一体いたら?多数現れて囲まれたらどうする。繁殖という概念はあるのか?そもそもモンスターとはどこからやってきたのか。」
「それは、」
「我々には解明すべき事が山ほどあるんだ。属性武具や結界魔具に関しても、人類発展に貢献して来たのは我々の方だと知るがいい!」
そう力強く言い切ったアルト君に対し、垣間見えたマウント攻撃にイラッとした私は肩を落としたジドさんの背中に手を添え、ボソリと呟く。
現在の貢献度では確かにそうだが、モンスターの出没当初はそんな山の人間が特攻の様な犠牲を払ったからこそ、海の様な思想が夢物語でなくなったのだと。
そして山の人間が率先し、その命がけのやり取りに勝ち得てきたからこそ、素材という概念が共有でき今の生活や研究が成り立っている事も。
決して誤解しない様に、ゆっくり、丁寧に述べてやる。要は人格形成と同じでバランスの問題なのだ。どちらが正しいと言う訳でなく、時と場合によりその効率性は変わっていく。
山の様に殺しに固執するのも良くないし、海側へより過ぎてあの仮面達の様になっても困り者。では空の様に中立を保つべきかと言われたら、それも人によっては問題を先送りにしていると捉えられていく。
「中立、?」
「山や海に属さない、どちらの考えにも共感し、共感しない人達が住むってね。私達アクロスの様な拠点を持たない組もそれに似てるかなぁ。」
「黙れ、似てるってなんだ!特にお前達は何もしてないだろが!!」
「もう、いい加減になさいってば!」
「いた、あぅ、ローズさま、。」
「あはは、でもド正論だなそれ〜。」
「、筆頭。頼むから煽る様に同意しないで下さい。あと怒る場面ですよ、今のは。」
にこにこ笑えばアルト君の顔がまた真っ赤になった。全くもって忙しい子である。
しかし呆れつつもバカにしないのは、いくらローズやテノールがオブラートに包んだ言葉を用意するにせよ、彼の見解が一理どころか本当に正しい事だったからだ。
「怒らないよ?だって私、そういうの苦手なんだ。」
視線を逸らして残りの紅茶を一気に呷る。サッパリする筈の口の中はネバネバした唾液が出てきて気持ち悪かった。
師匠達山の皆は確かに野蛮であれど、その直情的な行動の裏を返せば情が深く、面倒見が良い人達の塊だった。現にそんな人達だからこそ訳アリの私との距離感を人一倍に気を使い、ここまで育ててくれたのである。
勿論それに恩を感じない訳もなく、アルト君の言い過ぎな言葉に反論してみたものの。では私自身はどうなのかと言われれば考えるまでもない。
人類の貢献、と言えば運び屋という段階でしているのかもは知れないが、そもそもアクロスは今回の件に関しても黙殺し、魔法という概念を外へ漏らす事を良しとはしていなかった。
というか、発展うんたらなんぞに興味なんざ一ミリもない。保身と罪悪感を持たない程度に最低限の手伝いだけを気にしている輩。それが私という人間の本性なのである。
どこぞの物語の様な主人公にでもなってみる?無条件に世界へ貢献を?馬鹿じゃ無いのか。
(怒れるわけ、ないでしょうに)
目の前で今後について話を纏めている四人。それを画面越しの何かを見つめる様に虚ろな瞳で眺めてみる。
最早彼等の熱量について行けない私を、この部屋の古びた人形だけがじっと静かに見つめていた。
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