第15話  永遠の二月

中倉聡が亡くなった。

あれから享子と聡は本当の恋人のように、お互いの心を補い合い、そして様々な話をした。

それまで生きてきたこと。

それがどんな風だったか。

そしてお互いに様々な物を与え合った。

聡は満足したと享子は信じる。

滞りなく通夜と葬儀がとりおこなわれた。

当然享子も立ち会うが、友人関係が驚くほど少なかった。

データー上、予想はしていたが、これほどとはと、享子は思った。

あまりに聡がかわいそうで、人目も、はばからず号泣してやろうかと思った。

今の享子は演技ではなく、泣くことが出来る。

今、享子の中には中倉総と言う穴がぽっかり空いているのだ。

号泣はしないまでも、享子は終始むせび泣いていた。

これも演技ではない。

参列者の多くはそんな享子に同情するような視線を向けていたが。

聡の両親だけは、冷めた視線を送っていた。


落ち着いたころ、中倉聡の両親が「最後の恋人」の事務所を訪れた。

珍しいことではあった。

この仕事は決して感謝などされないのだ。

両親の顔には、かすかに安堵感があった。

長く看病していたりすると家族にそういう感情が浮かぶ事がある。

ただ、聡はまだ若いので、あまりそういう感情は浮かばないが、両親に取っては手を焼いた子供だったのだろう。

もし享子とのことがなかったら聡は最後まで手を焼く子供で、この安堵感はさらに顕著に見てとれたかもしれない。

でもそれはとても悲しいことだ。

家族が生きるの、死ぬの、と言うときは亨子自身も生きた心地がしなかった。

陽一からは本人の方が何倍も苦しいんだと言われても、最後の父が亡くなったとき、

心のどこかで安堵感があったのは否定出来ない。

おそらく苦しんでいる家族を見なくてもいいという思いだったと思う。

でもたとえそうだとしても、享子はその思いを必死になって否定した。

きっと聡の両親も同じ思いだったのではないだろうか。

せめて、手を焼いた息子からの解放ではないと享子は信じたい。

「一つお聞きしたいのですが」と母親がたずねた。

「何でしょうか」と享子は返事をした。

「あのー」と酷く言いにくそうだった。

「はい」

「聡とは。聡には、何らかの、その男女の関係というか、処理的な事をしていただいたのでしょうか」

良く来る質問だった。

あからさまな場合もあるし、暗にたずねる場合と様々だが「最後の恋人」と言うくらいだから病人相手の出張売春と思っている人も少なくない。

はじめにそのあたりの説明はしている。

城戸に言わせると、それで帰って行く人も少なくないらしい。

でも本当に死を目の前にした人は性欲では満足しない。

そもそも、そんな物など必要ない場合の方が多い。

そこに必要なのは心のつながりだ。

心から自分の事を思ってもらえる恋人の存在。

そして、それは疑似恋愛でありながら、決して演技などではない。

だからこそ亨子自身も大きなダメージをおう。

でもそんな事は誰にも分ってもらえない。

「いえ、そのようなことはありませんでした。聡君はわたしの事を本当に大事にしてくれました」

「大事にというのは」

「中倉君、最後はわたしの事を心配してくれました。わたしが悲しむ事を」

「あなたが悲しむ事を、ですか」と母親は言う。

享子は、(あなたは決して悲しんでなんかいないですよね)

という言葉がつながるのではないかとビクビクしていた。

いや口にしないだけで絶対にそう思っているだろう。

これが一番悲しいことだった。

享子の中には中倉聡と言う大きなスペースがあり、今そこにぽっかり大きな穴が開いているのだ。

そしてその穴を未だ埋められずにいるというのに。

「あの子はあなたの事を本当にいとおしく思っていたんですね。あれが全部お芝居だったというのに」と言ってまた泣き出した。

いつもながらのことなのにその都度、享子はショックを受ける。

芝居などではない。

そう大声で叫びたい。

あの時、享子は本当に聡の事を愛していた。

恋人になっていた。

聡が亡くなって本当に悲しかった。

ぽっかり空いた穴は強力な喪失感となって、享子をさいなんだというのに、誰もそのことを分ってくれない。

それは城戸でさえもだ。



帰って行く両親の後ろ姿を見ながらまた一つ心に大きな穴が開いた。

二月が来る度に、陽一の事、家族の事、今まで二月に看取てきた恋人たち。

そして、そこに中倉聡を加えて思いは享子の上にのしかかって行く。


享子の中で二月は永遠に続くのだった。


            終わり

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永遠の二月 帆尊歩 @hosonayumu

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