第33話

魔族と人間が平和に暮らす。

元から何年、何十年、次の世代まで掛かるかと思われる問題だ。

数百年、数千年と別れて諍いもあった魔族と人間、両者の問題。

諦めることはいつでも出来る。

今はただひたすら出来ることをやるしかない。

各地を巡り、世界が平和になるまで言葉を尽くす。




散々旅をして辺境の地に来たある時、意外なことに魔族と人間が共存する村があった。

あぶれた者達の寄せ集めの村だという。

でも、私達にとっては希望の村だった。

魔族と人間が平和に暮らす。

その理想の実現がこの村では出来ていた。

「すごい…!どうやったんですか!?」

案内された村長を任されているという魔族の方に訊ねる。

「どうも何もないさ。あちらこちらから追い出された者が勝手に集まっていつの間にか村になってただ暮らしている。それだけのことさ」

「それだけのことが、どれだけ大変か!」

私は興奮しながら村長さんに詰め寄った。

「そうだよ。まだまだ種族間での諍いも時々あるのに」

アデリアさんも感嘆している。

「ああ。外の世界はまだ魔族が、人間がとか言っているんだろう?」

「そうなんですよ!私達は魔族と人間が平和に暮らす世界を作りたいんですよ!この村みたいに!!」

力説する私に村長さんは楽し気に笑った。

「お前達もそんなもんじゃないか」

くるりと私達を見回して言った。

「魔族…魔王と人間が二人と魔族と人間のハーフが一人」

「そうなんですけど、それを世界中で実現したいんです!」

村長さんはカルシアさんを見て訊ねた。

「そちらは魔王だろう?いいのか?そんなことをして」

「元、魔王です」

カルシアさんが初めて自分から『元』だと告げてくれた。

「ちなみにこちらの方は元勇者様です」

カルシアさんにそう紹介されたので、ドヤッ!としておいた。

が、村長さんからはスルーされたので、いじける私はアデリアさんに慰めてもらった。

「魔王と勇者、共に元を付けるということは辞めるということか?己の責務を果たさぬと?」

責務。責務なんて元からないのかもしれない。

いや、魔王を倒せとは言われたけれど、魔王であるカルシアさんは最初から仲間として一緒に旅して笑ったり悔やんだり冒険したりして、そんな大事な仲間をたおすぐらいなら責務なんていらない。

勇者だって肩書きもいらないんだ。

カルシアさんにも魔王をやりたくないなら辞めて欲しかった。

誰かが責任を負わなくてはいけない制度ならなくしてみんなで別け合えばいいじゃないかと魔王制度の廃止も提案した。

だってカルシアさん、反魔王派なんて作られる始末だし。

魔族は結局自分勝手に生きるもの。己のルールに生きるものだ。

魔王という縦社会で押し込んでみても、上手くいくはずがなかった。

かつてのカルシアさんは魔王っぽかったって自称してくるけど。

「責務とか、正直よく分からないですけど好き勝手にやりたいことを考えた結果が勇者も魔王も辞めることになったんです」

「私も、長いことうじうじ悩んでいましたがアルテさんや皆さんと出会い決めました。魔王制度の廃止を」

カルシアさんが魔王を辞めることにはこれまでの言動から驚かなかった村長さんだが、魔王制度の廃止にはさすがに驚いたようだ。

「いいのか?それで。他の連中は納得したのか?」

「納得していただけるように言葉を尽くして話し合うために世界を巡っているんです」

カルシアさんが晴れやかに笑った。

「新しい世界に、時代に、きっと勇者も魔王も要らないんですよ」

あそこまで魔王なんて職務放棄してたくせに『魔王』としての立場に意固地だったカルシアさんがここまで言ってくれた。

「そうですよ。勇者も魔王ももう世界に居なくても、充分回ってます」

「本当に、勇者と魔王の肩書きも特に旅に必要なかったもんねー。好き勝手人間を食い物にしている魔族以外はわりと納得して人間に危害を加えないよう約束はしてくれているよ。どこまでが本当に約束してくれるかは分からないけれど」

私の言葉にアデリアさんが同意を示す。

「ですが、逆に弱い魔族や幼い魔族を無理矢理奴隷のように扱う人間もいました」

イースさんの言葉に少し前に立ち寄った街を思い出す。

人間どころか魔族の売買まで平気で行われていて、あそこにいた奴隷の身分に堕とされたもの達の生きる希望もなかった。

だから憎まれているのに、当の人間達は弱い魔族なら逆らえないと考えて平然としていた。ひどいのはどちらか。

解放しようとして街の人達と話をしたが、まったく話が通じず、かといって檻に閉じ込められたり最低限度以下と言っていい仕打ちを受けている人間や魔族を放っては置けなかった。

だからその街にいる「少し変だな」と思っている人達を中心にして反対運動を起こさせた。

あくまで街の問題だ。街の人に解決してもらわないとそもそもの問題の解決にならない。

長く、地道な作業だった。

まずは人間はもちろん魔族にも人格があることから伝えなければならなかった。

……まったく通じなかったけれど。

そうこうしている間に子供を街の人買…魔族買い(?)に拐われたという魔族がやってきて、街を半壊状態にしてしまった。

幸い、子供は無事だったけれど、本来の魔族の在り方を思い出した街の人達は魔族を恐れた。

悪いのは人間なのに、魔族が悪かのように言って怯えた。

私達が、自分達の力の無力さを痛感した出来事だった。

どんなに言葉を尽くしても、ひとつの暴力ですべてが無に返る。

少しは私達の話を聞いてくれればと自分勝手な後悔ばかりが押し寄せるも、すべての囚われている魔族や人間を解放するなら今しかないと混乱に乗じて檻や手枷、足枷を壊して回った。

中には人間が近付くだけで恐れる魔族もいて、どんな仕打ちをされてきたか考えると申し訳がなかった。


私達は村長にその街での出来事を伝えた。

だからこそ余計に魔族と人間が一緒に暮らせはしなくても、共存できる平和な世界にしたいと。

すると村長は一人で納得した。

「ああ、だからか」

「何がですか?」

「先日からやけにこの村に流れてくる人間や魔族が多くてな。その解放された一部かもしれない」

その言葉には驚いた。

解放したはいいけれど、逃したあとどうなったかはみんな恐怖から散り散りになってどうなったかは分からなかったから。

「呼んでみようか?」

という村長さんの提案に即飛び付いた。

「お願いします!」

集められたのは結構な人数だった。

あの時は解放するのに一生懸命で数なんて数えていなかったけど、こんなに囚われていていたのか。

しかもこれでも全員じゃないかもしれない。

私は一歩前に出ると頭を下げた。

「あの街にいた人間に代わって謝罪します。皆さんの尊厳を踏み躙って申し訳ありませんでした!」

アデリアさん達も頭を下げてくれた。

戸惑う魔族と人間の間から一人の魔族の子供だった。

その子は大人達から飛び出し私の足に抱きついてにっこり笑ってくれた。

「ありがとう」

そう伝えてくれたのは、私が檻から出してあげた魔族の小さな子供だった。

良かった。屈んでその子を抱き締めて、そう呟いた。

他の魔族や人間も、私達が悪い訳じゃないと言ってくれた。

むしろ解放してくれてありがとうと言ってくれた。

私達がやったことは、少しは無駄じゃなかったんだ。


それから村長さんに人間と魔族が共存するにはどうしたらいいのか、異種族間での諍いをどう収めているのか訊ねた。

思いもしなかった問題点やら、解決策やらが出てきてとてもためになった。

「本当にありがとうございます。とても勉強になりました」

「こちらこそ。お前達の理想が叶うこと、ここから願わせてもらおう」

「はい!いつか、実現してみせます!」


まだまだ学ぶことはたくさんありそうだったが、ここでずっと留まるわけにもいかない。

理想の村から別れてまた各地を巡るために歩きだした。




人間と魔族が和解して本当に平和になるために『勇者として』旅をしなくなって結構な時間が経つ気がする。季節も巡った。

「やっぱり、勇者じゃなくてもなんとかなるものですねー」

歩いている途中、ぐいっと背伸びをして言うとカルシアさんが神妙な顔をして訊ねてくる。

「アルテさんは、本当に勇者としてこれでよかったんですね?」

何度目かの確認だ。

この世界には、悲劇の主人公も喜劇の主人公もいらない。

「勇者はもう辞めたんですけどねー」

「私ももう、魔王を辞めたんでした」

カルシアさんが、ふふふと笑う。

「勇者や魔王がどうこうより、平凡で平和な世界が一番さ」

いつかカルシアさんに言ったことをそのまま言う。

風が凪いでいる。気持ちいいな。


「勇者とは、さもありなん。ですよ!」


魔王カルシアさんに向けて初めての時のようにパチリと華麗にウィンクする。


勇者って、託宣で決めるとかじゃなくて、みんなが思えばなれるもんじゃないんだろうか。そんな風にすら思えた。




そう思いながらアデリアさんとイースさんに呼ばれたので、カルシアさんと共に単なるアルテとしての旅の一歩を再び踏み出した。

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勇者とは、さもありなん 千子 @flanche

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