第32話

まだ、昨日の食材が残っていたらしく、炊き出しは朝から行われた。

調理は主にカルシアさんとイースさんが平民街と貧民街の人達を手伝って、私とアデリアさんは呼び込みに精を出した。

「美味しいですよー!」

アデリアさんが元気よく呼び込んではお椀を渡して食べさせていく。

私もどんどん渡していく。

見掛けたことのない人には特に積極的に。

やがて富裕街からも少し人が出てきた。

「どうぞ!美味しいですよ!」

にっこり笑って渡せば相手はおっかなびっくり恐る恐るという様子でお椀を受け取った。

「ありがとうございます…」

言って一口食べたら「美味しい」と返ってきた。

今回はうちの料理自慢も加わっているからね!美味しいのは当たり前さ!


炊き出しを手伝いながらふと気になったことをナッツに訊ねる。

「……ナッツはさ、この場所に飢えている魔族がいても食べ物を分け与える?」

「そんなもん、昨日答えただろ」

お椀に次々と煮込み料理を入れていく。

「あれはカルシアさんの話じゃん。他の魔族がさ、この街に辿り着いて悪さしてたとするじゃん?それでもその魔族がお腹が減ってちょうど炊き出ししていたら与える?」

手渡す方へお椀を置いて訊ねる。

「……わかんねぇけど、悪いことしてきたのは俺達も同じだし、種族が違うからって分け与えなかったら前の街のやり方と同じだ」

その答えに満足した。

「そっか。ナッツはやっぱり優しいね」

「でも、また悪いことしたら叩きのめすけどな。それに、魔王と一緒に世界をどうこうするって方がよっぽどだろ」

またお椀に料理を入れて手渡す方へ置いていく。

「私の我儘なんだけどね。みんなよく付き合ってくれるよね」

「そうだろうな。周りも苦労するだろうな」

ナッツが頷く。もう慣れたし自分でも言い切っているけど人から言われるとちょっとむかつく。

「そいやっ!」

ナッツにいつものぐいぐいいく頭をぐしゃぐしゃ撫で回すのではなく体を擽ってみた。

急な攻撃に笑い転げるナッツは年相応に見えた。

初めて会ったときの肩肘張ったナッツからは考えられない。良かった。

その後めちゃくちゃ叱られた。

イースさんにまで大人気ないと言われた。

アルテさん悪くないもん。




昨日の残りしかなかったから昼頃には炊き出しの鍋も底をついたので、次の村へ目指すことにした。

急いで歩けば次の村だ。


ナッツは別れ際にも憎まれ口を叩いてくる。

「魔族と人間の平和な世界とか、正直規模が大きすぎて分かんねぇけど、お前らなら出来ると思うから、世界のためにも頑張れよ、元勇者様と元魔王様とそれに付き合う変人共」

「ナッツもねー!ピィにもよろしく!」

「誰が変人ですか、誰が」

イースさんがプンスカ怒っているけど隣でアデリアさんは笑っている。

「何とかしてみせるよー!世界のためにも!」

ぶんぶん両手を振ってお別れして、また歩き出していく。


ナッツ達も元気で良かったな。

そういえば、あの街の住人は自分達が魔族が負のエネルギーを摂取するために作られた狩場に住んでいたことも、その魔族を私達が倒したことも知らない。

何も知らないまま、毎日を懸命に過ごして魔族が作った垣根を怖そうとしている。

……これでいいんだよな。

欲しいのは名声でもなんでもない。

平和な世の中だ。

カルシアさんも、ナッツという仲間以外の一人の人間が魔族であり魔王である自分を受け入れてから肩の力が少し抜けたのか時折思い出しては楽し気だ。

だから言ったじゃん。

勇者とか魔王とか、そんなこと世の中にはあんまり関係ないんじゃないかなって。

そんなものがなくても世の中は回っている。

くるくるくるくる回る世の中で、てくてくてくてく歩いている。

それで充分じゃないか。

魔族も人間も、このまま分かり合えるように進んでいくんだ。




世界を巡るって簡単に言ったけど、意外と大変だった。

魔王城まで辿り着くのに散々各地を巡ったけれど、世界中となるとまた違った。

知らないことも多く、知って驚くことも多かった。

問題がある街や村もたくさんあった。

解決出来そうなら少し解決の手助けをしていった。

そんなことを繰り返してそのまま歩いて次々と村や街に立ち寄り魔族の情報を集めたり接触して説得したり、人間側にも魔族だからと偏見を持つことをやめるように説得して回った。

魔族と戦闘になることも、人間のくせに魔族に味方をすると石を投げられることもあったけれど、他のみんなが居てくれたから頑張れた。

一人なら心が折れていたかもしれない旅だった。

「アルテ、大丈夫?」

「大丈夫!元気!!」

今日はたまたま投げられた石がおでこに当たって血が出たのをアデリアさんに大きな絆創膏を貼ってもらって手当てしてもらった。

こんなこともよくあることだ。

世界を変えるって難しい。

魔族も人間も相手を知らなすぎるのも一因だと思う。

かといって、人当たりのいいカルシアさんを見本にして「この方も魔族で元魔王ですけれど、こんなにいい人です!」というのも拙い手だと思う。

魔族と人間、両者の説得は遅々として進まない。

『勇者』として活動したら、違うんだろうか。

『勇者』であることをやめたのにその肩書きにたよってしまいそうになる。

でも、『勇者』のくせに魔族に肩入れするとしてこれはこれで顰蹙を買いそうだ。

やっぱり『勇者』って難しい。

魔王であるカルシアさんに『魔王』の肩書きも使ってほしくはない。

ようやく『魔王』の呪縛から解き放たれようとしているんだ。

どうしたらいいんだろうか?


考えても仕方がない。

真摯に魔族にも人間にも向き合って説得するしかないんだ。

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