嘘告白で全てを失った俺は、嘘告白し返す為に嘘魔王(俺をハメた黒ギャル)に弟子入りする

しのびかに黒髪の子の泣く音きこゆる

♡♡守屋君へ♡♡ 放課後、四階のLL教室で待ってます♡♡♡♡ あこより♡♡♡♡♡




「絶対ラブレターだ! ハート付いてるもんっ!!」




 四階のLL教室に至る階段の途中で、おれ公孝きみたか怒鳴どなった。


 公孝は俺の親友で、走り出したい俺のブレザーをつかんで止めている。

 目線の先には俺が右手に握る手紙。


「真っ当な人間がそんな軽率けいそつなハート付けるわけないだろ!」


 彼は巨体をふるわせさけび返した。


偽物にせものだって言いたいのか!? お前だってもらったことないくせに」


「だからぼくらみたいないんキャが貰うはずないんだ!」


「フッ、ねたみかよ。あいを知らぬ者がよ」


 あざける俺に、公孝は苦り切った表情で口を開く。


「……うそ告白こくはくだ」


「え?」


「嘘なのにこくられて喜ぶお前をバカにするんだ。バラした後、悲しむお前をみんなで笑い者にするんだよ」


「そんな漫画まんがやドラマじゃないんだから」


 一笑いっしょうしても、公孝は真顔まがお


「大体お前、送り主のことろくに知らないんだろ?」


「クラスは同じだ。顔もわからんが」


「そんな奴がいきなりお前を好きにならないだろ!」


一目ひとめれだ!」


 彼は首をり、こちらをにらむ。


「いいか、その手紙に書かれた先に行けばお前は全てを失うことになる。いいか、僕は親友として止めてるんだぞ!」


「いいや行くね!」


「この先に行ったら絶交ぜっこうだぞ!」


「くっ、だが俺は行く!」


 俺は親友の手を振りほどいた。


何故なぜだ! 僕達の友情は嘘だったのか!?」


「そんなことない、でも」


 涙目なみだめの公孝に向かって、俺は叫ぶ。




「オタクのデブより彼女とイチャイチャしたいからな!」







 そして俺は嘘告白により、親友を失った――。










「ンングググーーーッ!!」


 翌日、放課後。

 図書室で、俺は机にして号泣ごうきゅうしている。


「全校中の笑い者だな、今のお前」


 対面たいめんから親友の公孝が無表情むひょうじょうで告げた。


「グスッ……もう一日中笑い尽くされたわ、教師共まで。クソ高校が」


自業じごう自得じとくだ」


「悪いのは嘘いた方だろ!?」


 憤慨ふんがいする俺にも冷たい目。


「あんな見え見えのわなかる方がどうかしてる」


だれかが教えてくれさえすれば!」


「僕は嘘だって言ったけど?」


「ンググーッ!」


「キモい泣き声だなあ」


 泣く俺を尻目しりめに公孝は重い息を吐き、語り出す。


「お前さ、高校上がってこの半年、キモオタのくせにハシャいでたから。ウザがられてたんだよ。これにりたらしばらくしずかにしてろ」


「ああ、まだ学校だけだからいいけど、家族に知られたらもう生きてけねえよ」


「ハハ、お前んちきびしいもんな」


 よく家で遊ぶこともある彼は、そこで今日初めて笑った。


「ま、お前なんてモテるはずないんだし、良いゆめ見れたろ」


「……それはどうかな?」


「は?」


 半口はんくちけた公孝に俺は二ヤリと笑い、ふところに手を入れる。


「ここに二通目のラブレターがある、と言ったら?」


「……」






 そして俺は嘘告白により、親友と家族を失った――。









「ンングググーーーッ!!」



 翌日、放課後。

 図書室で、俺は机に突っ伏して慟哭どうこくしている。


「『世界初・二回嘘告白された男』、再生さいせい五十万えたぞ。地元のテレビ局も取材しゅざいしてるって」


 対面から公孝がスマホの画面を見せてきた。

 そこにうつるのは、教室の戸を開けるなり一回目と同じ女を見つけて蒼白そうはくになる俺。


 二回目は撮影さつえいされ、色んなSNSに公開された。


「グスッ……今朝けさは妹が『服を一緒に洗わないで』とさわぐから川で洗濯せんたくしたわ」


 俺は手で顔をゴシゴシいてから、切り出す。


「こんなことになったのはさ、俺が嘘を見抜みぬけなかったことにあると思うんだ」


「そうだぞ」


「俺は嘘を見抜ける人間になりたい。そこで」


「で?」


「今日は講師こうしの方をおびしました」


「え」


「こんちゃー」


 と、手を振りながら現れたのは一人の女子だ。

 背は百七十近くあって、長いコシの強そうな髪はほぼ金の茶色。

 ネイビーのブレザーをしどけなくくずし、よく日焼けした顔に勝ち気な笑みを作っていた。



 彼女を見た公孝が目を白黒しろくろさせつつ俺に言う。


守屋もりや、お前……バカか」


「マジうけんね」


 この女こそ、俺に嘘告白を仕掛しかけた当人のはやし吾子あこ


「この学校でコイツより嘘が上手い奴はいないだろ。大枚たいまいはたいて来て貰ったんだ」


「大枚って」


ぜん貯金ちょきん


「大バカ野郎……」


 公孝はこめかみをおさえて椅子いすにもたれ掛かった。

 一方、俺を二回ハメた女は糸目いとめをニンマリ曲げて口を開く。


「じゃあ守屋、実践じっせんで嘘を学ぼうか」


「おう!」






 そして俺は嘘告白により、親友と家族と全財産と前歯と奥歯を失った――。









「あれ、泣いてないじゃん」


「もう涙も失くしたわ……」


 翌日、放課後。

 図書室で、机に突っ伏す俺に声を掛ける黒ギャルが一人。


「何の用だよ、うそ魔王まおうが」


「それあーしのこと? 強そうじゃん」


 林は俺の皮肉ひにくも意にかいさない。


「私は貴方アンタの泣きっつらおがみに来ただけだけど」


 などと言い、大きくけたひたいに手を当て周囲をキョロキョロ見回す。


「あのデブのお友達は?」


「あれは友達ともだちりょう払って居て貰ってたんだ。一文いちもん無しだからもう呼べない」


「ウケる、陰キャの友情ドライ過ぎ」


「全部お前のせいじゃい!!」


 俺の怒声どせいに周りの生徒だけじゃなくて、林まで鼻白はなじろんだ。


 今だ、好機こうき

 俺は立ち上がり林を真っすぐ見つめる。


「まあいい。実はお前に言いたいことがある!」


「な、何」


「好きです! 付き合ってください!!」


 沈黙ちんもく


 しばらくして、嘘魔王がポツリと返す。


「いや、フツーにいやだけど、何?」


「あ、あ、いや……」


 また少しの静寂せいじゃくの後、彼女はくちびる意地いじわるくした。


「あ、もしかして嘘告白し返そうとした?」


「えっいや」


「うわバカだな守屋、クッソバカ」


 クスクスと周りの嘲笑ちょうしょう

 林はうでみして得意気とくいげに俺を見下みくだした。


「少しは工夫くふうしろよ。他の奴使うとかさ」


 …………。


 作戦さくせん変更へんこう


「そ、そうなんだ。嘘魔王、嘘くわしいじゃん!」


「魔王だからな」


「そこで、そんなお前にたのみがある」


「はあ」


 俺は土下座どげざし、次の一手いって


「俺をお前の弟子にして立派りっぱうそきにしてくれ!」


「はあ?」







 その日は取り合ってもくれなかったから、翌朝よくあさ校門こうもんかまえた。

 林は俺を見つけるとウンザリ顔。


「お前のせいで俺は世紀せいきのおわらぐさ、家にも学校にも居場所は無し、すってんてんで前歯と奥歯もくだった。今や全てを失ったわけだよ?」


 教室まで歩きつつ、必死に同情を引こうとした。


「あんな見え見えのにだまされる方が悪いんだよ」


 が、ノーダメ。

 こまっているうちに教室に着いてしまう。


 そこで違和いわかん

 戸を開けるなり同級どうきゅうせいらの視線しせんが林に集中。

 彼女が一歩踏み出すと、近くにいた生徒が逃げていった。


「お、おい、嘘魔王。何か、けられてね?」


「魔王だからな」


「え、本当に魔王!?」


 彼女はチッと舌打ち、それから長いいき


「やり過ぎた」


「え?」


「やり過ぎたの。さすがに嘘告白三回して人一人破滅はめつさせたら、みんな次は自分の番かもってビビってハブられてんの」


「お前ふくめカスばっかだなこの高校」


「うるさいなあ! それもこれも貴方アンタがあんな簡単に騙されるからだろ! 弟子入りしたいならせめて嘘を見抜けるようになってから出直でなおしな!」


 それで彼女は俺をばし、周りに避けられながらズンズン進んで自分の席にドカリと座った。







 え、俺。

 あの、え、え、俺、被害ひがいしゃだよね?

 何でぎゃくギレされんの?


 と、思わなくもない。

 ない、けど。

 俺の騙されやすさが超ド級なのも確か。


 今まで幸運こううんにも気付かなかったが、世間せけんには嘘があふれている。

 この先どう生きていけばいいのか正直、不安だ。

 でもどうやって嘘か本当か見極みきわめればいいのかわかんねえ。


 それから――。



「え、あのバズってた画像がぞう、嘘だったの!?」


「AIの合成ごうせいやって」



 図書室のソファで考え中の俺の耳に、ふと向こうの席の話し声が転がり込む。



「でもどうしてわかったの?」


「うん、このニュースサイトによるとな……」



 ……。







「ファクトチェックだ!」


「あ?」


 翌朝、教室に入ってきた林に俺は言った。

 怪訝けげんそうな彼女に堂々とむねを張る。


「新聞とかがやってるだろ? フェイクには、詳しい奴がファクト事実チェック検証すればいいんだよ。別に俺が嘘を見抜けなくてもいいんだ」


「詳しい奴って誰よ」


 しぶい顔の林。

 俺は手に持っていた物を彼女にわたす。


「はい、これ持って」


「ん?」


「はい、かかげて」


「ん?」


 林が持ち手を上げると、紙の花付きの看板かんばんあらわになった。



うそ魔王まおうのファクトチェックところ 料金:どんぐり一個』



「なっ! おい何勝手に!」


 つかみかかろうとする彼女をサッとけ、俺は教室の一人を指差す。


「嘘魔王、先日あそこの公孝きみたかが、前の席の斉藤さいとうさんにクッキー貰って『完全にれられてるわ』等と言いオタク仲間での地位ちい向上こうじょうさせてたんだけど、どう思う?」


「うえっ!?」


「いや嘘でしょ。あれ彼氏カレシおくる時出た失敗作だし。穂香ほのか、『たくさんえさりそうだから』ってたし」


「ぐわーっ」


 くたばった公孝やキョトンとする林を無視し、俺は周りに向けてしゃべる。


「さあ、嘘を極めた嘘魔王の手に掛かればこの通り、鎧袖がいしゅう一触いっしょくでフェイクと検証けんしょうされた。みんなも気になる情報じょうほうがあったらファクトチェックしよう!」







 その時は誰も来ない。

 でも放課後、林を懸命けんめい校舎こうしゃに引き留めているとやってくる生徒が数人。


 あの人があの子を好きって本当?

 あいつが俺の悪口言ってたってマジ?


 そんなうわさ真偽しんぎを、嘘魔王は完璧かんぺき判定はんていしてみせた。

 元々人気者で交友関係も広かったし、本当に嘘を極めていたのだろう。


 二週間後の放課後、図書室のソファで勉強している俺の耳に、ふと向こうの席の話し声が転がり込んだ。



「えーそれ嘘でしょ?」


「本当やって! ファクトチェックしてもええで!」



 ファクトチェックは全校に広まり、最早もはや流行りゅうこう

 林は立場を取り戻し、またクラスの中心になった。



「嘘告白で全てを失った人間はな、本当に一目ひとめでわかるんや」


「どうして?」


「涙が二度とほおつたわらなくなるんや」


「泣けなくなるってこと?」


「ちゃうちゃう。涙が落ちるんじゃなくて飛んでってしまうねん。涙も失くして空に取られてしまったんやろなあ」


「絶対嘘じゃん……」



 他愛たあいい話を聞き流していると、俺の横に誰かがドカリと座る。


「店は?」


つかれたから閉店へいてん


 嘘魔王は背もたれのふちに両手を回し、オヤジくさかたをすくめた。

 長い足を組んで、褐色かっしょくひざがこちらの領域りょういき侵犯しんぱん

 欠伸あくび気流きりゅうを感じつつ、俺はちょっとドキドキ。


「二十人えだよ? ありえねー」


繁盛はんじょうしてんじゃん」


「はは、どーも。で」


 そこで彼女は細いまなこを冷たく光らせる。


貴方アンタさ、これであーしおんを売ったつもり?」


「こ、これって?」


「私が一人で可哀想かわいそうだから、クラスの連中れんちゅうとまた仲良くできるようにしてあげた、とでも思ってんでしょ?」


「べ、別に、嘘を見抜けるようになりたかっただけ……」


 林はして俺を見てはいないが、睨まれているような威圧いあつかん


余計よけいなお世話せわなんだよ。あんな奴らどうでもいい、私は一人でいい」


「え!? なら何で黒ギャルなんてやってんの?」


き」


 吐き捨てるように彼女は言った。


「高校ではめられないようにサロでいてみたら、逆にそれは気合きあいはいり過ぎってことで周りから一目いちもく置かれてそれっぽくしてただけ」


「へー」


「貴方こそ何やってんの?」


 今度はまっすぐ見つめられている。


「騙されて全て失ったのにいつまでもふざけて。それとも失ったものは大切じゃなかったの?」


「全部大切だった。だからこうして嘘を学ぼうとしている」


 俺の答えを聞くやいなや嘘魔王は立ち上がった。


「バカ! そんなことしても無駄むだだ!」


「お、おい、何だよ急に」


「うるせえ! そのつら見てるとムカつくんだよ!」


 わめいた口元は張り詰めて、わずかにふるえている。


「貴方は何もわかってない! 私にやさしくしようが、だまし返そうが、何しても無駄なんだ!」


「そんなのやってみなきゃ……」


 俺の反論はんろんは続かない。

 こちらを見下みおろす目元からにじみ出るものを見て。


だまれ! 前歯え癖に、クソオタクが!」


 罵倒ばとうも気にならない。

 いきり立つ眼光がんこう縦断じゅうだんする数粒すうつぶ水玉みずたま


「お前」




 林吾子の涙は、まなじりしたたるそばから天へとのぼって行く。







 俺はあたまかかえている。

 嘘魔王はメチャクチャだ。

 嘘吐くし、ようキャなのにこじらせてるし、怒ると泣くし。


 ていうか、アイツも嘘告白されたのかよ。

 騙されるつらさを知ってんのに何で人を騙すんだ?


 で、散々さんざん泣いた翌朝ケロリとして俺の前にやってきて。


「嘘を教えてやる」


 と、宣言せんげん

 ついに弟子入りがかなったわけだが、豹変ひょうへんぶりがこわい。


 それで放課後までソワソワし続けた俺に、ついに奴の魔の手がびる。


「ん」


 差し出してきたのは、ファクトチェックの看板。


「まずはあーしの横で何してるか見てろ」


「はあ?」


 キョトンとする俺を置いて、林は自分の席に戻る。

 仕方なくそのわきで看板を持って立った。


 じきにぽつぽつ客が来て、ファクトチェックが始まる。

 ひと段落だんらくして休憩きゅうけいちゅう、嘘魔王はぽつりと言った。


「ファクトチェックってのは初めよく知らなかったが、調べたら嘘の吐き方と似ていることがわかった」


「どこがよ」


「正しさに理屈りくつを付けるところ」


「はあ?」


「まあ、だから、見てろ。そのうち貴方アンタにも嘘がわかるようになるよ」


「嘘魔王、意味深いみしんなこと言って関心かんしんくタイプ?」


「え? うん、そう」


 彼女は素直すなおに答え、うすく笑う。


「あ、そ、そうなの」


 揶揄からかいたかったのだが、大人びた表情に意表いひょうかれてしまった。


「ところで」


 そのすきに林が口を開く。


「週末、ひま?」


「え、うん」


「じゃあさ、一緒に校舎の裏山うらやまの公園行かない?」


「え」




 そこみずうみとか見えるデートスポットじゃん!!!!







「オラオラオラ!! 足止めてんじゃねえぞ!!」


 翌日、俺は巨大なタイヤを引いて裏山を走らされていた!


「ひいっ、ひいっ」


 駅で合流するなりジャージ姿の林が竹刀しないをバシリと打ち鳴らして修行しゅぎょう開始かいし


「オラオラ! やる気あんのか!?」


 背後はいごからはひたすら怒号どごう

 コイツもう黒ギャルじゃなくてただのヤンキーだろ!







「百九十八……百九十九……うぐ」


 西日のかたむく教室に腹筋ふっきんする俺の苦声せぐるしごえが響く。


「オラ、なまけてんな!」


 先般せんぱんよりファクトチェックの合間も筋トレさせられるようになっていた。

 しかも、客が前より来なくなったので長く続く。


 飽きられたのではない。



「さあどうだい、うちのファクトチェックは天下一品だよ!」


「いらはいいらはい! ウチが元祖がんそやで!」



 教室を見回せばはなやかな看板、威勢いせいのいい呼び込みの声。

 開店から二か月、同業どうぎょうしゃあらわれたのだ。



「うちは嘘魔王があつかわない教師の噂もやってるよ!」


「こっちは生徒会せいとかい予算よさんまで切り込むで!」



 最近やっと気付いたが、林のファクトチェックにはかたよりがある。

 当然彼女が知っていることしか検証できないし、自分のリスクを考えて断ることもあった。

 そのニーズに他社たしゃこたえた形。


「なあ、客取られていいのか?」


「別にぃ。いくらやってもどんぐりしかもらえないし」


 林は右手の爪を見ながら、本当にどうでもよさ


「遊びに誘われても『店があるから』ってことわれるのが便利べんりだからやってるだけ。貴方アンタの修行もそのついで」


「ついでって。なあ俺本当に嘘上手くなってる?」


「なってるなってる。ま、もうすぐね」


「もうすぐ?」


 返事は無く、俺の腹にかかとが落とされる。


「うげっ」


「いいからきたえとけ」







試験しけんするぞ」


「いきなりだな」


 冬も近付いてきた日曜、俺は嘘魔王の家に呼び出されていた。

 普通の一戸いっこての庭に、林と屏風びょうぶが立っている。


 そう、屏風だ。

 黒塗りの木枠きわくにデッカいおす獅子ししが描かれている。


「内容は簡単。今から話すことに嘘かあるかどうかチェックして見ろ。ちゃんと理屈を付けるんだぞ」


「お、おう」


 嘘魔王は偉そうに腕組みで語り出した。


「実は先頃近くの動物園からライオンが逃げ出して、うちの屏風に逃げ込んじゃったの。夜中よなかさわいで大変だから何とかしてくれ」


「おい、俺これ知ってるぞ」


「さあ一休いっきゅうはよう」


「さすがにこれは騙されねえって……。退治たいじしてやるから、早くそのライオン出してみろ」


「よし、うけたまわった!」


 次の瞬間しゅんかん、屏風から獅子が飛び出す!


「ガルルル!!」


 体重二百キロはあろうかという巨躯きょく臨戦りんせん態勢たいせい

 絶句ぜっくする俺を林はケラケラ笑うだけ。


「クソ! やるしかねえっ!」


 きばみだおそい来る百獣ひゃくじゅうの王に俺はこぶしを振り上げる!






 三時間後。

 俺はライオンと大地にしていた。

 もう一ミリも動けないが、相手も同じ状況。

 鍛えてて良かった。


「お疲れ。しかったな、あとちょっとうたがってれば合格だったのに」


 楽し気に俺を見下ろす嘘魔王。


「もう筋肉以外何も信じられねえよ……次は何だ……武道ぶどうかいへんとか?」


 彼女は意外そうに目を少し開け、微笑ほほえんだ。


「惜しい」







「どうした? 早く来い」


 校内のダンスホールの入り口で、林がかしてくる。

 俺はドレスを着た彼女にドギマギして動きがぎこちない。


 何しろヒラヒラで露出ろしゅつが多くて、褐色の肌に合っていてアラブのおどり子みたいなのだ。

 それで顔に銀色のベネチアンマスク。


 今宵こよいはうちの高校の仮面かめん舞踏ぶとうかい


 俺も一丁いっちょまえにタキシードとマスクだが、どう見ても不釣ふついで気後きおくれする。


「変な奴だな、ほら」


 林は俺の手を取りった。

 そのままホールに入ると、中はストーブとひといきれの猛暑もうしょ

 俺達と同じく着飾きかざった仮面の群衆ぐんしゅうは誰が誰やらわからない。


 吹奏楽すいそうがくがワルツをかなでているが。


「誰も踊ってないな」


 みんなはじに固まり、思い思いに歓談かんだんちゅう


「なら一曲」


 彼女がそう言うので俺達は手を繋いだまま舞台ぶたいの中央に行き、クルクルと踊り始めた。

 激しくステップを踏み、お互いの体をかわすよう回る。


 踊りに集中しているうち、耳がまされて曲以外の音が聞こえてきた。


 林の吐息といき

 俺の鼓動こどう

 誰かの声。

 しのごえ

 声。

 声!




「嘘魔王って中学だと陰キャで、今はファクトチェックで昔いじめてきた奴の知られたくないハナシを流してるんだって」




「嘘だ!」


 俺は踊るのを止めて怒鳴った。

 誰かの悪口大会をひたすら繰り広げていた仮面共が、一瞬いっしゅん黙る。


「嘘魔王はファクトチェックで昔いじめてきた奴の知られたくない話を流してなんかいない! 根拠こんきょを示して中立な立場でやっている。俺はずっと見てたんだ!」


 理屈を付けて言ったつもりだったが、反応はんのうにぶい。



「でもあの子、中学で嘘告ウソコクされてるから性格ゆがんでそうだし」


「あそこは検証する情報をごのみしていて、前から信用できなかったんだよな」



 仮面で気を大きくしている奴らや、それどころか。



「え、嘘魔王は昔いじめてきた奴の知られたくない話を流してんのか? こわッ」



 まともに話を聞けない奴も大勢おおぜい


「だから違えって!」


 必死に言い返しても効果は無く、やがて人々は噂話に戻っていった。


「無駄だよ」


 林が後ろから俺の肩に手を置く。


「実は今日ここに来たのはこの為なんだ」


「え……」


あーし、実は貴方アンタに嘘を教えたいんじゃなくてさ、嘘か本当かなんてどうでもいいって教えたかったの」


「どうでもいい?」


「初めて嘘告白された時のこと覚えてる?」


 彼女はささやくように問うた。


「あの日、私は貴方に『好き』としかげなかった。貴方も大喜びしてデートの約束をして教室から飛び出す。それなのに待ち構えていたみんなは貴方を笑った。私は『告白する』としか言ってなかったのに、貴方がウザいからみんな嘘だと勝手に判断した」


 俺の体をうように巻き付くうで


「わかる? 結局、みんな正しいと信じたいものに理屈を付けて選んでるだけ。ファクトチェックだってその為の道具。嘘か本当かは自分で決めるしかないの。だから貴方も私も独りぼっちのまま、自分の責任せきにんで騙されて失い、騙してうばって生きるしかない」


 首をぜる指先は冷えて震えていた。


「ごめんね、守屋。何もわかってない貴方がウザいから、つい嘘告白して、嘘で弟子にしちゃった」


 冷気と絶望ぜつぼうくるまれて、俺はつばむ。


「おびに嘘で付き合ってやってもいいよ。貴方のこと、そんなに嫌いじゃないし」


「嘘魔王、もういいよ」


 振り向き、真っすぐ見据みすえた。

 仮面の穴から次々空に飛んでいく涙を、ひとみを。


「俺わかった、嘘の吐き方。だからお前に嘘告白するわ」













「――って話が校内に出回ってんだけど」


「な、な、な、何それ!?」


 わたしは思わず叫んでしまった。

 放課後の教室で、話しかけてきた公孝きみたかって奴が首をかしげる。


「違うのか?」


「嘘告白の後から嘘だらけ!」


「でも林さん、守屋君が手当たり次第しだいに言い触らしてるで」


 私の周りにつどうファクトチェック屋の女子がエセ関西弁で言った。

 他にも友達や知らない人達が山程やまほど


「みんな、二人の仲の真相しんそうが知りたくてさ」


「なっ」


 私は目をく。


貴方あなた達、まさか今の話を少しでも信じてるの!?」


「ファクトチェックには確かな根拠が必要、だろ?」


 公孝のその発言を聞いても全員真剣しんけんなので、気が遠くなってくる。


「私は『あーし』とか言わないし別に目細くないし、大体」


 態々わざわざ言うのもバカバカしい。


「屏風からライオン出ねえだろ!」


「!?」


「あと高校で仮面舞踏会やんねえだろ!!」


「!!??」


 室内は騒然そうぜん


「そういう世界せかいかんなんかと……」


「僕にだけ招待しょうたいじょうが来てないのかと……」


常識じょうしきで判断しろ!」


 私の一喝いっかつ反省はんせいするかと思われた人々は、しかし、すぐに笑う。



 公孝が嫌みに歯を見せた。


「知ってるよ。守屋、嘘告白の後はほとんど学校来てないしな」


「ウチら嘘か本当かなんてどうでもええねん」


「な、え?」


「守屋君が最後に言ったやろ、嘘告白するって」


 混乱こんらんする私に、公孝が一通の便箋びんせんを差し出した。




『♡♡林へ♡♡ 放課後、四階のLL教室で待ってるぜ♡♡♡♡ 守屋より♡♡♡♡♡』




 ニタニタ笑う一同。


「みんな、また林さんが守屋君をけちょんけちょんにするとこが見たいねん」


 こいつら!


 私は黙って走り出す。


「あ、待ってや!」


 誰の言葉も聞かず、あいつのところへ。




 守屋!


 嘘告白って予告してするバカがいるかよ!?

 それもわけわかんない嘘ばっかついて。


 てか、通話するたび独りぼっちだってメソメソ泣いてたのはそっちでしょ!?




「おい!」


 四階のLL教室で、私を十二月の風が突き刺す。

 あいつは開け放たれた窓枠まどわくに座っていた。


「よお」




 守屋とはずっとスマホだけの関係。

 初めはやり過ぎたかなって同情どうじょう

 でも、意外と話が合って。

 ハブられてること話したらファクトチェックを紹介してきて。

 余計なお世話と怒ってからはマジな話もするようになって。

 筋肉ある人がタイプったら腹筋の自撮じどり送ってきたのはウケたけど。

 そう言えば何回か家に上げたりもしたけど。



 あの時間は全部こんなことの為だったってこと?




「どういうつもりだよ!?」


 思うさま怒鳴った。

 そう、私は怒っている。


 くもり始めた視界しかいの中であいつは笑顔。


「お、どうなるんや!?」


 追ってきた連中の野次やじは無視、私はあいつにった。


「答えろ!」


「嘘告白するつもりだけど。でもここ、うるさいからさ」


 あいつの指が私の目元に伸びて、涙をすくう。


 その一粒を握りしめ、彼は窓から飛び出す。


「え」


「行こう、吾子あこ。二人だけのところへ!」



 もう一方の手で私の手を掴んで。








「えーっ!?」


 林の悲鳴ひめい、でもすぐ止む。


 俺達はと同じように空に浮かんでいた。

 そのまま、ふよふよ天上へ。


「いや、涙が飛ぶのは本当なんかーい!」


 下界げかいからツッコミ。

 目を落とすと、まだ追おうとする奴らを公孝が力尽ちからずくでおさえていた。

 彼はこちらに叫ぶ。


「守屋、後で友達料払えよ!」







 涙の行く先は雲に浮かぶ透明とうめいな城だった。

 こおった林の涙でできたうそ魔王まおうじょう


 その一番高い塔の上に俺達はいた。


「もうわけわからん。何この状況……」


 戦慄わななく林の口からモワモワ白い息がたなびく。


「どう収拾しゅうしゅうつけんの!?」


「つけない」


「ふざけんな! あーしの過去まで広めた癖に!」


 掴みかかってきた手を握り返した。


「でも前から『かげで笑われてる』って言ってたろ」


「それは」


 うつむく彼女を見つめる。


「俺、部屋に閉じこもって、お前と話しながら考えてたんだ。どうすれば俺やお前が嘘や本当のことにおびえず生きてけるのか」


「……どうするの?」


「お前は『嘘か本当かは自分で決めるしかない』と言ったけど、あれは間違いだと思う。何が嘘か本当か決めるのはお前と、他の誰かなんだ。どれだけ傷付き失っても、お互いの真偽しんぎを確かめ、信じ合ういとなみをわすれてはいけない。だから二人で、俺の嘘を本当にしよう」


「嘘」


「ああ。俺の嘘はこの物語ものがたりだ。お前や俺が勝手にかたられないよう虚実きょじつぜ、俺達は平気だとかたり続ける。オチはこうだ」


 耳打ちで教えると、彼女はふんと鼻を鳴らした。


安直あんちょく


「その方が楽しいじゃん」


「……」


「な、この涙を二人で嘘にしようぜ!」


 返事は無いが、聞かなくてもわかる。


 嘘魔王城の上。

 俺は彼女にひざまずく。


「吾子、嫌いだ。一目ひとめ見た時からお前が嫌いだった」









 それから。


「あの、ちょっとええ?」


 春めいた午後、図書室のソファでダラダラする俺と林に話しかける者が一人。

 噂好きの小さい女子だ。


「結局君らって何がどうなったん? まず守屋君が林さんに嘘告白されて全て失うやろ、そんで」


「あーそこから違うな。ファクトチェックが要る」


 俺は二マッと笑って隣を見る。

 林も薄く笑い、俺の頬にキスしてからピースサイン。




「私ら、嘘告白で恋人をゲットして超ハッピーでーす!」



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