Departure day.

碧月 葉

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 苦しかったり幸せだったり描かれる恋を、僕は「客」として冷やかしながら楽しんでいた。


 酔っ払った君にキスされた時、僕の心に湧きあがった気持ちをなんで言えばいいんだろう。

 きっと僕は、それまで本当の恋を知らなかった。

 あの時僕は恋に落ちたんだ。



「なに一織いおり、俺に見惚れてた?」


 低く響く声。

 赤信号になった瞬間、健人けんとは運転席からふんわりした笑顔を向けてきた。


「あ、うん。いつもは僕が運転だったからなんか新鮮」


「全く正直で可愛いな、んっ」


 ちゅっと頬に軽いキス。

 車内に甘い空気を漂わせながら僕らは引っ越し先へと到着した。

 新居はJR吉祥寺駅から10分ほどの場所にあるマンション。

 バードウォッチングが趣味の僕が、お散歩日和には散策を楽しめるようにと井の頭公園の近くに決めた。

 

 大きな荷物は既に運び入れてあって、今日は互いの私物が入った段ボール箱を数箱運び込むだけだ。

 小さな台車で部屋と車の間を3回往復すれば全ての荷物が納まった。


 2LDKの部屋で荷を解く。

 先ずはすぐに使う生活用品を配置し、次に互いに日常的に使うものを整えていく。

 カーテン、歯ブラシ、コップ、タオル。

 無機質だった部屋に次第に2人の色がついていく。


「お腹空いたな、どうする外に食べに行く?」


「いいよ、袋麺あったろ。俺作るわ」


 健人は『調理用品』と書かれた箱をゴゾゴソすると鍋やら箸やらを取り出して、キッチンに立った。


 間もなくごま油とニンニクの香ばしい匂いがしてきて、健人から声がかかった。


「ん、何これ?」


 健人はラーメンから丼ぶりを除いたようだった。皿の上に麺だけが乗っている。


「油そば。普通のラーメンにしようと思ったんだけど丼が見つからなかったからさ」


 見た目はパッとしないけれどそそる匂いがしている。


「あ、美味しい。意外とさっぱりしてるし」


「ちょっと酢を入れたからな。ネギとか卵とかあるともっと美味いぞ」

 

 殆ど材料が無いにも関わらずよくここまで作ったものだ。料理が出来ることは知っていたけれど、予想以上かも。

 1年以上付き合ったけれどまだまだ知らない部分が沢山あって、これからもっと知っていくんだろう。


「すごいな、惚れ直した」


「だろ」



 武蔵野市は今年の4月からパートナーシップ制度をはじめていて、俺たちは昨日「パートナーシップ届受理証」の交付を受けた。

 この恋が始まった時、僕はこれからずっと偽物の仮面をつけていかなければいけないんじゃないかと思っていた。

 でも、そうじゃなかった。

 確かに多くの困難があったし、これからも思うようにいかないこともあるだろう。

 それでも僕らは、公式なパートナー。人生を共に歩む者として認められ、歩みはじめたんだ。



「これから2人の暮らしが始まるんだね」


「ああ。もう、一生俺のものだから。離れるなよ」


 君の瞳の湿度があがる。


「うん」


 口づけを交わす。

 君とだったら、いつまでもどこまでも。

 この世の果てまでも。



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Departure day. 碧月 葉 @momobeko

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