この時期になると思い出す話

CHOPI

この時期になると思い出す話

 アラーム音が遠くの方で聞こえた気がした。寝ぼけた頭で時計を掴んだところまでは何となく記憶にある。その後は温かい布団にくるまれて、優しく夢の中にもう一度引きずり込まれた……らしい。再び聞こえたのはアラーム音ではなく、スマホからの着信音だった。


「……うっそ!?」


 画面に表示されている名前を見て一気に目が覚めた。電話に出てすぐ平謝りを繰り返す。表示されていた相手――……学生時代からの友人は笑いながら『気を付けてゆっくりおいでね』と言っている。優しさが有難く、同時に刺激される罪悪感で胸が痛い。急いで身支度をして、化粧もそこそこに家を飛び出した。


 電車での移動中、メッセージアプリに短く『近くの喫茶店に入った』と連絡が入った。一緒に送られてきた写真には、有名なチェーン店のロゴマークの入りのカフェオレが写っている。『了解、今移動中、駅に着いたらすぐにそっちに向かう!』と打ち込んで送信すれば、すぐに既読のマークがついた。急いでいる心とは裏腹に、マイペースに進む電車。自分がどうしてもどうにもならない状況下、ソワソワとして落ち着かない。



 友人と久しぶりに『ごはんでも行かない?』という話になったのは、もうだいぶ前の話。私の記憶が正しければ、春の淡いパステルカラーが夏の強い原色へと移ろう中での話だったように思う。社会人ともなると、仕事が違うだけで生活リズムがかなり違うから、お互い必死に時間を合わせようと連絡を取ってはいたものの、なかなか都合が合わず。ようやくお互いの時間を合わせられたのはもうすっかり秋も深まってきた今日こんにちだった。



 ようやく待ち合わせに指定していた駅へと電車が滑り込む。扉が開くのと同時に電車を降りて、急いで改札口を抜けて、先程送られてきた喫茶店のロゴマークを探す。周りを見回してみればすぐに見つかったそれに安堵して、お店の中へ入って友人の影を探せば、窓際で文庫本を読みながらカフェオレを飲んでいる姿を見つけた。近寄ると向こうも気配に気が付いたのか、本から目線を上げて私の方を見る。『久しぶり』と笑った彼女は学生時代の面影を残しながらも、大人の女性の雰囲気を纏っていた。


「ごめん、寝坊しちゃって!」

「大丈夫よー。珍しいね、寝坊なんて」

 見た目は変わっても中身は変わらない。会わない期間があったとはいえ、メッセージでのやり取りはしていたし、今交わしたその少しの会話だけで“あの頃”の私たちにすぐ戻る。


「いや、本当にごめんね……。お恥ずかしい限りなんですが、布団の誘惑にやられてしまったみたいで……」

 今さら下手に隠す関係性でもない。申し訳なさはあるものの、素直に理由を述べると友人はまた笑う。

「なるほどねー。最近寒いから、確かに布団の誘惑は強いわ」

 下手に隠さなくてもいいと思うのは、きっと友人のこういうところも手伝っているのかもしれない。このまま話をしたくて『私も飲み物買ってくる』と伝えれば『りょうかーい』と返ってくる。レジに向かってココアを一つ頼んで待っている間、学生時代にした友人との会話を思い出して一人、思わずにやけてしまった。


「ね、レジで思い出したんだけどさ」

 ココアを受け取って友人の元へと戻った私は、今年も懲りずに思い出した、学生時代に友人とした会話の話をする。


 私が毎年この時期、布団の誘惑が強くなると必ず思い出す会話。



 ******


『温かくて、優しく包み込んでくれてさ。安心感もあって、そんな布団カレに誘惑されたら私、どうしたって勝てないよ……!」

 そうやってふざけて笑う私に、友人もまた笑って言う。

「でも布団アイツ、誰とでも寝るじゃん!」

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